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なぜゲームなのか



「ぎゃあああ!!!」

「…‥可愛げのない叫びじゃの」

「うるさいわ」


今日も今日とて、ナヅナと老人は画面に釘付け。今回はスキルが必要な対戦型ゲームではなく、プレイヤーに恐怖、不安、緊張といった感情を意図的に引き起こすことを目的としたゲーム、ホラーゲーム。


我慢には不気味な光景が広がってる。蛍光灯の白い光、床に落ちる電子音、古い筐体の低い唸り。


「……また失敗」


後ろに横たわりながら、悔しそうに唇を尖らせた。


「ほっほっほ。今日だけで何度目じゃ?」

「十回以上よ。なのに最後だけ無理」

「操作は完璧じゃ。反応も若者並みじゃぞ」

「若者なんだわ」


画面の中では、闇に包まれた最終ステージが広がっている。

足場は崩れ、敵は姿を見せず、音だけが迫ってくる。


 GAME OVER。


「……怖すぎるのよ、このステージ」

「怖いか」


 老人は画面を眺めながら、ゆっくりとうなずいた。


「お前さん、いつも安全な道を選ぶじゃろ」

「当たり前だろ。怖いし」


老人は軽く咳払いをする。


「恐怖というのは、避けるだけのものではない」

「また難しいこと言う」

「恐怖は、人の力を一段引き上げることがある」

「……精神論?」

「ほっほっほ。ゲーム論じゃ」


老人は、わざと不安定そうな足場を指差した。


「このゲームはの、恐怖を受け入れた者にだけ道を開く」

「危ない方に行けって?」

「そうじゃ。恐怖が強いほど、人は集中する」


少女はしばらく画面を睨み、そして肩をすくめ、再挑戦。

少女は、今まで避けていた闇の足場へ踏み込む。視界が揺れ、落下音が耳を打つ。


「っ……!」


心臓が跳ねる。指先が熱くなる。だが、不思議と操作は冴えていた。見えない敵の気配。音だけを頼りに、反射的に回避する。


「……今の、分かった」

「じゃろ?」


最後の一撃。

闇が裂け、光が溢れる。


 CLEAR。


「もうお腹いっぱい、2度とやらん」


無事にクリアできたが、ナヅナの額には汗が浮かぶ。精神的にかなり疲弊したので、今日はこの辺にしておこうと思い、立ち上がると爺さんが待て、と引き止める。


「まだ教えていないことが二つあったじゃろう」


そういえば以前「良いことを三つ教えてやろう」と言っていたが、まだ一つしか教えてもらっていなかった。


「二つ目は、お前さんの記憶についてじゃ」

「記憶?」

「あぁ、気づいとるじゃろ?」


そう言われ、ナヅナは俯く。確かに心当たりは当たる。あの世界を思い起こすと、影がかかったような、何かが足りないような、そんな気がしてならないのだ。


「お前さんにとって"大事なもの"を、忘れておる」

「大事なもの?」

「何にも代え難いほど、大事なものじゃ」


______________________________________



「はぁ、もう私一人じゃん……」


ナヅナは銃を両手に持ちながら、息を整える。

現在ナヅナは、銃を用いた10対10のゲームをプレイしていた。しかし相手が相当な手練なのか、気づけばナヅナしか残っておらず、自チームはナヅナのみ。相手は5人残っている。まさに絶体絶命。複数人に見つかれば蜂の巣だ。


そもそもなぜこのような状況に陥ったのか、少し遡る。

その日は、いつものようにマクダウェルの実験に付き合い、1日のタスクが終わった後二人でお茶を嗜んでいた。


「なんか最近すげぇ視線を感じるんだよな」

「ストーカーじゃない?」

「まじで勘弁して」


最近ナヅナは、謎の視線に悩まされていた。

その視線はどこからともなくナヅナを突き刺す。その付き纏いを目視しようと視線の方へ顔を向けても何もいない。毎日がそれの繰り返しだった。特にアーネストとの勝負を終えてから、酷くなっていた。


「君もすっかり有名人だからね。辺境のここでもよく名前を聞く」


ナヅナのプレイスキルの高さは他の追随を許さないほど圧倒的で、敗北は未だ0。これだけの戦績を残していれば話題になり、たくさんの人が彼女を知った。この世界に来てまだ間もないが、新星としてこのゲームワールドの最強の一角に数えられるほどだ。


