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ラドルフ


青年と別れ、スタジアムへ向かう。

エントリーが完了し、広い待機場所で自身のバイクを眺めていた。ここの空気はエンジンの熱と焦げたオイルの匂いで満たされていた。 

ナヅナはその匂いを犬のようにクンクン嗅いでいると、後ろから肩を叩かれる。


「これ、私と同じバイクじゃない?」


その声の主は、あの時レースで圧倒的な走りを見せていた女性だった。


「あんたの走りを真似しようと思ってね」

「あら、本当に?それは嬉しいわね」


まさか話しかけてくるとは思わなかったので、ナヅナは驚いたが平静を保ちながら、冗談混じりにナヅナは返すと、彼女も余裕のある表情で返す。


「名前は?」

「ナヅナ」


正直に名前を述べると彼女は目を見開き、ナヅナの顔を見つめたまま固まる。


「なにか?」

「あぁいや、なんでもないわ。ごめんなさいね」


返答がなかったのがこちらから話しかけると、彼女はすぐに表情戻した。


「私の名前はラドルフ、ラドって呼んで」

「よろしくな、ラド」

「よろしくね、ナヅナ」


お互いに名前を明かす。近づいてみると案外柔らかい笑顔をする人間だ。けど目の奥は燃えている。彼女は一位以外見えていないのだろう。

ラドはナヅナのバイクを撫でるように触る。


「にしても、これで走るってことは自信があるのね」

「自信?自身も何も、初レースだからなぁ」

「え?」


ラドは驚愕の表情でナヅナを見る。このレースは様々な仕掛けやレーサー同士の落とし合いなど、混沌としたものになっている。特に初心者は他のレーサーに揉まれて早めに脱落するのがオチ。ラドは何度もレースをしているからそれを誰よりも知っている。


「ナヅナがやりたいなら止めないけど、私は辞退を進めるわよ」

「もう今更遅いだろ」


確かに辞退はまだ出来るが、バイクも人の金で購入してしまったし、せっかくエントリーしたならやってみたい、それがナヅナの本心だ。


「……レースが始まったらお互い敵だけど、お互い頑張りましょ」

「ああ」


ナヅナハラドの言葉に頷き、ラドは練習コースへ向かっていった。

その後ろ姿を眺めるナヅナを、見つめている人間が遠くに一人。ナヅナはその存在に全く気づいていないが、その人物はナヅナの姿をカシャリと端末で撮り納め、その場を颯爽と去っていた。


「本当に大丈夫なのかしら……」


ラドは、素性もわからない無鉄砲な少女への心配を頭の片隅に置きながら、練習コースにて早速本番に向けバイクを取り出す。

ヘルメットを被り、バイクのシートに乗り出す。起動してバイクハンドルを握った。


「まじで私のと同じじゃん」


アクセルをひねろうとした途端、すぐ耳元で声がした。ラドはその声に心臓が止まり掛けたが、先程聞いた声だったので誰が後ろに乗っているのかすぐに分かった。

「びっくりしたわね……まだ何か用?」

ナヅナがラドの元に訪れたのはまだ聞きたいことがあったからだ。

「私、バイクの免許持ってないんだよね。」

「免許?免許なんて必要ないわよ」

「え?」

まさかの返答に今度はナヅナは驚愕する。

「それって大丈夫なの?」

「さっきも言ったじゃない。二輪車または四輪車を必ず使用すること、それ以外にルールはないって」

「やべぇな……」

まさかこのゲームワールドがそれほど無法地帯だったとは思わなかったので流石のナヅナもぞっとした。

しかし、本題はそれではない。

「じゃなくて、私の言いたいことはこのバイクの操縦方法が全く分からないってことだよ。」

真に伝えたいことを、そのままラドに伝えると今日一番の驚愕した顔を見せた。


「あなた、本当になんでエントリーしちゃったの?」


先程の少しの会話で後先考えないタイプの人間なのは言われずとも分かったが、まさかここまでひどいとはラドも思っていなかった。


「言ったろ、ミリしらだって」

「だとしても、よくあんな無秩序なレースを何も知らない状態で挑もうと思えるわね。」

「すげぇだろ」

「褒めてないわよ」


最終的にあなたとは一生分かり合えなさそうね、とまで言われてしまう始末。ナヅナは不服そうだったが、確かにそう言われてしまうのも仕方がないほど無計画なのは、ナヅナも認めざるを得ない。

