食料品会社
伯爵とエルザは港町の中心部のある食料品会社に向かった。
看板には食料品と雑貨を扱う会社であることが記されていた。
その看板の下にもう一つ看板があった。
そこにはガイドを紹介する内容が記されていた。
会社は石造りの古い建物の一角にあった。
店内は壁全体に商品が積まれていた。
奥のカウンターには小太りの禿げた男が一人いた。
その男にガイドを探していると話すと奥の部屋に通された。
壁には色褪せた地図。
奥地へ続く川筋、山脈、未踏地帯の印。
乾いた革の匂いと、煙草の煙が混じっている。
伯爵は扉を押し開け、エルザとともに中へ入った。
正面に無精髭を生やした男が座っている。
値踏みするような目が、まず伯爵を見、次にエルザへ移った。
その視線が止まる。
ゆっくりと、上から下まで舐め回すように。
エルザはマントを着ていたが、その上からでも男の視線がエルザの体にへばりついてきた。
エルザはその意味を理解した。
伯爵が口を開く。
「腕がよく、身持ちの堅いガイドを探している。この子がいるので、信用のおける者がいい」
業者の男は、にやりと口元を歪めた。
「……へえ」
視線はエルザから離れない。
少年のような装い。
だが、体つきは隠しきれない。
年頃に差しかかった少女であることは、すぐにわかる。
男は肘をつき、笑った。
「旦那も、いい趣味してますね(笑)」
言葉に含まれた意味。
男はニヤリと笑うとエルザの体を測るように視線を浴びせた。
エルザの胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
男は続ける。
「奥地は荒れますよ。そんな若い子連れて――娼婦なら街の中で遊ばせときゃいいのに(笑)」
いやらしい笑い。
その目にあるのは、軽蔑と下卑た興味。
エルザのこめかみが脈打つ。
侮辱。
怒り。
そして、港で見た光景が一気に蘇る。
路地に倒れていた男。
殴られていた原住民。
裏通りに立っていた女たち。
冷たい視線。
「奴隷は入るな」と言われた瞬間。
胸の奥で何かが弾けた。
気づけば、唇が動いていた。
古い言葉。
低く、擦れた響き。
呪いの言葉。
空気がわずかに震える。
業者の男が眉をひそめる。
「なんだ?」
エルザの手が、自然にコートの下へ滑る。
銃の冷たい感触。
指先が震える。
視界が赤く染まるような感覚。
――撃て。
どこかで囁く声。
侮辱した。
踏みにじった。
この男も、あの街も。
引き金を引けば、静かになる。
その瞬間。
「エルザ!」
伯爵の声が、室内を震わせた。
強く、鋭く。
「エルザ!」
もう一度。
そして三度目。
「エルザ!」
はっと息を呑む。
視界の赤が消える。
伯爵の腕がエルザの右腕をマントの上からつかんでいた。
自分の手が銃を掴みかけていることに気づく。
肩で息をする。
心臓が暴れるように打つ。
体はまだ逆上したままだ。
震えが止まらない。
ゆっくりと、指を離す。
銃から手を離す。
呪文は途切れ、空気の緊張がほどけた。
業者の男は怪訝な顔つきでこちらを睨んでいた。
エルザを睨み返す。
だが今度は、エルザも目を逸らさなかった。
怒りと屈辱を押し殺したまま、まっすぐ見返す。
伯爵が一歩前に出る。
その影が、エルザを覆う。
「言葉を慎め」
伯爵は男に脅すような低く、冷たい声だった
室内の空気が凍る。
業者の男は舌打ちをし、肩をすくめた。
「……冗談ですよ、旦那。荒れ地に入るなら、腕利きが必要だ。紹介しましょう」
事務的な口調に戻る。
だが視線にはまだ、わずかな苛立ちが残っている。
エルザは拳を握りしめたまま、黙って立っていた。
自分が何をしかけたのか、わかっている。
一瞬で、取り返しのつかないことをするところだった。
伯爵の声がなければ。
呼び戻してくれなければ。
胸の奥で、怒りと恐怖がせめぎ合う。
この街の現実。
自分の血。
そして、自分の中にある刃。
エルザは静かに息を整えた。
まだ震える指先を、マントの中で握り締めながら。




