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第5話:新しい家族の始まり(オレリー視点)

侯爵家の馬車に乗って、屋敷へと戻った。

出迎えに出ていた執事長が、一瞬、目を見開き、そして、僕へ恭しく頭を下げた。


「今までお助けできずに、申し訳ございませんでした。」

「家督を継ぐ命令書だ。」


帰りに例の官吏から必要書類として、証拠品などと一緒にもらった文書の一つだ。


「お前たちが厳しい立場にあったことは理解している。父は横領と背信で、あの女は王家を愚弄した罪で収監された。エレオノールは父の子ではなく、平民の子だと証明されたので、デュラン伯爵家が引き取っていった。状況は分かったか?」

「……若様、侯爵位継承、お慶び申し上げます。」

「全員を集めてくれ。集めたら呼びに来てくれ。」

「はい。」


厨房へ行き、マギを呼ぶ。

「マギ、家督を相続できた。何か食べるものを出してくれ。腹が減った。」

「まあ、坊ちゃん、お嬢様。本当ですか!じゃ、今すぐ出せるのは、まかないのスープとパンにチーズですよ。」

「いいよ。具だくさんでね。」

「もちろんです。」


厨房の隣の使用人用のテーブルで、まかないスープを飲みながら、焼きたてのパンと切り出されたチーズを食べた。


「若様、使用人がそろいました。」

「わかった。マギ、美味しかったよ。」

「お粗末様でございます。」

「ごちそうさまでした。」


リリと視線を絡ませて、頷き合った。

ホールへ行くと、使用人が役職ごとに分かれて集まっていた。

「ガブリエル・ド・ロシュフォール侯爵閣下に礼。」

執事長が声をあげると、使用人がすでに聞いていたようで、一斉に頭を下げた。


「父上は横領と背信で、あの女は王家を愚弄した罪で収監された。エレオノールは父の子ではなく、平民の子だと証明されたので、デュラン伯爵家が引き取っていった。状況は分かったか?」

ざわりと使用人たちが息を飲むのが分かった。そこまでは執事長は言っていなかったようだ。

「父の部屋とあの女の部屋を片付けてくれ。僕とリリの部屋として使う。使用人は母上と別宅にいた者を重用する。それと、アンリとジュリアンを補佐官にする。マリアンヌはリリの侍女に戻せ。他は執事長に一任する。お前たちを1度は信用しようと思う。あの女やエレオノール、父に仕えていた者は、執事長と慎重に話し合い、別の部署へ異動するか、他家へ出るか考えておくように。以上だ。解散。」



その日の夜から、食事に肉が出るようになった。マギの味のものもある。

「若様、今までの食事、申し訳ございませんでした……。」

夕食を食べているときに、料理長が来て、跪いて頭を垂れた。


「お前が、スープに豆をたくさん入れてくれているのは知っていたよ。冷えても油が浮かないようにくふうしていたんだろう?パンだって、一切れが大きかった。」

「若様……。」

「マギの食事は幼いころから食べてて、口が慣れているんだ。スープはマギに任せてくれると嬉しいな。それと、僕もリリも質素な食生活を続けたいと思っている。贅沢はやめようと思ってる。協力してくれ。」

「はい。」


僕が何かをするたびに、使用人が謝罪に訪れる光景が続いた。そして、数日が経つうちに部屋を移ることになった。歴代当主が使ってきた部屋へ。リリは夫人ではないが、そばに置いておきたくて夫人の部屋を使わせることにした。


「若様、前侯爵の裁判の判決が出るようです。」

アンリが裁判所からの開封済の手紙を持ってきた。

「私も行きます。」

リリがすかさず言う。

「ドレスはどうする?」

「ドレス……家にあるのを、調整しようと思います。」

「あいつらのを着るのか?」

「ドレスに罪はありませんし。」

リリはにっこり笑うと、侍女を引き連れて衣装部屋へと向かっていった。


「若様の衣装は、どうしましょうか。」

「父上のを丈合わせをしよう。衣装に罪はないらしいからな。」

「わかりました。それも、オレリー様に任せましょう。」

「そうだな。」



リリは数日のうちに、エレオノールのドレスからキラキラしたものを取り外して、落ち着いた印象のドレスに縫い直してしまい、痩せている僕が父の上着を着られるように丈を詰めてしまった。