アクセルやブレーキなど、それぞれのレバーやペダルの役割をラドは簡単に説明する。

しかし、ラドは一通り説明した後ため息を吐いた。

「そもそも、たった数分で会得できるほど簡単じゃないのよ」

こんなもの説明した所でレースへの影響は微々たるものだと、ラドは思っていた。


「まぁ御託はいいから、さっさと走らせなよ」

「はいはい、わかったわよ」


そんな自信がどこ来るのか全く理解出来ないが、催促されたのでナヅナにヘルメットを被せ、言われた通りアクセルをひねる。

当然ラドは、歴戦の猛者。ぐんぐん加速していき、曲折の道や稲妻型の道も華麗に走る。

一般人にとっては、難しいコースでもラドにとっては朝飯前だ。


後ろのナヅナは一切声も上げないので、一体何をしているのか気になった。直線上の道で操縦に余裕ができると、後ろを少し見てみる。

そこにいた少女は、手元や足元など、バイクの動きにつながる部分をずっと見ていた。


「何をしてるの?」

「体の動きとバイクの動きを見て、その繋がりを考えてる。極端な話、コースとか外部からの影響とか全く同じ条件下だとして、私の手や足、体全体をあんたと全く同じように動かせば私のバイクも全く同じ動きをするだろ」

「確かに全く同じバイクだものね。でもそれ口で言うのは簡単だけど、難しいなんてレベルじゃないわよ」

「まぁどうにかなるだろ」


そのあとも互いに無言でバイクに身を預けていると、気づけばコースを一周していた。

ナヅナはありがと、と感謝を伝えヘルメットを返す。


「もう一度言うけど、私は辞退を勧めるわよ」

「それだけはしないから安心して」

「いやだからしてくれた方が安心出来るんだけど……」


______________________________________



「何かあった時のために、一様無線を繋いでおきましょ」

「おっけー」

いよいよレース本番。

スタートライン手前にはたくさんのスポーツカーやバイクが軒並み配置され、それを思うままに操る皆が求めるのは、金のみ。

賞金は順位によって決められる。

基本的には中央値から上の順位はプラス。

下の順位はマイナス。一位には一万二位には二千

というように、順位が一つ上がると金額はかなり上がる。

しかし、ワースト一位は−二万

ワースト二位は−五千と下がり幅も金額もマイナスの方が大きいので出来るだけ順位を下げてはいけない。

虎視眈々とカウントダウンを待ち構える。

ナヅナもその時を待ち構えていた。

「あぁ、そういえば言い忘れてた」

隣で同じバイクに跨るラドが口を開く。


「他のレーサーの妨害や、排除する行為も頻繁に起きる。私も嫉妬の対象にされることがよくあるから、素直に楽しめないレースをすることもあるわ」


ラドの技術は、確かに群を抜いている。その才能が妬ましい人もいるだろう。

出る杭は打たれるものだ。


「もし恨みを買っている人がいたら同じレースに参加しないことね」

「ダイジョブダイジョブ、そんな人いな「おい」


否定しようしたら、それに被せて背後から聞き覚えのある野太い声が、聞こえてきた。

恐る恐る振り返るとそこには、ナヅナからバイクを強奪しようと企んだあのセイソウィン・オーダーがいた。その隣には下っ端も。少し離れた場所にその2人はいた。

このおっさんと一体何度邂逅するのか。

しかし彼女は何もなかったように表情を変えず前を見た。

「あの時の恨み、ここで晴らさせてもらうわ!

