その9
昼休みが終わって教室にもとったが、ミランダはいなかった。
教師に早退したと聞かされた。
騒ぎになっていないところを見ると、ジェイク様やリリーナとの接触はなかったようだが、きっとショックのあまり誰とも顔を合わせたくないのだろう、私とも……。
放課後、ミランダのお見舞いに行こうかと考えたが、一人になりたいと言っていたし、今日のとことはやめておいた方がいいのかも……と思い直し、いつものように図書館へ行った。
本を開いているが、活字が少しも入って来ない。昨日から色んな事がありすぎて頭の中が混乱して、文章が入る余地などないのだ。
リジェール様と少しお近づきになれたことは嬉しいけど、ミランダが大変な時に浮かれるなんて不謹慎だわ。
ミランダとジェイク様のことは、私にはどうすることも出来ない。ジェイク様の一時の気の迷いならまだしも、婚約解消なんてことになれば、ミランダは心だけでなく、貴族令嬢としても大きな傷を負うことになる。ミランダに非がなくとも、婚約を解消された令嬢は傷物扱いされる。この先、条件のいい縁談は望めなくなるかもしれない。
そんなことを考えていた時、
「いつの間にリジェール様と親しくなったの?」
また、聞きたくない声が後方からした。
パトリシアが図書館へ来ることなどないはずなのに、わざわざ私を捜しに来たのだ。執拗に絡まれる原因は昨日の話からわかったけど、それって全てあなたの思い違いなのよ!
そもそも、お母様と結婚してホプキンス侯爵家から援助を受けなければ、ターナー伯爵家はとっくに没落していた。愛人に使うお金などなかったし、あなたたち母子はもっと苦しい生活をしていたはずなのよ。そう言っても、どうせ信じないでしょうけど。
「あなたには関係ないでしょ」
私は開いていた本を閉じ、背を向けて棚へ戻しに行った。
「関係あるわよ、どうせ私の悪口をリジェール様に吹き込んでいるのでしょ、だから私に対してあんな冷たい態度を」
いやいや、私が言うまでもなく、あなたは生徒会室で色々とやらかして、自ら自分の評判を落としたんじゃない。だから出禁になったのでしょ。
彼女は都合の悪いことは事実でも認めないから、私は無視して奥へと進んだ。
本を棚に戻して、さっさと立ち去ろうとした、その時。
ガタン!
大きな音に振り向くと、倒れた脚立の傍にパトリシアが足を投げ出して横座りしていた。
なにをしてるの? どういう状況? と困惑していると、
「キャアァ!」
パトリシアがいきなり悲鳴をあげた。
大きな音と悲鳴に、館内にいた人が駆け付ける。
それを見計らって、誰に聞かれたわけでもないのに一人芝居をはじめた。
「酷いわお異母姉様! 私のことが気に入らないからって、脚立を倒しかけるなんて危ないじゃないですか!」
駆け付けた人の中にはいつもパトリシアの周囲にいる男子生徒の顔もあった。まるで待ち構えていたように彼女に駆け寄った。
「大丈夫か!パティ」
名前を知らない男子生徒Aが彼女の横に跪いた。
「なんて酷いことをするんだ!」
「評判通りの意地悪な義姉だな」
続いてBとCが私を責め立てた。
昨日もいた男子生徒たちだ。彼らのことは知らないけど、リジェール様が、婚約者がいる人もいるって言ってたから二年生なのかしら? なぜ、パトリシアにくっついているのか知らないけど、よくも飽きもせず茶番に付き合っているわね。
しかし、この状況は私がパトリシアに危害を加えたように見える。
さて、この騒ぎ、どうしたものか……。
「あら、私が見たものと違いますわね」
その時、凛とした声が響いた。
周囲に集まっていた人たちが注目する視線の先にはクローディア様がいた。
「私、最初から見ていましたけど、その方、自分で脚立を倒されましたわよ」
男子生徒Aはクローディア様の登場に少し臆するが、
「なぜ、パティがそんなことをする必要あるのですか?」
奮い立って言い返した。
クローディア様はエメラルドの様な瞳を輝かせながら、困ったように眉を下げた。
「理由は存じませんが、私は見たままを申し上げたまでです。あなたは脚立が倒れたところをご覧になっていたのですか?」
「それは……」
「生徒会の執務に必要な資料を探しに来ましたのに、偶然、不可解な場面を見てしまって、驚きましたわ」
私の横に来て、
「あなたもそうでしょ」
「え、ええ」
「なにをしらばっくれてるんだ、お前がやったんだろ!」
まだ私に食い下がるBに、クローディア様はわざと周囲に訴えるように言った。
「あなたは私が嘘をついているとおっしゃるの? 私はオニール公爵家のクローディアと申します、私の言葉が嘘だとおっしゃるあなた、お名前聞かせていただけるかしら」
お父様が宰相を務める筆頭公爵令嬢、王太子殿下とは幼馴染で、一年生ながら生徒会の執行役員を務めるクローディア様を知らない生徒はこの学園にいない。それなのにわざわざ名乗って主張することに偽りなどあるわけがない。
集まってきた人たちも騒めいた。
「そ、それは」
「けっこうですわ、お顔は覚えましたから」
クローディア様はニッコリ天使の笑みを浮かべると――いや、この時は悪魔の笑みかも――私の手を取った。
「誤解は解けたようですから、参りましょ」
クローディア様が歩き出すと、集まってきていた人たちが自然に道を開ける。そして私は連れ出された。
一緒に図書館から出ると、
「ちょうど目撃できて良かったわ、あなたに会いたいと思っていたのよ」
クローディア様は表情と口調を柔らかくした。
「絵に描いたような冤罪だったわね、いつもあんなことをされているの?」
「ええ、一人芝居は彼女の趣味ですから」
「生徒会室に来ていた時から変わった方だと思ってはいたけど、ロドニイ様もあなたも大変ね」
「慣れました」
「慣れてはダメよ、ああいう輩は黙っているとよけいに付け上がるのよ、ビシッと言い返さなきゃ、嘘偽りで他人を陥れようとする卑怯な人は許せませんの、私の肩書が盾になるのなら、いくらでも使ってくださいな」
「ありがとうございます」
そう簡単に使える肩書ではないけど……。
「あのぉ、私に会いたかったとは?」
「あら、忘れるところでしたわ、昨日のことを謝罪したくて、私がいけなかったのね、いきなりあんな話を聞かせてしまったから……、もう体調はよろしいの?」
心配そうな目を向けた。
「クローディア様のせいじゃありません、たまたまです、疲れがたまっていたようで」
「でも、ショックだったのでしょ? 大切なお友達の事ですものね」
「ええ、それは」
「今日は一緒ではなかったの?」
「彼女も知ってしまったんです、それで精神的にダメージを受けて早退しました」
「まあ、心配ね」
「ええ」
「なにかあったら、遠慮なく生徒会室にいらっしゃい、ロドニイ様もリジェール様もいらっしゃるしね」
クローディア様はそう言って去って行った。
図書館に資料を探しに来たのではなかったのかしら? 手ぶらで戻ってよかったの?