「そうだ、久々にやらないかい?ゲーム」

「あぁ、いいぜ。絶対私が勝つけど」


マクダウェルから久々のゲームに誘われる。断る理由はないし、どれほど自分の実力が上がったか、確かめるには良い機会だ。


3……2……1

ゲームスタート




結果はナヅナの圧勝だった。受けた銃弾は0で掠りもしなかった。目に見えた成長にナヅナも気分が上がる。


「流石に強いな、手も足も出なかった」

「こういうサバイバルゲームはあんまりやらないんだけど、これだけ成長が見られるってことは身体的機能が上がったのかな?」

「それもあるだろうけど、君は生存競争に向いているのかもしれないね。命を賭けた勝負ほど強いのかもしれない」

「命の危険が無いからあんま関係ないと思うけど」

「そう?でも最初に君とゲームをした時、引き金を引くことに迷いがなかった。だから僕の言っていてることは間違っていないと思うよ」


確かにあの時、初めて本物の銃を手に取ったのに、躊躇なく引き金を引いた。おそらくナヅナは命がかかった場面でも迅速かつ的確な判断を下せるのだろう。


「実際にゲームに参加すれば分かるさ。多分君に勝てる者はいないと思うよ」

「いや、それは言いすぎだろ」

「確かに君よりも銃を扱える人間はいるし、身体能力が優れた人間もたくさんいる。けどゲームはそれが全てではないんだよ」


言われてみれば今まで何度も格上のプレイヤーとゲームをしているが、一度も負けていない。ゲームというのは身体能力だけではなく、頭脳や運も実力の内なのだ。格上に劣っている部分はもちろんあるが優れている部分もある。総合値ではナヅナが圧倒的なのだ。


二人分のカップを洗うマクダウェルは思い出しかのように口を開く。


「あ、そういえばサバイバルゲームの大会が今度開かれるらしいよ。参加してみたら?」


その言葉に誘われるがまま、その大会に参加し気づけば現在に至る。参加費は必要だが大会なのでゲームとは違い、金を賭ける必要はない。優勝すれば賞金も手に入る。

アーネストとラドを連れて参加したが、当然たくさんの人が参加していた。

そして当然決勝まで進んだ。

しかしその決勝の相手が中々の猛者で、気づけばラドやアーネストも討伐され、仲間は一人も残っていなかった。

状況は1対5で、とてつもなく不利な状況だ。ただナヅナにとってこの状況をひっくり返すことは、普通なら難しくはない。やろうと思えばやれる。しかし、ナヅナは少し焦っていた。

敵チームの中でも特に目立つ者が二人いる。焦っている原因はその二人だ。

一人はナヅナと同程度の体格の少女で、なんと銃ではなくナイフを使用している。これは”サバイバル”ゲームなので何を使ってもいい。この世界のゲームは基本ガバガバルール。しかし銃とナイフではどう考えても銃に分があるはずだが、忍者のように銃弾を交わし、あっという間に懐に侵入した後、首を掻き切る。

なんと6人もこの少女にやられている。ラドもその被害者だ。

待機室でラドは切られたであろう首を抑えながら、ナヅナも見守る。


「あの子の動き、多分ナヅナでも当てられないわよ」

「だろうな、遮蔽がない状況でも被弾はゼロ。一対一じゃ無理だろうな」

「はぁ、ナイフを向けられるって怖いことね」

「だろうな」

「最後は勝てないと思って足元に手榴弾を置いたんだけど、当たってくれたかしら。まぁ手榴弾で倒すなら二つは必要だから、あまり意味は無いかもしれないけど」


ラドは少女に首を持っていかれる直前、手榴弾のピンを抜いて足元に転がしておいたのだ。被弾していれば、少しは一矢報いはことができたと言えるだろう。


「アーネストはあの女の子に?」

「いや、もう一人厄介なやつがいたんだ」


そのもう一人とは、顔を覆うマスクをつける謎の男。アーネストはその男にやられたのだ。その男はその1キルのみで、試合を通して一見目立った動きはないように見える。

だが、このフィールドの全てを俯瞰しているような動きで、特に少女との連携が凄まじい。

アーネストは持ち前の身体能力を駆使して建物を渡り奇襲を仕掛けようとしたが、まるでこちらの動きが全て分かっていたかのように待ち構えられており、無事、蜂の巣にされた。