ついでにこいつらを一掃してやる!」

「やっちゃってくださいボス!」

なんか言っているが無視する。

「あはは、掃除に熱心な人もいるんだなぁ」

「?そうね」

自分には何も関係ないことを周りにアピールするために他人事のようにラドと会話をする。

ラドは何も分かっていないようだが。

「お前!何を無視している!」

怒鳴り声を無視していると、ついに会場のそこかしこにあるスピーカーが空気を揺らす。

「静寂が支配するこの一瞬____まるで大地さえ息を潜め、空気が凍りついたかのようなだ。彼は今、ただ光を待つ。情熱、知恵、技術、すべてをこの1秒に懸けて」


静寂……?と思ったがうるさいのはここだけで皆スタートを知らせる赤いランプに集中していた。


そのランプが一つ、二つと光始める。

その途端、皆が威嚇するかのようにエンジン音を響かせる。

「「3!」」

会場が一つとなり、カウントダウンが響き渡る。

「「2!」」

「「1!」」


----



最後の緑のランプが光り、一斉に全ての車体が動き出す。


「さぁいけぇぇぇぇ!!世界の果てまでもアクセルを貫け!!もはやこれはただのレースではない!!それぞれの運命を賭けた決闘だぁぁ!」


会場を凄まじい歓声が響き渡り、その声が始まったな、と実感させるようだ。

だがそんな実況や歓声に聞き入っている場合ではない。目指すべきはゴールのみ。


ナヅナは順調に前へ進む。

先程のラドの走行を脳内で反芻し目の前のコースを駆け抜ける自分をイメージする。

スタートダッシュは成功し、先頭集団に駆け抜けた。


今更だが、このレースは常に死と隣り合わせ。

後ろを見る余裕はないが脱落者がたくさん転がっているのだろう。想像したくもない。


このコース、練習コースとは比にならないほど難解で、並のレーサーでは開始数十秒で脱落するだろう。ナヅナはどうにか目の前のラドに喰らいつく。白線でコースの仕切りはあるが、初見なのでラドについていく他ない。

『本当にあなた、未経験?』

『身体は未経験だけど、もう目で見たんでね』

まさかここまで食らいついてくるとは思わなかったのか、無線越しでもわかるほど驚いた様子で問いかける。

『ふふ、精々着いてきなさい。』

『おう』

『あと、一つ気になるんだけど』

『ん?』

『後ろから怒号をあげた輩が来てるんだけど狙いはあなたじゃないわよね…?』


後ろを少しだけ振り返ると、顔を真っ赤にしたおっさんとその下っ端が凄い勢いで迫っていた。ナヅナは苦虫を噛み潰したような顔になったが、すぐにいつも通りの表情に戻して前を見る。 


『さぁ?あんなにデケェ声だして…怒らせた人は一体何をしでかしたんだ。」

『全くね……なんかあなた早くない?」

『いや気のせい気のせい』


それからしばらく走行し続け、前には車がニ台バイクが三台(そのうちの一台はラド)で六位に位置していた。

後ろからの怒号はまだ鳴り止まないが。

目の前には大きな門が二つあった。

右は真っ赤な門、左は灰色の門。

『右を選びなさい。』

『何の違い?』

『行けばわかるわ。』

言われた通り右の門を選ぶ。しかし前を走っていたほとんどのレーサーは灰色の門をくぐっていた。まぁ彼女のことだから何か策があるのだろう。

しばらく走ると、白線ではなく大きな柵が仕切りになっていた。しかし灰色の門の進んだ先にそんなものは存在せず、見た所今までと変わらないコースだ。


『なぁ本当にこっちで当ってる?何か策でも………は?』


様子がおかしいと感じ声をかけたが、その最中思わず素っ頓狂な声が出た。大きな柵のギリギリ手前で、ラドが左の灰色の門の道に逸れた。

しかしナヅナはそれに反応できず柵の内側へ走り抜けてしまった。

『悪いわね、策なんてなにもないわ。柵ならあるでしょうけど』

目の前には"地獄へようこそ"と書かれたボードが吊るされていた。

『謀ったな』

『残念だけど、もうそのコースからは逃れられないわ。逆走しても戻ることはできない』


後ろを振り返ると、確かに透明なバリアが貼られていた。片方からは通れるがもう片方からは通れないようになっているのだろう。

あと何故かあいつらも赤い門を潜ってこちらへ来ていた。

(馬鹿なのか?)

