その8
パトリシアはこの上なく意地悪な笑みを浮かべながら、ミランダの前で腰に手を当てた。
「人のことより自分の身を心配したほうがいいんじゃなくて、ジェイク様に捨てられたら、あなたはあの家にいられるのかしらね」
「なんですって? なぜ私がジェイクに捨てられるのよ」
「まさか、知らないの?」
パトリシアはオーバーに大きく目を見開いた。
最悪だ、よりにもよってパトリシアの口から聞かされるなんて!
「やめなさ…」
止めようとしたが、私の言葉は遮られた。
「ジェイク様の心はもうすっかりリリーナに移っているのよ、仲睦まじくデートしているのをいろんな人が見ているのに、誰もあなたに教えてくれなかったのね、そりゃそうか、地味な二人はいつも図書館に籠って、他に友達もいないから、噂話も入って来ないのね」
ミランダは愕然とした。
「そんなの嘘よ!」
「嘘だと思うなら、本人に確かめれば?」
「そうするわよ、ジェイクが私を裏切るわけないもの!」
もっとも望まない形で耳に入ってしまったのは私のせいだ。どうしたらいいの?
「あなたの家もうちと似ているそうじゃない、リリーナのお母様からお父様を横取りしたあなたのお母様の報いを、あなたが受けて当然だわ、因果応報ってことね」
パトリシアはなおも虚言を続ける。止めなければと私が焦っている時、
「ここにいたのか、アリー」
救いの神再び、リジェール様が駆け寄った。
「リジェール様!」
パトリシアはリジェール様の姿を見るなり、偉そうに腰に当てていた手を胸の前で組み直した。そして、上目遣いで長いまつ毛をバサバサとしながらリジェール様を見上げた。この変わり身の早さには脱帽する。
「君はまたアリーに絡んでいるのかい?」
「絡んでいるだなんて、お異母姉様とお話をしていただけですわ」
さっきとは打って変わった猫なで声を出したが、リジェール様には通用しない。
「もう、お話は済んだろ、外してくれないかな」
「そんな、私は」
「頼むよ」
リジェール様もこんな怖い顔をするんだ。向けられていない私もその冷たい目に凍り付いた。
パトリシアは悔しそうな鋭い視線を私に突き刺してから、不服そうに去って行った。
彼女の後姿を見ながらリジェール様は、
「駆け付けるのが、ちょっと遅かったかな」
「いえ、助かりました」
「お友達は大丈夫かな」
リジェール様は青い顔をして地面を凝視しているミランダを気遣った。
「パトリシア嬢が君を捜していると聞いたから、心配して来てみたんだけど……」
リジェール様は被害に遭ったのはミランダの方だと気付いて、困った顔を私に向けた。でも、なぜここにると知っていたのかしら?
ミランダは放心状態で地面を見つめていた。
「大丈夫?」
大丈夫なはずはないけど、そんな言葉しかかけてあげられなかった。
「え、ええ」
「あんな話、本当のことどうかもわからないんだし」
「……そうよね、あなたのお兄様と同じで、私も自分が見聞きしたモノしか信じないわ」
ミランダは呟くようにそう言いながらフラフラと歩き出した。
「ミランダ」
私は追いかけようとしたが、
「少し一人になって落ち着きたいの」
去って行くミランダを心配しながら見送るしか出来なかった。婚約者のいない私に本当の意味で彼女の気持ちはわからない。もし、噂が本当だったとしても、私にできるアドバイスはない。
去って行くミランダの後姿を見送りながら、
「ミランダ嬢の耳にも入ってしまったんだな、大丈夫かな」
大丈夫なわけない、噂が事実なら、ミランダは立ち直れないほど傷つくだろう。ジェイク様を信頼しきっていたんだもの。
「心変わりしたとしても、他にやりようがあるだろ、婚約者を傷付けないようにちゃんと話し合うべきだよ」
リジェール様の口ぶりだと、ジェイク様の浮気は確定事項のようだ。
ミランダの姿はもう見えなくなっていた。
心配でたまらないけど、一人になりたいと言う彼女を追いかけても、かける言葉はわからない。
「こんな時に力になれないなんて、なんて頼りない友達なんだろう、情けないわ」
思わず呟いた私の肩にリジェール様はそっと手をかけた。
「彼女が君を必要としてくれた時、傍にいてあげればいい」
「そう……ですね」
「そんな青い顔していたら、ロニが心配するよ」
「そうですね、兄にもこれ以上迷惑はかけたくないし」
「まあ、妹にかけられる迷惑は苦にならないけどな」
「リジェール様は妹君思いなんですね」
「ロニもそうだよ、アイツはクリスと同じで表情を変えないからわかりにくいけど、君を大切に思っているのは間違いない、昨日の慌てようと言ったら、よほど心配したんだろうな、今思い出すと笑いが出るよ」
兄の慌てた顔なんて、私も見たかった。