籠城戦
城の上空に、重たい雲が垂れ込めていた。
城門の前には、武装した男たちが集まっている。
反政府組織の旗が風に揺れていた。
国内情勢には以前から不穏な動きがあった。
共和制を訴える組織が過激さを増していた。
そしてついに武力蜂起に出たのだ。
ある日、警察署長が伯爵を訪ねてきた。
「伯爵、今後どうするか、中央に問い合わせしていますが、指示がありません。この土地の治安を考えれば、備えるべきだと思います。軍は首都防衛に注力するようですし…」
伯爵は、少し考えて話し始めた。
「まずは、住民の安全が第一ですね。相手がどう出るかわからない以上、最悪のことも考えねばと思います。」
「そのとおりです。我々としては、通り過ぎてくれれば一番いいのですが、そうならないでしょう…街道には検問を設けます。」
「食料と水だけで済めばいいのですが…」
「そこでですが、伯爵にご提案なのですが城を使わせてはもらえませんでしょうか。むしろ、城を狙う恐れもあります。アイツラも拠点になるようなとこらはほしいでしょうから。」
「避難を希望者は受け入れましょう。それからですが、武器や弾薬は城に保管してはいかがですか。籠城するなら必要です。食料水医薬品も、」
「ご厚意感謝します。是非そうさせていただければありがたい」
警察署長はやっと目処がついたという表情だった。
「彼らは比較的若い学生や労働者だと聞いてます、少しは冷静になってくれるといいのですが…」
と伯爵が言うと、
「そうですが、なにせ今頭に血がのぼっているところですからなあ…血の気の多い連中ですからね…」
警察署長は困った顔に。
やがて住民や警察の協力で籠城の準備は整ってきた。
その頃、武装蜂起した共和派は次第に城に近づきつつあった。
やはり、彼らは拠点となる場所が欲しかったのだ。
他の街や村、住民のなかには、共和派に好意的なところもあった。そういうところでは歓迎を受けたりもしていた。そしてそういうところで補給を受けて首都に向かっていた。
「共和派には反対してても表面的にははっきりしないほうがいいでしょう。住民の皆さんはその方がいいと思います。なるべく協力的に友好的に行動して反感かわないように。」
伯爵は住民に対して危害が及ぶのを心配していた。
「ええ、そういうふうにするように注意しました」
警察署長もそのことを心配していたのだ。
そして、とうとうそのときはやってきた。
「我々は市民のために戦っています!是非、この門を開けていただきたい!ご協力をお願いします!」
伯爵は城壁の上からその様子見下ろしていた。
「要求はなんと言っているのだね?」
執事が答える。
「城に入れてほしいとのことです。食料と宿を提供しろと…」
少し間を置き、執事は続けた。
「拒否すれば攻撃すると」
城壁の上には沈黙が落ちた。
「ずいぶん礼儀正しい脅しですね。彼らにとってみたら、ここは敵対する象徴みたいなものなのに…あ…これは失礼しました…」
イルマは失言だと思って伯爵の顔をみた。
伯爵はニコリと笑ってみせた。
「しかし、一旦入れたら絶対出ていきませんよ。下手すれば政府軍の攻撃を受けることになります。ここは厳しいですが、ご決断を…」
とイルマは一転して厳しい表情になっていた。
政府軍は各地の共和派の鎮圧に戦力を割かれていた。
そのため援軍はいつ来るかわからなかった。
自分達でなんとかするしかなかった。
政府軍が来るまでは。
来るとしたら。
クロイツァー少尉は伯爵に決断を促した。
伯爵は表情を変えない。
「答えは決まっている」
彼はゆっくり言った。
「拒否だ」
その言葉が伝えられると、城門の前がざわめいた。
「貴族は王政を擁護し、それに群がる寄生虫だ!我々市民の敵である!よって、市民のため、共和制実現のため、敵を許すわけにはいかない!」
