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ガイドの家族

伯爵の求める条件は、厳しかった。

腕が立つこと。

奥地に通じていること。

口が堅いこと。

そして何より――少女を連れて行くことに異を唱えず、安全を最優先できる者であること。

それが難題だった。

「そんな都合のいい男はなかなかいませんよ」

案内業者は何度も肩をすくめた。

それから数日後。

街を歩いていると、背後から声が飛んだ。

「旦那!」

振り向けば、あの業者の男だった。

エルザの背筋が固まる。

反射的に伯爵の後ろへ一歩下がる。

男は気づいているのかいないのか、にやりと笑う。

「ようやく見つかりましたよ。旦那の条件に合いそうな連中が」

“連中”という言い方に、エルザは眉をひそめた。

指定された場所は、以前にも訪れた食料品会社だった。

石造りの倉庫。

香辛料と乾燥肉の匂い。

エルザの喉がひくりと鳴る。

ここで、あの男に侮辱された。

あの視線。

あの笑い。

伯爵が静かに言う。

「無理に来なくていい。ホテルで待っていなさい」

一瞬、迷いがよぎる。

だがエルザは首を振った。

「……行きます」

これから奥地へ入る。

もっと過酷な視線や言葉に晒されるだろう。

今ここで逃げていては、進めない。

伯爵は短く頷いた。

倉庫の奥の部屋に、三人がいた。

男が一人、女が一人、そして子供。

まず目を引いたのは、男だった。

背が高く、肩幅が広い。

日焼けした顔に、整えられた口髭。

軍人特有の姿勢の良さがある。

「ジョナサン・リードだ」

低く落ち着いた声。

「元軍人だ。こっちが妻のナヤラ、この子はトマス」

隣に立つ女性が、静かに会釈する。

深い褐色の肌。

黒髪を編み込んでいる。

その瞳は、エルザと同じ色を宿していた。

柔らかいが、芯のある声。

原住民の名だった。

そして、その前に立つ少年。

七つほどだろうか。

父に似た灰色の目と、母に似た黒髪。

「僕、トマス」

無邪気に言う。

エルザは思わず目を細めた。

この街で見てきた原住民の大人たちとは違う、曇りのない顔。

業者の男が説明する。

「この家族は、奥地の村へ移住する。

あんたらも途中まで同行できる。

向こうに着けば、また本格的なガイドを探せるだろう」

伯爵はジョナサンを観察するように見つめた。

「軍人だったというのは?」

「王立歩兵連隊にいた。除隊後、商隊の護衛もしていた」

声は静かだが、自信がある。

伯爵は次にナヤラを見る。

「あなたは奥地に詳しいのか」

ナヤラは頷く。

「生まれた村に戻ります。川筋も山道も知っています」

ナヤラの視線が、エルザに向く。

ほんのわずかだが驚きと警戒の視線だった。

だが敵意という程のものはない。

エルザは息を詰めたまま、見返す。

ジョナサンが言う。

「子供と妻を連れた道中だ。無茶はしない。」

それは、伯爵の望む言葉だった。

伯爵はしばし沈黙し、やがて言う。

「同行させてもらおう」

業者の男が、ほっとしたように笑う。

エルザはまだ緊張していた。

だが、トマスが近づいてきて、無邪気に尋ねる。

「お姉さんも奥地へ行くの?」

一瞬、言葉に詰まる。

「……うん」

トマスは嬉しそうに笑った。

その笑顔に、胸の奥の硬さが少しだけほどける。

奥地へ向かう道は、まだ不透明だ。

だが今は、この家族とともに進む。

侮辱と敵意に満ちた港町を背に。

エルザは静かに決意を固めた。

もう隠れない。

逃げない。

この土地を、自分の足で歩くと。

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