「何とか身だしなみは整ったかな。さて、出かけようか。」

「はい。兄上様。」


僕のエスコートで、リリは嬉しそうに腕に手をかけてくる。玄関を出ると、6頭立ての立派な侯爵家の馬車が待っている。

修道院仕込みの礼儀作法で、リリはしっかりとふるまう。僕の方が怪しい。


「兄上様、私がそばにおります。」

「なんだか逆じゃないか?」

「私がつらいときに、兄上様はいつも支えてくださいます。今は、兄上様が笑っていらっしゃらないから。私の出番です。」

「じゃ、頼むよ。」

「はい。」


馬車の中に入ると、リリの額にそっとキスを落とした。小さいころの習慣だ。

「ガビ、もう、二度と離れません。」

「……僕も、離れたくない。」


裁判での判決は、父は背信の罪によって、身分剥奪の上、王宮前広場で公開改悛の上、辺境の修道院への徒歩移送。義母は王子を愚弄した罪で、身分剥奪の上、辺境修道院への徒歩移送。エレオノールへの罪はないが、平民ハンスが責任を取るべきなのでハンス預かりとする、というものだった。


王宮前広場での公開改悛というのは、改悛者・背信という名札を付けられて、広場で石畳に跪かされて、王宮に向かって頭を下げ続けるという罰だ。広場を通る平民は唾を吐きかけたり、石を投げるのが慣例となっている。


そして、辺境の修道院への徒歩移送というのは、かなり重い罪だ。徒歩7週間と言われる道を、最後まで歩き続けられる改悛者は少ない。宿もなく、縄で引かれながら、足かせがある状態で、歩き続ける。移送にかかわる者は当然、騎乗する。


改悛者が動けなくなったら、そのまま放置される。死ぬまでは護送官が見張る。死ぬと、その地域の役場に処理を頼んで引き上げるという。予定通り歩かなければ、水も食料も配給されなくなるので、動けなくなったら、数日で死を迎えるのだ。


「帰りましょうか。」

「ああ。」


判決を聞いて、裁判官に一礼して、僕たちは帰ることにした。もう、二度と会うことはない。会いたくもない。



その後のエレオノールの話をデュラン伯爵から直接聞いた。ハンスは伯爵家の庭師らしく、妻子がいるらしい。一人分の食費が余計にかかるようになったことで、エレオノールは肩身の狭い思いをしたようだった。そして、ハンスの妻は自分のことを自分でやるようにと言ったらしい。エレオノールは納得できず、ある日、家を出て行ってしまったという。伯爵家として探しているが見つからないという。来ていないかという問い合わせだった。



すべてが終わって、季節は秋から冬へと変わろうとしていた。


夕方から黒い雲が広がり、雨が降っていたと思ったら、夜になって雷が鳴り始め、稲光と轟音が繰り返されている。雨は窓を叩きつけるように降っている。


リリがそわそわしてはビクついている。それを見て、なんだか懐かしくもあり、微笑ましくなってしまった。

「ガビ、一緒に寝ていい?」

寝る前に、居間で一緒に過ごしていた時に、リリが甘えてきた。

「久しぶりだな。じゃ、もう寝るか。」


リリは自分の寝室から自分の枕を抱えてくると、僕の部屋へと歩いて行ってベッドに枕を並べた。

腕を回して肩を抱き寄せると、リリはすり寄ってきた。外の轟音が響くたびに、ビクッとする。

小さい頃のリリを思い出す。何も変わっていない。抱きしめて額にキスを落とす。


いつの間にか寝ていたのか、朝、目が覚めると、リリはまだよく寝ていた。抱き寄せると、リリを起こしてしまったようで、僕を見ると安心したようにまどろみながら微笑む。リリはのろのろと動いて首に抱き着いてきた。