「ナヅナでも厳しいと思う?」

「いや勝つだろ」

「ふふっ、そうね」


このような絶望的な状況だと、「終わったわぁ」と諦める者や帰る支度をしている者もいる。

それを横目に二人はまるで心配していない様子だ。

そんな二人の視線の先にいるナヅナは、敵を一人見つけた。見つけたと言っても足音のみで目視したわけではない。

その足音で瞬時に敵の場所や距離を予想し、素早い動きで敵に向け発砲。


「ふぅ……まずは一人」


すぐに装弾し、耳を澄ます。警戒心を怠らない。一人、また一人と薙ぎ倒していき、残るは二人。

しかしここからが本番だ。一切気を抜かず、両手に銃を構る。


「おいおいマジで勝てるんじゃね?」

「いやまだあの女がいる」

「あるぞあるぞ!」


状況が一気に変わり、待機室も盛り上がってきた。その喧騒とは真逆の静かなフィールドで、ナヅナはハッと顔を上げる。

建物に背を向け、気配の方向に顔を出してみると、男がこちらに背を向けて座っていた。


「おいチャンスだぞ!」

「どうするんだ!?」


待機室で味方が固唾を飲んでナヅナを見つめる。

しかしわナヅナは銃を下ろした。

(遠いな…)

ここでは距離が遠すぎる。それに遮蔽があり体の一部しか見えない。ここから狙うのはあまりに無謀だ。ナヅナは男が移動しないう内に、狙いやすい位置に移動するべきだと考え、すぐにそこから離れる。


「よし、いけるぞ!」

「あいつなんであんなとこに座ってんだ?」


味方が応援している姿を見てラドが「流れ、来てるわね」と微笑みながら呟く。

しかし、アーネストは異変に気づいた。


「ん?」


アーネストはナヅナではなく男の様子を見ていた。アーネストは男の視線が、ナヅナが先ほどまでいた場所に向いていることに気づいた。


「まずいな…」

「え?」


一方ナヅナは、どう始末するかイメージしながら場所を移動する。そして、建物の角の横に背中を預ける。遮蔽となる建物から体を出せばすぐ後ろにあの男がいる。


先程の情景と今の位置を照合して、男の位置を予想し後は体を出して発砲するだけだ。


「ふぅー……」


静かに息を吐いて、意を決したナヅナは、素早い動きで遮蔽から体を出した。


しかし、そこにはこちらに銃を向けた男がいた。まるでここから出てくるのが最初から分かっていたかのように。

男が発砲する直前に、ナヅナはすぐに状況を理解しこちらも銃を発砲しながらそこにあったバイクの後ろに隠れる。


その間、1秒にも満たないほど僅か。

それでも、かなりダメージを受けた。男も銃弾をいくつか貰ってはいるが、ナヅナの方が遥かに食らっている。むしろ良く耐えたと言うべきだ。

しかし一気に状況が不利になった。


「おいおい、一気にピンチじゃねえか!」

「まだ諦めんな!頑張れ!」


待機室はさらに盛り上がりを見せる。すると、一人が指差した。


「おい、見ろ!あいつの正面!」


男とは逆の方向を指し示した。その方向へ視線を向けたラドとアーネストは顔を顰める。


「あら、これまずいわね」

「どうするナヅナ」


一方ナヅナは、最大の窮地に立たされていた。

ナヅナの正面、数十メートル先には警戒していなかった忍者少女がナイフを両手に持って立っていた。


「……まじかよ」


ナヅナは苦笑いで冷や汗を垂らす。正面には少女、バイクを挟み後ろには仮面をつけた男。敵二人に完全に挟まれた状態だ。ナヅナは突破口を探るがこの状況を打破することは、容易ではない。少女とかなり距離があるためこちらに来る前に男を始末し一対一に持ち込めれば良いのだが、この体力差では無謀。だがあの少女とやり合う方がもっと危険だ。

とりあえず、少女へ発砲してみるが軽く躱された。この状況じゃどちらかに一対一を仕掛けようが、どちらにも負ける。さらには遮蔽が凭れ掛かっているバイクしかないため、大きな動きも出来ない。

そんなことを考えているうちに、少女がこちらへ走って来た。発砲してみるが当然当たらず。


「忍者かよ…!」


絶体絶命。誰もが彼女は負けたと悟った。しかし彼女は少しも諦めていない。ラドとアーネストも勝負が完全に決まるまでナヅナを信じていた。

するとナヅナはハッと気づいた。

一つだけあった。この状況を打破する突破口が。



忍者のように素早い動きでひらけた場所を突っ走る少女は勝ちを確信した顔でナヅナへ詰め寄る。すると窮地に立たされている目の前の彼女はおもむろに何かを取り出した。

それは手榴弾だ。

(何を企んでいるの、まさか自爆?)