「そうだ!」
「寄生虫を排除しろ!」
「王政打倒!」
城壁の下ではシュプレヒコールが続いた。
そして――
ついに銃声が鳴った。
共和派の攻撃が始まった。
城の防衛が始まった。
城壁の上には城の警備隊や警察部隊が銃を構える。
クロイツァー少尉が兵を指揮する。
「構え!」
一斉に狙いを定める。
「撃て!」
城壁から下に向かって一斉に発射される。
下からも応戦がある。
森の中を銃撃音が鳴り響く。
戦いは長引いた。
共和派はなかなか諦めない。
城の中は完全に戦場だった。
一人また一人とけが人も多くなった。
医者もいる。
薬品も食料もある。
でも人は…
このままだと負けてしまう。
けが人が増えてきて防衛が手薄になりつつあった。その穴を埋めるためについにメイドたちも銃をとって戦うことになった。
この時のために訓練はしていた。
だが、誰もがまさか本当に銃を持つことになるとは思ってなかった。
メイドの一人が震える手で銃を構える。
隣の執事が冷静に言う。
「気にすることはありません。私達は伯爵様をお守りするためにここにいるのです。それが、ホウキであろうが銃であろうが同じです。あのゴミどもを掃除することにしましょう(笑)」
執事のこの言い回しがメイドの不安をとりのぞいた。
「ハイ(笑)」
メイドの銃を握る手に力が入った。
反政府組織の男が倒れる。
城の者たちは皆戦っていた。
しかし、疲れは誰にも平等にきていた。
けが人もいつまでも持ちこたえられない。
時間の問題だった。
エルザはそんな人達をみるのが辛かった。
この人達はこんなにも…
私はこの人達になにをしたら…
ふと腰の銃をみる…護身用だった
銃か…これは違う…私にはコレは…私には力があるはず…
「敵だ!」
叫び声が上がる。
城の裏の通用門が破られていた。
共和派が数人手薄になったところから入ってきたのだ。
「どこだ!」
クロイツァー少尉が剣を抜いた。
「裏門です!」
「よし!城外への警戒を怠るな!迎え撃て!」
クロイツァー少尉が駆けつけると、もう銃撃戦が始まっていた。
こちらは数が少ない。
どうみても劣勢だった。
「援護しろ!」
クロイツァー少尉は飛び出した。
身軽にあっと言う間に敵の中に飛び込んでいく。
男がナイフを持って飛びかかる。
イルマは横に避ける。
剣で腕を叩き落とす。
もう一人が背後から襲う。
イルマは振り向きざまに蹴りを入れる。
乱闘だった。
剣とナイフがぶつかる。
エルザは少し離れた場所でそれをみて銃を構えていた。
イルマが男と組み合う。
イルマの右腕が男のナイフで血に濡れた。
押し倒されそうになる。
その瞬間、イルマの視線はエルザをとらえた。そして叫んだ。
「撃て!」
イルマがエルザをみていた。
エルザの心臓が強く打つ。
男の背中。
エルザの前。
「撃て!」
エルザは撃った。
銃声。
弾丸はまっすぐ飛び、
男の背中を貫いた。
男はそのまま倒れた。
イルマが荒く息を吐く。
「助かりました…」
エルザは銃を見つめていた。
初めてだった。
至近距離で人を撃った。
興奮していた。
至近距離で人を撃ったことか…
その興奮は頭の中まで占めていた。
一番長い夜だった。
いよいよ城の限界も近かった。
エルザも決心した。
「私もやります…」
イルマがちらりと見た。
「大丈夫か…撃てるか?」
エルザは静かにうなずく。
だが、心臓は大きく鼓動していた。
手にも汗が滲む。
「よし!(笑)」
イルマは軽く笑った。
しかし、この前初めて人を撃ったこんな少女が…
何にもとらわれることなく、ためらわないとは…
それが何を意味するのか…
考えてる時間はなかった。
次の瞬間、彼女は叫ぶ。