いや今はそんなことはどうでもよかった。

まさか、ラドに裏切られるとは思ってもいなかった。

『あなたにいくつか嘘をついていたわ。まずバイクに関してだけど、実は同じ型じゃないの。ボディは同じだけど中は違う。私の方が高性能なの』

『はぁ?なんの嘘だよ。てか、始まれば敵とか言ってたな』

『もちろんそれも嘘よ。正解はレースが始まる前から全員敵。この世界はそんなに甘くないのよ』

『クソだな』

『それと、私の名前はラドルフではないわ。本当は別の名前なのよ』

『別の名前?』

『えぇ。私に勝ったら教えてあげるわ』

『いやそんなことより私はこれからどうなるんだよ』

『こっちは迂回してゴールに向かうロングコース、そっちは捷路。走り抜けたらほぼ一位は確実でしょうね。ただお分かりの通り、突破難易度は段違いだけど』

『まじで覚えてやがれよ』

『大丈夫。いくつかアイテムが配置されているからそれをうまく利用するのよ。ま、精々頑張りなさい』

そう吐き捨て、バチっという音と共に耳元から音が消えた。どれだけ自分に精々頑張らせれば気が済むのか分からないが、もう来てしまったのだから、進む以外選択肢はない。腹を決めてアクセルをひねる。

そこからが本当の地獄だった。様々な障害や妨害(主におっさんとその下っ端)がとても厄介だった。確かにゴールへの距離は数字で可視化すればこっちの方が短いだろうが、石が降り続ける経路やトラップがそこかしこに仕掛けられた道など、時間は掛かるし費やす労力も尋常ではない。

それでもコース自体はそれほど差し支えない。一番煩わしいのは何故かついてきた二人からの妨害が何より厄介だった。どうにしかしなければ、未完走どころか死ぬ。


「さっさと落ちやがれ!」

 

まずはおっさん共をどうにかしなければと考えていると、前方の上に大樹の幹が連なっており、そこには眩い光を放った木の実がなっていた。

その下を通過しようとすると、ナヅナの元へその木の実が落下した。

おそらくプレイヤーを検知すると、その元へ落下してくる仕組みなのだろう。

ナヅナはそれをしっかりキャッチする。すると木の実をさらに光を放ち、"アイテム"へと変化していた。ラドが言っていた"アイテム"というのはこれだったのかと納得した。


そのアイテムは、ピストルのようなものだ。一つ特殊なのは弾丸だ。その弾丸は物に当たると衝撃波を出す。使い方は、その笑劇派を自身のバイクにうまく当たるように地面に射撃すると自身のバイクが飛び跳ねるものだとナヅナは推測した。

もちろん弾は限られているので、使い所は見極めなければならない。

ただ、アイテムを駆使することでセイソウィン達の妨害にも手間取ることなく走ることができるようになった。しかし回数制限が存在するためそれも束の間だ。

気づけば残弾数は一つ。貴重なアイテムなので慎重に検討する。一考を始めて一刻、目の前の障壁を見てナヅナは閃いた。


その障壁は見上げるほど高く、アイテムを使用しても到底超えられない。もちろん正規の通過方法ではない。障壁には、バイクがかろうじて通過できそうな穴がある。針穴に糸を通すようにすっぽりそこに入らなければならない。速度を落として通過することも可能だが、セイソウィン達による妨害があるためそれは難しい。