先程別の女から手榴弾をまともに貰ったので、一瞬警戒するが、諦めがついて自爆する気なのかと考えた。だが、今ピンを抜いたところで爆発する前に始末できる。

しかし、彼女はピンを抜いてすぐに上へ放り投げた。その瞬間、少女は彼女の考えに気づいた。あの手榴弾の落下地点は仮面男。手榴弾で男を始末すれば横槍も無く一対一に集中できる。あとは持ち前の手法でいくらでもやり用はある、と少女は読み解いた。

(私も舐められたものね)

「上、手榴弾注意」


インカムで簡潔に男へ伝えると、男はそれに従い敵の斜線に注意しながらその場を離れようとする。あとは目前まで来た彼女の首を切るだけだ。彼女も諦めたのか銃をこちらには向けてこない。


(賞金何に使おうかな….)

このように、まだ終わっていないのに自分は勝ったんだと疑わず別のことに現を抜かすお嬢さんに向けてナヅナは口を開く。


「アンタが銃を持ってなくて良かった」

(は?)


ナヅナのその言葉を少女は耳にしたが理解できず、勢いそのままナイフを首に振りかざす。しかしそれは、空振りに終わる。今この瞬間までいたはずの彼女が一瞬で消えた。

代わりに出現したのは、爆発寸前の手榴弾だった。

そして手榴弾が飛んでいた空中には仮面男に向かって銃を向けるナヅナがいた。


大きな爆発音と発砲音が鳴り響き、ナヅナは綺麗に着地する。

待機室は静寂から大歓声に変わった。

1秒にも満たないほど早い流れで逆転へ導かれ、仮面男は自身が負けたことを直ぐに理解し、此方に一瞥もせずに何事もなかったかのように去っていく彼女の後ろ姿を眺めていた。


ナヅナは出迎えてくれていたラドとハイタッチをすると、その先で歓声が起こる。「さすがだぜ!」「まじありがとう…」と称賛の言葉を浴びながらみんなとタッチをする。中には「あんたのおかげでしばらく食いっぱぐれずに済む。あんたは神様だ」と崇めてくる人もいた。


「まさかあの状況からエルバインダーで手榴弾と入れ替わるとはな」

「流石に私も焦ったけどな。負けがつかなくて良かった」


アーネストはナヅナに飲み物を投げ渡し、感心

していた。過去最大の窮地だったがなんとか持ち堪え、勝率百パーセントは保たれた。


「さ、飯だ飯」

「賞金もあるし、ハイクラス店行っちゃう?」

「いつもハイクラスじゃない」

「あ、そっか」


贅沢だなぁ、と笑いながらナヅナは歩き出す。その幸せそうな後ろ姿を見て、二人は顔を見合わせて微笑む。


「時々子供っぽい所を見せるわよねぇ」

「普段が大人びすぎてんだろ」

「確かにそうね」

「おーい、さっさと行くよ」


先を歩く彼女は振り返って笑いながらそう言うと、二人も「はいはい」と笑いながら彼女の横に並んで歩き始めた。


______________________________________


ナヅナは美味しそうな良い匂いがしたので、その匂い辿ってみると、焼きたてのパンが販売されていた。

二人と飯を食べ、先程解散したばかりなので今は食べれないが、明日の朝にでも食べようと思い、買うことにした。種類が豊富だったのでつい沢山買ってしまったが、食べれるかな、と考えてながら道を歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。

その声は路地裏からで、行ってみると若そうな男が数人と女が数人、その者たちに囲まれるように中心に少女が倒れていた。


若者達はゲラゲラと笑いながら酒のような物を飲んでおり、倒れた少女は顔や体の一部がここからでも見えるほど腫れていた。

(ん?あの子どこかで……あ!)