「若様、おはようござい、……失礼いたしました。」

「待て待て、リリだ。昨夜の雷でここにいるんだよ。」

「ああ、オレリー様でしたか。」

「マリアンヌを呼んでくれ。」

「はい。」


マリアンヌが来ると、リリは枕をもって、部屋へと戻っていった。


朝食に行くのに、リリを迎えに部屋へ行くと、マリアンヌに「いくつだと思っているんですか」と詰められた。

「別にいいだろう。リリが怖がっていたんだから。」

「だって、怖かったんだもの。」

「オレリー様も、これから他家へ嫁ぐ身で。」

「私はどこへも行かないわ。ねえ、兄上様。」

「ああ、どこにもやらない。」

リリを嫁に出したらなんて、考えるだけで不安になる。


「何をお二人ともおっしゃっているんですか。若様だって奥方様をお迎えにならないと。」

「僕はリリを一番に思ってくれるような女性でないと無理だ。だから、結婚は無理かなと思っているよ。」

「兄上様……、なら、私がずっとおそばにいますね。」


「マリアンヌ、この二人はずっとこの調子さ。しばらく放置するしかないよ。」

「はぁ。」

僕は本気で言っている。おそらく、リリもだ。幼いころに引き離されて、色々ありすぎた。

離れることはできないだろう。



侯爵として、領主として、僕とリリは一生懸命働いた。リリは家政も取り仕切ってくれた。そんな風にして数年はあっという間に過ぎた。親類縁者からは妻帯を強く勧められたが、侯爵位にある僕に一番の決定権があるのが幸いした。リリもずっと一緒にいてくれる。


そんなある日、領内の南方で疫病がはやり、夫婦で赤子を残して死んでしまった親類がいた。赤子を一族で預かっているが、正直困っているという話が上がってきた。


「私たちで育ててあげましょうか。」

「……僕の養子として、手元で育てるのはいい考えかもしれないな。」


数日して、赤子が乳母と一緒に送られてきた。


「クララと申します。坊ちゃまはルシアンさまでございます。」

「まあ、可愛らしい。何か月になりますの?」

「10か月になります。」

「クララ、お前の家族はどうしている?」

「旦那様たちと同じ病で、死んでしまいました。」

「大変な疫病だったのですね。」

リリは眉根を寄せた。

「はい。」

クララは疲れ切ったような表情を見せた。

「クララさん、あなたは今後もルシアンに仕えてもらえるかしら。」

「はい、ぜひ、よろしくお願いします。」

「じゃあ、頼むよ。僕は独身だけど、僕の息子にしようと考えているんだ。こちらはオレリー。妹だ。」

「よろしくね。」

「よろしくお願いいたします。」


昔、僕が使っていた部屋、最近ではエレオノールが使っていた部屋を、今度はルシアンが使うことにした。



僕もリリもルシアンを愛することで、何か欠けていたものを補っていったように感じる。

僕たちは二人で閉鎖的な関係性を持ってきたように思うが、ルシアンが間に入ることで、外の世界へと僕らは開かれていくことができた。


「ルシ、お昼寝しましょう。」

「はい、母上。」

「じゃあ、僕が本を読んであげよう。」

「父上、この本がいいです。」


永遠にこの幸せが続くといいと思う。



◇ルシアン視点


母上が侯爵令嬢で、父上の妹だと知ったのは、だいぶ成長してからだった。父上が母上の額にキスを落とすのを何度も見ていたし、僕と一緒に同じベッドで休んでいる場面なんて、ありふれていた。だから、兄妹だと聞いてびっくりした。

そして、僕の本当の両親がすでに亡くなっていることも知った。


「母上、僕はもういらない子?」

「何を言っているの、あなたは私の大事な子よ。手離せる訳がないでしょ。」

「僕の本当の両親については、まだピンと来ないんだ。」

「ルシの考えで好きにしていいのよ。でも、私から離れていかないでね。」

「母上、大好き。」

「母上も、ルシが大好きよ。」

家族関係について少し理解した僕を、母上は抱きしめながら愛を囁いてくれた。


父上と母上は普通に兄妹だ。社交界では有名な侯爵兄妹で、どちらも独身を通して子育てまでしている。前侯爵の裁判は有名で、兄妹の扱いは酷かったんじゃないかと噂を聞く。


クララが他の使用人から聞いた話によると、かなりひどい虐待が行われていたらしい。母上は修道院の寄宿学校へ行かされていたらしいが、父上よりずっとまともな生活だったらしいくらい、父上の置かれた状況は悲惨だったらしい。


僕は伯爵令嬢に恋をした。一緒に勉強したり、ランチを共にしたりして交際を続けていたが、ある日、父上に相談した。父上はびっくりしてから、調べるけどいいかと聞かれた。そして、数か月後に令嬢を連れてこいと言われた。調査結果は良好だったのだろう。


母上と彼女はとても仲よくなってくれて、それは、結婚した今でも続いている。

僕は両親を愛している。両親も、僕を愛してくれている。今は、僕の家族も丸ごと愛してくれている。

侯爵とは思えないほどに、質素な生活を続けて、領民のために人生を尽くしていた。

僕が30歳になったころ、両親は僕に家督を譲って引退した。


あの人たちは今、『別宅』といわれる小さな屋敷に、数人の使用人を連れて隠居してしまった。



FIN




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