ナヤラの村
キャラバンと別れたのは、乾いた川床を越えた先だった。
キャラバンは帝国辺境騎士団の小隊の巡回任務のルートを共に進んでいく。
リード一家と伯爵とエルザは、ナヤラの故郷へ向かって西へ折れた。
道は次第に細くなり、
草原はやがて低い森へと変わる。
この数日のあいだに、
リード一家とエルザの距離は驚くほど縮まっていた。
トマスはエルザの後ろに乗りたがり、
ナヤラはエルザに先祖から受け継いだいろんなことを教えた。保存食の作り方を教や、服の縫い方など同族の女性が身につけている家庭で行われるいろんな習慣を。
呪術に関してはいろんなことを教わっていたエルザもナヤラほど女性としての知識は教わってなかった。
エルザにはナヤラの教えてくれる女性としてのいろんなことが新鮮でうれしかった。乾いた砂に水が染み込むように身についていった。
また、ナヤラから教えてもらう時は、エルザはだんだん普通の少女の顔に戻っていった。
(イルマにもいろんなこと教えてもらったなあ…でも、こんな家庭的なことは全然だったけど(笑))
ナヤラもエルザの境遇を聞いてからは、同族の女性として教えてあげられることは教えてあげたいと思った。自分が母親から教えてもらったように。
そんな二人にトマスが加わると、年の離れた姉と妹弟のようだった。
そんな3人を伯爵とリードは火を囲みながら眺めていた。
「随分仲良くなりました…」
リードはうれしそうにしていた。
伯爵も同じだった。
だが、伯爵には少し不安があった。
エルザはここに来てから激しい感情に翻弄されることが多かった。
無理もないことだった。
同族の悲劇を嫌というほど見せられて、自分の人生を考えてしまう。
そのことがエルザにどんな変化をもたらすのか…
もうすでに変化していることはわかっていたが…
それがエルザのこれからの将来にどう影響するのか…
伯爵もそれを考えないようにしていた。
人には運命がある。
足掻いてもその運命の輪の中からでしかない。
「少し不安ですが…」
伯爵の思わぬ言葉にリードは伯爵の方を向いた。
「不安なんですか…」
「ここに帰ってきたのがよかったのか…城に置いてくればよかったかもと…」
「彼女にはここは故郷なんですよね…それならいいことだと思いますよ。あんなに楽しそうな顔をしてるし…」
「ええ…そうですね…」
伯爵はコーヒーのカップを握り直しながら答えた。
エルザはリードの狩りにもついていった。
リードはエルザにライフルの使い方を教えた。
エルザもここに来てから初めてライフルを持った。
「エルザには少し銃身が長いな…」
リードはライフルを構えるエルザをみてつぶやいていた。
エルザの感覚はこの故郷の大地に帰ってきてからだんだん本来のものを取り戻していた。
動物の気配がわかるようになった。
「あそこ…」
エルザはリードにある方向を指す。
リードは銃口をその方向に向ける。
リードが引き金を曳く。
エルザは獲物に走っていく。
息はエルザがとめる。
たまにはエルザが銃を撃った。
エルザは神と精霊に感謝の言葉を唱えて引き金を曳く。
「エルザも立派なハンターだな(笑)」
エルザには狩った獲物の魂が精霊となることを祈った。
獲物の血が大地に流れる。
その血を指でなぞる。
そして獲物に優しく塗る
その血を自分の銃に塗る
リードは黙ってそれを見ている。
リードはあえてなにも聞かないのだ。
自分はどうしても入れない世界がある。
そこに無理やり入ろうとは思わなかった。
互いが持つ世界は尊重したい…
それがリードの思いだった。
一方の伯爵はエルザの行為にも自分の関心を隠さなかった。
それはエルザを引き取ってから、彼女が幼い頃からの習慣のようなものだったのでエルザも気にはしていなかった。
獲物はリードとナヤラとでさばいた。
時にはエルザも手伝った。
ナヤラとエルザは神と精霊に感謝の儀式を欠かさなかった。
ナヤラの故郷は、小さな谷あいの村だった。
石と木で組まれた家々。
中央には祈りの柱。
ナヤラ達が姿を現すと、歓声が上がる。
里帰りした娘を、村は温かく迎えた。
リードにも笑顔が向けられる。
かつてこの近くに帝国辺境騎士団の駐屯地があった。
そこでナヤラと出会い、
駐屯地が廃止されるときに結婚し、軍を辞めた。
しばらくこの村で暮らした。
だからリードにもここは帰ってきたと言ってもいい場所だった。
戻ってきた家族を、村は祝福した。
村の老婆の呪術師が現れる。
白髪を束ね、深い皺を刻んだ顔。
彼女はリードの額に土を塗り、
火に乾燥草をくべ、祈りを捧げる。
歓迎の儀式だった。
伯爵とエルザも客人として迎えられる。