見覚えのある顔だと思ったが、直ぐに思い出した。アーネストと出会うきっかけにもなったひったくりの少女だ。

状況を察したナヅナは静かに近づく。

すると、一人の男が立ち上がり少女に跨ると、服に手を掛けようとしていた。


「…!、おい!」


男が何をしようとしたのかすぐに分かったナヅナは少女が危ないと思い、思わず声を出したが、それと同時に目の前の卑劣な光景を見て笑っていた一人の仲間の男が何者かに蹴り飛ばされた。


「なんだ、お前!」

「誰こいつ、ちょ男子早く…!」


突然現れたその青年は、女を躊躇なく蹴飛ばし、少女に跨っていた男の顔面を殴る。少女は地面に手をついてすぐに立ち上がると、ナヅナがいることに気づき、駆け足でナヅナの元へ寄ってきた。


「大丈夫か…!?痛くないか…!?あ、私の言葉分かんないか…」


ナヅナは少女を抱きしめ、「痛かったよな、もう大丈夫だから」と静かに泣き出す少女に届かない言葉で語りかける。

しかし、そこからの光景は地獄そのものだった。無惨にもその青年は血が飛び交うほど、奴らを痛めつけた。悲鳴が鳴り響くので少女の目と耳を押さえつけ、この惨たらしい状況を見せないようにする。

やがてそこにいた者はうんともすんとも言わなくなり最後に残った女が、「なんで…?私は何もしてないじゃない…」と涙を流しながら腰を抜かしていた。

先程まで今にも襲われそうな少女を見てゲラゲラ笑っていたクセに、言い訳を垂れる女を見てナヅナも怒りが込み上げた。

すると、青年は女の上に跨り拳を振り上げる。

「待って、やめ」

女の言葉を待たずに顔面を殴る。

ナヅナからは女の顔は見えないが、声が震えている。女は怯えながらも抵抗する。

「いったぃ……私は女なのよ…!こんなことしてタダで済むと」

遮るようにもう一発殴る。さらにもう一発、もう一発と何度も殴る。何発も殴り、女の抵抗もどんどん弱まっていく。そして気づけば少しも動かなくなっていた。最後にもう一度拳を振り下ろすと同時に鮮血が飛び散った。


青年は振り返ると、こちらに歩いてくる。その青年は少女と同じく、ボロボロの服にぼさぼさの髪で泥がついている。もしかするとこの少女の身内なのかもしれないと思い、少女を解放する。しかし目の前まで来た青年は少女ではなくナヅナを視界に捉えていた。殺意を込めた目で青年は先ほど同じように拳を振り上げ始めた。


「え、ちょま….!」


殴られると思い、目を瞑る。しかし、くると思っていた衝撃はいつまで経ってもこない。恐る恐る目を開けると少女が私を庇うように手を広げていた。



あの後、奴らのPLISMの救護システムが作動したおかげで奴らはすぐに自動搬送機で医療施設まで運ばれた。ここはフエンテスの外なので不死身ではない。

奴らの具合を見ても全治2ヶ月はかかる。とはいえ後遺症などはないはずだ。

ナヅナは少しだけ安心したのか、ほっと息をつくと青年が話しかけてきた。


「あいつらは俺が一線を超えて初めて同情できる。俺はどんな目に遭おうがしないがな」


一線を超えて、というのは殺すということだろう。確かにその通りかもしれないが、未遂であれはやり過ぎなのではないか、とナヅナは心配した。といっても奴らの心配ではない。