「撃て!」
一斉射撃。
城壁の上から下にいる共和派に弾丸が浴びせられる。
共和派の男たちが次々と倒れる。
しかし彼らも撃ち返してくる。
弾丸が城壁に当たり、石が砕けた
破片がエルザの頬をかすめた
痛かった
頬に血が滲んだ
それでも構わず
エルザは何度も撃った。
祈りながら…
「さあ…魂よ…何も恐れることはない…迷わず還れ…全てに…そして安寧を…そしてまた戻って来るがいい…」
心の中で自然と言葉を唱えながら、一人また一人と狙う。
怖くはなかった。
魂はまた蘇る…
終わりではない…
だから恐れるな…
祈りを忘れるな…
エルザは祈りながら次の弾を装填する。
そして祈りながら…唱えながら…
そして再び撃つ。
「恐れるな…全ては還る…終わりではない…また生まれる…また蘇るのだ…恐れるな…」
撃つたびに繰り返し唱えていた。
彼女の射撃は正確だった。
次々と倒していく。
撃ってる彼女自身にはわからなかった。
銃での実戦は初めてなのに。
まるでベテランのような射撃。
冷静に冷徹に。
獲物を狙うように。
何かが彼女の中で呼んでいた。
たとえそれが銃という鉄の塊でも。
獲物を狩るのは同じ。
獲物を狩って生きてきた血が呼んでいた。
血が呼んでいた…
それはエルザの血筋によるもの。
始祖から脈々と受け継がれてきた血。
目の前に人が見えてくる。
はっきりとよく見える。
その姿が獲物に見えてくる。
森をかける獣達。
空を飛ぶ鳥達。
川を泳ぐ魚達。
冷静に狙う。
悟られないように。
目標の獲物はしとめなければならない。
ただそれだけだった。
生きるために。
エルザの射撃は正確だった。
なぜかなどは彼女には考えることはできない。
そんな余裕などない。
目に入るものを撃っていく。
まるで狩りのような感覚。
それ自体に彼女は気が付かずにただ撃ち続けた。
そんな様子はイルマの目にとまっていた。
銃を手にとってから間もない少女ができることではなかった。
才能?…いやそれとは違うなにかが…
他から見たら、全く一人だけスナイパーが混ざっているかのようだった。
エルザも戦列に加わったが、城の戦力はジリ貧だった
怪我人の治療にも限界がある
薬品もつきかけ始めた
「もう、これ以上は…長引くと死者が出ます…」
医師は沈痛な顔をして、伯爵に話していた
伯爵も俯いてなにかを考えているようだった
「わかりました…」
そういうと伯爵はその場を離れた
それをエルザは見ていた
(伯爵様はどうされるんだろ…魔術を使うのかな…魔術なら治すこともできるけど…)
エルザはバルトの一件を思い出していた
まさか伯爵がこんなにたくさんの怪我人に魔術を使うとは思えなかった
怪我人は魔術とは縁のないただの住民達ばかりだ
それに使ったら…
(そんなことは伯爵様はなさらないはずだ…それなら…)
ある夜。
エルザは城壁に向かって祈りを始めていた。
もう自分にできることはこれしかないと思った
誰かがみんなを救わなければならないなら、それは自分がやろうと思った
(きっと伯爵様はお怒りになる…私は伯爵様をかなしませる…ごめんなさい…でも、これ以上、城の人、町の人が苦しむのをみたくなくて…)
とうとう彼女は魔術に頼ろうとした
全体を見れば明らかに先はみえていた。
なんとか城の人たちを救いたい…
ただそれだけだった…
呪文を小さく唱える。
「この地に潜む悪霊よ…この地を汚す者の血を貪り給え…」
手に魔力が集まり始める。
しかしその手を、誰かが掴んだ。
伯爵だった。
「何をしている…やめなさい…」
エルザは驚く。
「でも、このままだと…」
伯爵は首を振る。
「魔術で直接人を殺せば…」
彼の声は静かだった。
「魔術そのものが危険な凶器、兵器と見なされる…人はそういうものだ…」