しかし、ナヅナは操作に慣れたので容易に通過できる。目の前の障壁による問題は何もない。

ところが、ナヅナは障壁手前でわざと速度を落とした。

それを見逃さなかったセイソウィンは、すぐさま指示を出す。

「俺は横から攻める。お前は後ろから追突しろ!」

「了解っす!」

言われるがままナヅナの後ろへつき、猛追する。ナヅナの魂胆にも気付かずに。

障壁の穴へとナヅナは突っ走り、下っ端もその後ろを追いかける。セイソウィンはついにナヅナと横並びになり、別の穴へと走る。


「お前は、ここで終わりなんだよぉ!」


後方からの声を無視しながら、小さな穴に収まるように直線上に車体を走らせナヅナは通過する。

その後ろにつく下っ端も同じ穴を通過しようとしたその時、ナヅナは手元のピストルを下っ端の手前目掛けて発砲する。

最後のアイテムはそこで衝撃波を放ち、下っ端のバイクが飛び跳ねた。すると、穴の直線上を外れ、障壁に車体ごと激突した。

「下っ端ぁぁ!」

セイソウィンは後ろを見ながら叫ぶ。下っ端はここで脱落。車体がクッションになって死んでいなければいいな、と思いながらナヅナは死ぬなよー!と後方に叫ぶ。

後はセイソウィンのみ。しかし、先ほど速度を落としたので、二つのバイクは横並びの状態。

セイソウィンは、かかさず横から激突する。

ナヅナも負けじとやり返す。

すると、前方に先程アイテムを実らせていた大樹が見えた。アイテムを獲得するチャンスがまた訪れた。しかし、狙っているのはセイソウィンも同じ。実っているのは一つだけ、つまりアイテムを獲得できるのは一人だけ。

「お前にやらんぞ!」

「そ、じゃあーげる」

アイテムは渡さないと威嚇するが、セイソウィンにとって予想外の返答がきた。ナヅナは言葉の通りぶら下がった木の実の直線上を外れ、横の坂道へ向かう。

セイソウィンは面食らったが、「ついに諦めたか!馬鹿め!」と吐き捨てる。こいつもまたナヅナの魂胆に気付かずに。


大樹の横の坂道は、木の実がなった枝までが坂になっていて、そこから大ジャンプをすることが出来る。ジャンプした先には大きな岩が浮いているのでそれを避ける必要があるが、坂道には障害がない。アイテムは獲得できないが、差をつけることができる。


なので、ナヅナはセイソウィンよりも前に出る。そしてナヅナは坂道を登る間に胸ポケットから

"ある物"を二つ取り出した。

その一つを手に握り締め、おりゃぁ!と声を出しながら木の実めがけて投げた。"それ"はきれいに木の実に付着し、ナヅナはよし!と声を上げる。

するとナヅナはあろうことか、大きな岩を避けることなく直線上に入る。

ジャンプの瞬間、岩にめがけて"もう一つ"を投げる。


次の瞬間、後少しでセイソウィンの頭上まで位置していた木の実と大きな岩が入れ替わった。

彼女が投げた物は、互いの位置を入れ替える"エルバインダー"だ。


つまりナヅナの目の前に木の実が、セイソウィンの頭上には大きな岩が落下していた。

 

「なにぃぃぃ!!」


雄叫びと共にボコッと硬い音が鳴る。思わず後ろを見ると、大きな岩が転がっているだけでセイソウィンの姿が無い。ナヅナは肝が冷えた。想像しなくても分かる。しかしナヅナは(大丈夫……あいつらは馬鹿だから生きてる)と、どうにか自分に言い聞かせた。


木の実は超加速アイテムへと変化し、それを駆使して、セイソウィンを頭の片隅に置きながらゴールへと向かう。

一方ラドルフは順調に順位を伸ばし、気づけば前には誰もいなかった。そのままぐんぐん2位との差を開いていく。もはや独走状態で妨害も何も無い。優雅なサイクリングだ。

ゴールはもう目前、順位ボードには誰もゴールしていないので当然誰も居らず、一位を確信していた。


(あの子の秘めた可能性は未知数。さらに経験を積めば彼女にとって私はただの踏み台。あの子には悪いけど、今のうちに心を折っておかないとね。)

しかしそんな思惑と確信はすぐに吹き飛ぶことになった。なぜなら上空から、先ほど無線を捨て、聞くことは絶対にないと思っていた声が鳴り響いたのだ。

上から降ってきた少女は「うっひょぉぉ!」と叫びながらラドよりも右前の位置に着地した。


「思ったより加速してびびったぜ!」


その余裕たっぷりの笑顔を横から見て、言葉を失った。まさかあの地獄のコースを突破してくるとは、ラドはもちろんのこと他のレーサーも観客も予想していなかっただろう。

しかし、ラドにもレーサーとしてのプライドがある。


「どうやって突破したのかわからないけど、一位は譲らないわよ!」

「やれるもんならなぁ!」

「言ったでしょう、私の方が高性能だと。

あなたが最高速度を出しても追いつけるわよ……あれ?」


ゴールはあと数百メートル、アクセルを力一杯捻るがなぜか差が縮まらない。全く加速しないのだ。地面に張り付くような感覚で、まるで空中で踏ん張るかのように軋んでいる。さらに異常なのは、バイクのチェーンや歯車が悲鳴をおげていた。