「あいつら病院で話すんじゃない?えーっと…」

「ルイスだ」

「あぁルイスね、ルイスのこと話すんじゃない?あれだけボコボコにしたら過剰防衛で罪に問われそうだけど」

「それはあいつらも同じだ。傷害行為に公序良俗違反。言い逃れようとも無駄だ」


確かにこの世界の高度技術なら冤罪など起こらず、公正な判断を下せる。あいつらもそれを分かっているならルイスのことを話しはしないだろう。


「さっきは驚かせて悪かったな。妹を守ってくれたことは感謝している」

「妹?その子妹なの?」

「あぁ。名前はアルバ」


ナヅナが「アルバ」と呼びかけると、笑顔で抱きついてきた。優しく受け止め頭を撫でる。その様子を見てルイスは驚いた。


「アルバがそこまで他人に懐くのは珍しいな」

「そうなの?まぁ会うのは初めてじゃないからな…」


アルバのボロボロの服や汚れで分かるが、今までどんな日々を過ごしてきたのか痛いほど伝わってきた。


「なんか妹が出来たみてぇだな……」


頭を撫でながらそう呟く。

するとナヅナの表情からは徐々に笑顔が消えていった。

ナヅナは謎の感覚に陥っていた。

それは初めではない、愛おしいような、懐かしいような、そんな感覚だった。


「どうした?」

「…いやなんでもない。それよりも両親は?」

「いない、とうの昔に死んだ」


少し戸惑ったが、納得も出来た。今までずっと子供二人で支え合って生きてきたのだろう。


「家は?」

「ない。いつもは奥の日の当たらない場所で過ごしている」

「私もついてっていい?」

「は?」


怪訝な目で睨まれるが、「ほらこの子も離れてくれないし」と引っ付いたままのアルバを利用すると、はぁ…とため息を吐いて奥へ歩き出した。承諾と受け止め、ナヅナはアルバに私も行くよ、とジェスチャーをするとぱぁと明るい笑顔になった。


______________________________________


ナヅナがやってきた場所は確かに日が当たらず過ごしやすそうで、閉鎖的な場所だった。一番驚いたのが、ここには路頭に迷い行き場を失った子供がたくさんいたことだ。ルイスやアルバのような子たちがここに集まっていた。


「アーネストさんと知り合いなのか!?」


アルバとの出会いを話すと、アーネストという名前に反応した。話を聞いてみるとアーネストはパルクールのゲームの後、約束通り一週間分の食料を渡したのだが、その際にここの存在を知り、それ以来定期的にここへきて食材を届けてくれるらしい。

(あいつめちゃくちゃ良いやつやんけ…)

これにはナズナもハートを掴まれた。


「ていうか、エルデラフエンテスに入ればいいじゃん、あそこじゃまず死ぬことはないんだし」


ナヅナは思いつきで提案してみるが、ルイスの顔はさらに暗くなった。


「……行ったさ。俺たちは出生証明しかないからカードを作るのは時間がかかったがアルバのためと思って作成した」


確かにカードの作成は面倒だが、アルバやここにいる子供たちのために苦労して作ったのだろう。


「だが、いざ窓口へ行ってみれば待っていたのはゴミを見るような視線だった。挙げ句の果てには君らの居場所は無いんだ、と謝られながら入国を拒否された」


ルイスは苦笑いを浮かべながら、諦めたように言う。

ナヅナは前から気になっていた。あの国ではたくさんの人が金を奪い合いっているのに、ホームレスがどこにも見当たらない。みんな金に困った様子はない。

そして最近知ったことだが、どうやら周りにいる普通に生活を送れている人は皆ゲームで圧倒的な実力を有しているか、企業の経営者だけだ。そもそもエルデラフエンテスに住むというのは富裕層にしか実現しえないこと。エルデラフエンテスでは下流階級の居場所はゲームワールドのみ。

ずっとこの世界の明るい部分だけを見ていた。

勝者がいれば敗者もいる。このような陰の部分が存在するのは仕組み上仕方がないのかもしれない。


「こんなやり方許されるはずがない。だがエリートを監視するはずのソベラニアも機能していない。だからこの世界ではゲームワールドで実力を示せる者か、エリートしか生き残れない」


この世界では、ほぼ全ての生産、行政、研究はエリート層が独占している。企業にとっては人を雇うより機械を所有する方がコスパが良いのだ。働きたい人はたくさんいるが、雇う意味がある人はごく一部。

自動化は「労働」を奪った、というよりも労働の「価値」を奪った。

しかし人口を放置すれば暴動が起き、治安が悪化する。生活保障もコストが高すぎる。

だからエリート達は、競い合わせ自己責任で稼がせることにした。

それが「ゲーム」だ。


「でもゲームワールドもいずれ崩壊するよ」

「…どういうことだ?」

「元々私たち一般市民とエリートでは経済が二分化されてる。私たち一般市民はプレイヤーとしてゲームに勝つことが仕事だけど、エリートの仕事は勝つじゃなく勝敗が起きる場そのものを管理することだ」