エルザは黙る。
伯爵は続けた。
「そして」
「それを扱える者は迫害される…悪魔として…魔術がどこにでも溢れていた世界はもうここにはない…絵本の中だけだ…」
エルザはバルトの時を思い出していた
(あの時、それを体験したのに…魔術や呪術を使えても…それでも私は…)
「伯爵様!でもこれ以上は、みんな!誰かが死んでしまったら!」
しばらく沈黙が流れた。
「それでもだ…エルザ…わかってほしい…わかってくれ…君も大切な一人なんだ…君を先祖のような目にあわせたくはない…君には君の未来がある…人にもある…それはもう決まっている…人の営みに人の力以外がなにかを施すのは違うんだ…」
いつの間にかイルマが近くにいた
「銃で十分ですよ(笑)私に任せてください!必ずなんとかします!これにかけてね!」
イルマは軽く銃を回転してみせた。
そして腰のサーベルに手を当てる。
「エルザだって、力になってる!度胸もある!十分戦力になってますよ!だから大丈夫!」
頼もしかった
イルマが言うとエルザにはそれだけで安心できた
エルザは小さく息を吐いた。
「わかりました…イルマ!ありがとうございます(笑)」
イルマの言葉はありがたかった。
役に立ててればそれでいい…
でも…
(私には他になにができるだろ…)
「みんなが生き残れるように、怪我した人が無事治るように祈ります…」
「そうだね。それが一番いいよ」
伯爵はニコニコしながらエルザの肩に手を置いた。
「頼むわ(笑)」
イルマもうれしそうに笑った。
エルザはあらためて、祈りの儀式を行った。
城の防衛は限界に近づいていた。
弾薬も少ない。
夜が明けた。
静かな朝だった。
「?…」
(感じる…)
エルザにはなにかの気を感じていた。
その時――
遠くで銃声が鳴った。
銃撃戦の音だ。
馬の足音。
城壁の上の兵士が叫ぶ。
「政府軍だ!」
森の向こうから軍隊が現れる。
先頭に立つ男。
ヴァルテック大佐だった。
共和派は完全に崩れた。
城の防衛戦は終わった。
イルマは言った。
「終わりましたね」
エルザは銃を握っていた。
その銃を静かに下ろした。
その時、銃がこんなに重たかったんだと初めて感じた気がした。
それよりもっと感じたのは…
銃に対して愛着感みたいなものも感じていた。
(私には向いているのかな…)
不思議な感じだった。
たくさんの人が傷ついた…
でも…
こんな銃が…
人の命を奪うために誰もが使う…
銃は恐ろしくて危険な物…
それでも誰も魔術のようには思わない…
でも、魔術を使うとそれが人の恐怖心を煽る…
それは歴史が示していた。
その歴史は誰にも変えられない。
魔術や呪術は銃と違って誰でも使えるわけではない…
魔術や呪術には道具はあっても、それ自体が銃のような存在がない。目には見える銃という物体がないからだ。
物体は工場で作られる。
それは魔術でもなんでもなく、人の叡智の積み重ねから。
魔術や呪術も人の叡智の積み重ねのはず。
だがそこに大きな違いがある。
霊的な力、神秘的力。
その存在が、それを介在させることが大きな違い。
自分には魔術や呪術の力があるのに銃を使うことをしなければならないのか…
銃は誰もが使えるのに…
なんとかしたい…
持ってる力2つとも…使えればと…
エルザは考え始めた。
銃を持っていることは魔術を使えるということよりは人々は理解しやすい。
銃が呪術や魔術の道具になれば…と
魔法のつえ…魔法使いや呪術師は杖を使っていた。
たしかにそれも今でも持っててもいいのかも知れない。
でも…
彼女は手の銃を握りしめた。
これが魔法の銃だったら…
彼女の目には銃の鋼鉄の鈍い光がきれいに映っていた。
それは彼女の瞳を輝かせているかのようだった。




