別れと覚悟
伝染病は、やがて終息した。
だが――
多くの街と村には、あまりにも多くの死が残された。
城は守られた。地域の対策拠点として医師と多くの患者を受け入れた。
厳重な隔離と対策によって、感染者は一人も出なかった。
しかし、それは決して“無傷”を意味しなかった。
城に仕える人々の家族、親戚、知人——
外の世界にいた者たちは、次々と命を落としていったのだ。
ある晩、エルザは廊下で泣いているメイドを見かけた。
年若いその女性は、壁に額を押しつけ、肩を震わせていた。
「……お母さんに、会いに行きたかった……」
伝染病が流行した直後、彼女は城を出ることを許されなかった。
感染を防ぐためだった。
その間に、母親は亡くなった。
助けに行くことすらできずに。
同じような人が、城には何人もいた。
兄を失った者。
妻を失った者。
子を失った者。
親しかった人を。
彼らは城の中で、伝染病対策の仕事をしていた。
消毒、物資の運搬、隔離区域への支援。
——知らない誰かは救えた。
——だが、自分の大切な人は救えなかった。
その矛盾が、心を引き裂いていた。
「どうして……」
「わたしたちは、何のために……」
城の空気は重く沈み、笑顔は消えていた。
特に被害が大きかったのは、イルマの出身である少数民族の地域だった。
国家の支援は遅れ、物資も届かず、多くが見捨てられた。
“重要ではない土地”として。
イルマもまた、伝染病対策の任務に身を投じていた。
昼夜問わず働き、倒れそうになりながらも、人を救い続けた。
だが夜になると、ひとり静かに拳を握りしめていた。
「なんで私は……助けられなかった…」
誰にも聞こえない声。
エルザはそれを見ていた。
強く、揺るがない存在だと思っていたイルマが、同じ痛みを抱えていることを。
エルザの胸は締めつけられた。
みんな、死を恐れながらも他人のために働いている。
誰かの命を守るために。
それなのに——
大切な人は失われていく。
エルザは毎日城の庭にひとり立った。
月明かりの下、大地に膝をつき、額を地面に触れさせる。
故郷でしていた祈り。
精霊に語りかける古い呪術。
「どうか……」
「亡くなった人たちの魂が迷いませんように」
「生きている人たちが、これ以上苦しみませんように」
風が木々を揺らし、葉がささやくように鳴った。
エルザは涙をこぼしながら、何度も祈った。
死者のためだけではなく——
今も苦しみながら働く人々のために。
しばらくして、イルマに辞令が下った。
故郷の復興支援のため、一時的に城を離れることになったのだ。
別れの日。
馬に跨るイルマを、エルザは必死に見上げていた。
「すぐ戻る…」
そう言って微笑んだが、エルザの胸は苦しくて仕方なかった。
強いと思っていたイルマでさえ、民族全体を救うことはできない。
その無力さが、自分と重なった。
——わたしも、故郷の人たちに何もできていない。
助けられなかった村。
失った家族。
燃えた土地。
後悔が、胸を焼いた。
「イルマ……わたし、強くなる」
イルマは静かに頷いた。
「それでいい。それが生き残った者の使命だ」
馬がゆっくりと遠ざかっていく。
「イルマ!イルマ!待ってるから!」
エルザはその背を見えなくなるまで手を振り見つめ続けた。
イルマと別れて何年か過ぎた。
社会がようやく落ち着きを取り戻した頃。
伯爵は新大陸へ行く事にした。
魔術の研究のために。
エルザは伯爵からその話しを聞いてすぐに伯爵にお願いした。
「わたしも連れて行ってください」
迷いのない声だった。
伯爵はしばらく彼女を見つめ、静かに言った。
「かなり危険なことになると思う…君はあっちでどういう立場になるか分かっているか?私は責任が持てないかもしれない…」
伯爵は椅子に座るとしばらく考え込んでいた。
「私は強くなりました。魔術も呪術も、剣もナイフも銃だって、格闘技でルーカスにだって勝てる」
「自分の身は、自分で守ります。」
「エルザ…私は…この前の時とは違うことになると思う…君の部族の状況は厳しい…君はどちらかを選ばなければならない場面が出てくるかもしれない…その時に選べるのか…」
エルザはハッとした。
そうだ、もし、伯爵が同じ部族の者に襲われたら…私は…
できるのか…
ためらえば伯爵を…
「そういうことだ…さあ、終わりにしよう、この話は」
伯爵は椅子から立ち上がり部屋を出ていった。
私のこの力…
籠城の時も伝染病の時も祈ることしかできなかった。
あれでなにかを守ったのか…
伯爵に聞けば、人の魂と心を守ったと言うだろう。
でも…
自分の力…
この力は持つことだけが意味のあることじゃない。
使えなければ…
でも、それは伯爵のことを裏切ることにもなる…
伯爵は気づかってくれている。
私が危険な立場にならないように。
でも、今のままでは守られてるばかりだ。
伯爵を守れるようにまでなりたい…
伯爵が出発するのはまだ先だ。
それまでに、この力で伯爵を、自分を、誰かを守ることができるようになろう。
たとえそれが伯爵の気持ちを裏切ることになったとしても…
それからの日々はエルザにとっては忙しかった。
どうしたら自分の力を堂々と使えるようになるのか…
あの時…魔術を武器にしようとして止められた…
でも、銃は伯爵もなにも言わなかった。
この世界では銃は武器として認められている。
この銃と弾丸に自分の力を込められれば…
伯爵の出発の日まで残り少なってきていた。
あれ以来エルザはなにもいってこない…
それが伯爵には気になっていた。
いつも通りの生活はしてるようにはみえる。
ただ、前よりは熱心に魔術と呪術の研究をしているのは分かっていた。
あと…射撃だ…
毎日、射撃の訓練は欠かさない。
かなり熱心にやっている。
たしかに自分の身を守ることの難しは伝えた。
そのため射撃訓練をするのはわかる。
いつか、また連れて行ってほしいと言い出すのだろうか…
エルザはルーカスの父親と一緒に山へ猟にでることが多くなった。
そこでは、実践的な銃の使い方も訓練していた。
「どこにいる?」
「前方の木の茂みです。」
「見えるのか?」
「はい…」
「驚いたな…」
エルザはスコープを使っていないのに、スコープを使うルーカスの父親と同じくらいにみえていた。
森に銃声が響いた。
エルザの弾は鹿の急所を貫いていた。
牧草地では狐の狩りをした。
偽装して身を伏せる。
エルザに先祖の血が蘇る。
自然共に生きてきた先祖の血が。
用心深い狐を狩ることはとても難しい。
それをエルザはまるで狼のように狩った。
エルザの獲物の数が増えるたびに伯爵の心配は増していた。