その管理というのはあくまで一つの仕事だが、それが経済を傾かせる原因になっている。


「エリートはゲームを主催する側だ。我々プレイヤーが下ろした金から参加費や手数料が引かれ主催に渡る。だから敗者が下ろした金が百パーセント勝者に渡るわけではない」


「…!そうか、エリートからプレイヤーへ金が渡ることはないが、プレイヤーからエリートへ渡ることはある。つまり、一般市民の総所持金は徐々にエリートに吸われているってことだな」


「素晴らしい!」


笑顔で親指を立てるが、笑っている場合ではない。


「努力する者はプレイヤーとして知性ある者は投資家として成功するなんていうけど、あんなのはクソだな。まぁそのエリートもゲームに参加すれば少しは改善されるかもしれないけど」


てかエリートにも努力必要だし…とエリートの言葉を代弁するように呟く。

身近にもアーネストというエリートがゲームに参加しているので、他のエリートもゲームの楽しさに気づけば状況も少しは変わるはずだ。


「下流階級未満じゃ逆転は厳しい」

「そうねぇ…ゲームには参加できないし…企業の寡占で株にも手を出せない、ベーシックインカムもないってほんとクソみたいな世界だ。これが資本主義の成れの果てかよ…」


ここにきたばかりの時は、自分にとってなんて都合のいい世界なんだろう、と思っていたがすぐにその考えは崩れた。都合がいいのは自分だけだった。

随分前から本当は全てわかっていた。


「ずっと目に入れないようにしてきた私も悪いよな…」

「アーネストさんも同じことを言っていた」

「……それもそうか、みんな分かっていながら見ないようにしてるだけだよな」


ゲームが下手な人間から篩にかけられていく。そして強い人間が残り、強い者同士で争う。そうすればゲームのレベルはどんどん上がっていく。


「まるで私たちプレイヤーは、エリートを楽しませる盤上の駒だ。このシステムを作った奴は私たちを見て楽しんでるのかな?"ゲーム"みたいに」

「だとしたら、そいつをぶっ飛ばしてやりたい」


突然の物騒な言葉にぶふっ!とナヅナは吹き出す。


「でも、ぶっ飛ばしたらこの世界をまとめる奴はいなくなるよ?」

「なら俺がこの世界を変える。こいつらが生きやすい世界に」

「まじかよ。まぁでも確かにルイスなら任せられそうかもな。その場に立ったら何も出来ないくせして文句ばっかり言う奴よりよっぽど信頼できる」

「随分具体的だな」

「それな」


二人でくすくす笑っているとグゥーと低い音が鳴り響く。音の方へ二人で振り向くと顔を赤くしてお腹を抑えるアルバがいた。


「ちょっと待ってな」


ナヅナは持っていた袋の中をあさり、パンを一つ取り出すとアルバの目の前へ置いた。ナヅナは立ち上がり、ここにいる子供たち一人一人に自分のものだと分かる場所にパンを置いていく。