なぜ?どうして!?と焦っている間にゴールまでの距離がどんどん近づいていき、気づけば辺りは歓声に包まれていた。順位ボードには2の数字に自身の名前が刻まれていた。


「負けてしまったのね……」


ラドは遠くでたくさんの人に囲まれた彼女を見やる。しかし、悔しさはさほど感じなかった。

無念な気持ちよりも降参の気持ちが勝ったのだ。

一方ナヅナは、レースを見届けた観客や他のレーサーに囲まれ、「すごかったぞ!」「あのラドルフに勝ったんだ!」「俺にも真似させてくれよ!」と称賛の嵐の中だった。ナヅナはそれを受け流していると、奥にセイソウィンとその下っ端がいた。その顔を見て安堵した。

物凄いスピードで壁に激突しても、大岩に潰されても生きていたとは、頭に使われるべきエネルギーが身体に吸われているだけある、とナヅナは感心した。

駆け足でその元へ向かい、喋りかける。


「生きててよかったよ」

「当然だぜ。ボスは死なないんだ」

「お前もな」


思わずツッコミを入れる。あの時の自分は熱が入っていて、勝利しか頭になかった。だから、大岩に潰されたセイソウィンを見て流石に焦った。そんなセイソウィンは神妙な面持ちでナヅナを見下ろしていた。


「俺の負けだ姉御」

(姉御?)

「軍門に下る覚悟は出来てるぜ」


何故かこのおっさんは勝手に降伏して、勝手に覚悟を決めていた。確かにレース中の二人に苛立つことはあったが、そこまでしろとは言っていない。


「いやいや、別にそんなことはしなくてもいいんだけど……」

「そうですよボス!こんな間抜けの下っ端になんてなる必要ないです!」

ピキッと額に青筋浮かんだ。


「あ〜、このおっさんが私の元についたら実質的にお前も私の下っ端だからな。よーし、さっきは散々舐めてくれたな。今度は私の靴でも舐めてくれよ」

「よしわかった」

「ボス〜!」

「名前に見合う掃除っぷりを………お」


敗者たちとつるんでいると、遠くからコチラを見つめているもう一人の敗者を見つけた。

まあ今度な、と言い放ちその場を離れ、その敗者の元へ向かう。


「君の実力を見誤った私の完敗よ。一位おめでとう」

「まぁ見誤るのも仕方ない。私も"嘘"ついたし」

「え?」

「ミリしらってのは嘘。本当は車については結構詳しいんだよね。」

「そうだったのね……未経験にしては人間離れしすぎていると思ったわ。」

(原付の免許も持ってるし)


ナヅナはあちらの世界での生活を懐古する。

しかし、いくら原付経験ありでもこれほど高度なレースをすることは出来ない。確かに知識はあるが、それでもナヅナは本当に人間離れしているのだ。


「にしても、まさかこのタイミングまで故障なんてねぇ」

「あぁ、それについてだけど」


言葉を止め、ナヅナはラドのバイクのタイヤから何かを取った。それはミラーリング行動を可能にする"スカバインダー"だった。

そして、自身のバイクのタイヤからも同じスカバインダーを取り外した。


「あなたまさか……」

「そのまさかだぜ」


ラドのタイヤ軸とナヅナのタイヤ軸にスカバインダーが付いているということは、この二つのタイヤが全く同じ動きをするということ。当然オリジナルはナヅナの方なので、ナヅナのバイクタイヤと連動して全く同じ速度しか出ていなかった。だから差が縮まらなかったのだ。

あの金属が悲鳴を上げる音はバイク自体は速度を上げようと踏ん張っているが、タイヤの回転速度は固定されていため、トルクの伝達が不均衡となったのだ。


「あんたのバイクに乗った時にこっそり」

「狡いわよ……」

「誰かさんがルールは無いって言ってたからね」


ラドルフは過去の自分の発言を思い返し、過去の自分を恨んだ。


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