「お、ぴったり」


最後の一つは「はい」とルイスの前にパンを差し出す。


「善人面か?」

「…いらねぇの?」

「冗談だ」


ルイスは遠慮がちに受け取り袋を開けると周りの子供達もおもむろに袋を開け、それぞれ違う種類のパンを一口、また一口と口に入れる。みんな嬉しそうに頬張っていた。


「お前のような人間は珍しい」

「そうか?」

「俺たちに手を差し伸べる奴なんて、そうそういない」


じゃなきゃこんな日陰で暮らすこともない。皆有り余った資産を子供たちに回すことはない。


「まぁでも、みんながみんなお前たちのような路頭に迷う子供たちを無視したり嫌っているわけじゃないさ」

「だったら、こんな所にはない」

「……いや、まぁその通りなんだけど」

「ふっ、冗談だ」


もう冗談は勘弁して、とルイスを睨む。

それでもルイスは笑っているが、彼の言う通りだ。


「そもそもまともに教育を受けた人間なら、アルバのような子供を見れば不憫だと思うのは当然。それでも手を差し伸べない人が多いのはなぜだと思う?」


小さい口でパンに齧り付くアルバの頭を撫でながらルイスに問うてみる。


「くだらないプライド?」

「おぉ〜、まぁ半分正解かな」


今までの経験をもとに出した答えなのがよく分かる。だが、相手の立場になったことがなければ答えを出すのは難しいだろう。とは言ってもこれはナヅナの持論でしかない。


「もちろん人によっては余裕がない人もいるし、自分で手一杯な人もいる」


別に大変なのはお前だけではない、と言いたいわけではない。ルイスが置かれている状況は最上級の不幸だ。


「あとは利用されるのではないかと疑ったり、当たり前だと思われるんじゃないかと不安になったり、自分一人がやっても意味がないと感じたり、人それぞれ理由がある」


ルイスは真剣にナヅナの話に耳を傾けてくれる。


「けど一番は、周りの視線だ」


人々の中には、なぜか善行を嫌う奴がいる。無価値でむしろ不条理な考えを持つ者がいるせいで、偽善者だと囃し立てらるのはないかと思ってしまうのだ。


「そもそも偽善者の定義ってなんだと思う?」

「自分がよく見られたいとか、私利私欲のため?」

「じゃあ私は正直に言う。パンをみんなに配ったのは私のためだ」

「……?」


ルイスは言っている意味がわからないのか困った表情を見せる。


「要は手を差し伸べたところで、結局それは相手のためじゃなく自分のためなんだよ。あ、もちろんこの子たちにうまいもんを食わせたい気持ちもあるけど」


人間ってそんなもんだ、とナヅナは申し訳なさそうな表情で俯く。


「きっとこの後の帰り道もいいことをしたんだと優越感に浸りながら帰る。この子供達の心配は二の次だよ」

「みんな偽善者だってことか?」

「自己満足が偽善ならそうかもな。けど私が言いたいのは、百パーセント善意で手を差し伸べるやつなんて殆どいないってこと。でも結局人間は自分中心だ。同情しても助けはしない。だから助けられる命も助けられない」


命も助けられない、というのはあまりに大局的な見方かもしれないが、結局人の命が関わってる。

価値を示す"金"があるべき場所にあればいいのだが、中々世界はそうもいかない。


「世界ってそんなもんだろ」

「皆"そんなもん"で落とし込んでしまったら何も変わらないよ」

「分かってる。けど今はそうするしかないと思って言葉にしただけだ。自分に言い聞かせるために」

「…そうだよな。ルイスは強いよ」

「強かったらこんな所にはいない」

「私がルイスだったら、こんなに多くの子供たちの面倒を見ようとは思わない。よくやってるだろ」

「そう言ってくれるのは嬉しいな」


あんなに殺意を向けて人をタコ殴りにしていたのは夢だったのか?と疑うほど嬉しそうに笑うのでルイスの頭も撫でてやると、やめろと言いながら頭をブンブン振った。

もう暗くなってきたので、ナズナは立ち上がり帰る支度をする。と言ってもゴミを片付けるぐらいだが。アルバは、ナズナがいなくなることを察したのかまた引っ付いてきてた。


「大丈夫だって、またくるから」


笑顔でアルバと目線を合わせて、安心できるように優しく離す。


「今日は助かった、送っていくか?」

「いや大丈夫。あ、そうだ、これやるよ」


ナズナは何かをルイスへ投げ渡す。


「PRISM…?それと…カード?」


ナズナが投げ渡したのは、PRISMと謎のカード。


「なんかあった時、連絡する手段は必要だろ。あといくらか金も入ってるから、自由に使って。あ、安心して私のはこっちにあるから」

ナヅナが自身のPLISMをポケットから出して見せる。

「….このカードは?」

「それは近くの図書館の利用者カード。エリートは誰でもなれるんだから、勉強してみな」

「いや、だが……」


流石にこれ以上施しをうけるのは…とルイスは遠慮するが、ナズナは手で制する。


「いいから、貰っときなよ」

「いいのか?」

「ふっ、贈り物ってのは案外貰い手よりも送り手の方が気持ちが高揚するんだよ」


ナズナは嬉しそうな表情で手を振る。ルイスは優越感ってやつか、と笑みを浮かべながら呟きナズナ後ろ姿を見つめた。


ちなみになぜPLISMと図書館の利用者カードを持っていたのか。

利用者カードに関してはもう使わなくなったから。

PLISMに関しては、元々投資する際に専用端末として使いたかったのだが、普通に投資の才能が無かったので投資をやめたと同時にずっと置物だったのだ。だから初期化してルイスに渡した。


「今日はぐっすり眠れそうだなぁ」


ナヅナは上機嫌で帰路についた。





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