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その6

 楽しい食事が終わり、私と兄は客室へ戻った。

 もう夜は更けていたが、気を失っている間って寝ていたようなものだから目は冴えていた。


 ずっと付き添っていてくれた兄はお疲れのようだったが、それでも、

「やっぱりリジェの勘は当たったな、なにかあったんだろ」

 ソファーにドカッと腰下ろして私を見据えた。


「リジェール様の勘?」

「俺たちはいつも頭の中であれこれ考え過ぎて、行動に移すのが遅くなる、でもリジェは正反対、直感で動くんだ。それがまたよく当たる。今考えると、お前の様子に違和感を覚えて、俺の元に連れてきたんだろうな」


 まさか、そんなこと……。

 確かに嫌な夢を見て少しへこんでいたけど、リジェール様とお話するのは二度目だったし、私の様子の機微に気付くはずないと思うんだけど。


「ミランダが燃えてるって? 俺がなにをしたって?」

 そうだった、生徒会室で私はそんなことを口走った直後に気絶したのだ。あの時は起きていたのに突然、夢が頭に浮かんで、それがあまりにリアルで恐ろしくて……。ジェイク様の浮気とあの夢が繋がっているような気がし動揺して。


「その夢には俺も出てきたんだろ? あの時みたいに」

 兄は私の目を覗き込んだ。

 そうだった、兄は私が予知夢のようなものを見ることに気付いてるんだったわ。あの時に気付かれた。あの時のことを兄は恨みに思っているはずだ。



   *   *   *



 五ヵ月程前、恐ろしい夢を見た。

 そこは森を抜ける道だった。馬が興奮して嘶いている、その足元には惨殺された騎士の遺体。地面に染み込んだ血。

 兄も横たわっていた。

 美しいブロンドが血に濡れ、血の気を失った白い顔、半開きの目には生気がなかった。


 なぜこんな事態になったのか、それに至るまでのことは覚えていない。私の悪夢はいつもそう、初めから順序だって見れていれば、なぜそんな事態に陥るのかわかるのだが、衝撃的な場面しか覚えていないのだ。


 悪夢にうなされながら目覚めた朝、その日、兄は王太子殿下の視察に同行すると言った。

 それだ!

 兄を止めなければいけない、行けば、夢の通りになると恐怖に震えた。

 でも、どうやって止める?

 怖い夢を見たから行かないで! なんて言えるはずもない。


 だからあの日、兄が出かける直前、わざと階段から飛び降りて怪我をした。兄を行かせない苦肉の策。意識不明の重体に陥った妹を置いて行くような兄ではないと願いながら、私は意識がないふりをした。


 期待通り、兄は私の傍についていることを選んでくれた。

 予知夢でなかったのならそれでもいい、なにも起こらなければそれに越したことはない。今回のことで、兄が王太子殿下の信頼を失ってしまったら申し訳ないけど……。


「いい加減、狸寝入りはやめろ」

 兄は私が気絶しているふりをしていることに気付いていた。

「なんなんだ? なぜ、意識がないふりなんかしてるんだ?」

 私はやむなく目を開けた。

「お兄様が私に付き添ってくれると期待して」

「お望み通りになったろ? でもなぜそんなことを」

「夢を見たの、怖い夢を」

 私は正直に打ち明けた。


 兄はそんな私を怒らなかった。それより、なにか思うところがあったようだ。

「そうか」

 と私の頭にポンと手を置いた。


 三日後、それがまぎれもない予知夢だったことがわかった。

 王太子一行が何者かの襲撃を受けたのだ。

 負傷した殿下を、護衛騎士の一人が命を賭けて王宮へ連れ帰った。しかしその騎士を含め、同行していた全員が死亡した。もし、兄が行っていれば命を落としていただろう。私は兄の未来を変えたのだ。



   *   *   *



「あの日、自分の代わりに同行した方が亡くなったことで、自分を責めていらっしゃる。引き留めた私を恨んでいるのでしょ」


「確かに亡くなった人たちに負い目はある。でも、同行していたら俺は間違いなく死んでいた、お前の夢のお陰で命拾いしたんだ。だから俺はお前の予知夢の力を信じてる」


「予知夢……なのかしら」

「そうとしか考えられないだろ、もっと早く信じていれば、襲撃事件自体を阻止できたかも知れないし、それ以前に母上だって……」


 そうだった。五年前のあの日も夢を見ていた。

 母は実家のホプキンス侯爵邸で開催された夜会に参加していた。その日、父は急用で領地へ行かなければならなくなり不参加。まだ十一歳と十二歳の私と兄は留守番をしていた。


「あの夜、ソファーでうたた寝していたお前は悪夢にうなされていた、そして、お母様! 飲んじゃダメ! と叫びながら起きた」

 兄に言われて、あの時の悪夢がよみがえった。


「お前は〝お母様のグラスに、男に人が毒を入れたの、お母様は気付かずに飲んでしまう!〟と訴えたけど、俺は怖い夢を見ただけだと気にしなかった。でも、母上は戻らなかった、その夜遅くに来たハーヴェイ伯父上に母上が亡くなったと告げられた」


 翌日、母は遺体となって戻った。

「会場で心臓発作を起こした病死とされた。俺はあの日のことを忘れない、お前が時々妙な夢を見て、それが現実になることを知っていたのに信じなかった。もし、すぐに遣いを出して伯父上に知らせていれば止められたかも知れない、……いいや、信じてもらえなかったかな」


「そうね、予知夢なんて誰も信じない……。お兄様が気付いているなんて思ってなかったから、あの日だって階段から飛び降りたのよ」


「えっ? わざとだったのか」

 しまった! 言うつもりはなかったのに、

「俺はてっきり、慌てて足を滑らせたのかと」

 気まずい。


「……そうか、飛び降りたのか、って、下手すればお前が死んでたかも知れないんだぞ!」

 幸い、打ち身だけで済んだけど。


「でもあの件でお前の予知夢に確信を持ったから、母の件を調べ直しているんだ。予知夢のことは話していないが、クリス殿下も協力してくれている」


「調べ直すって、なにを?」

 もう起きてしまったことよ、母は戻らない。

「母上が殺されたのだとしたら、犯人を野放しには出来ないだろ」

 兄は拳を握りしめた。


「当時、母上が毒殺される理由がなかったから、毒の可能性は調べられなかった。生前からの母の希望だと火葬にされたし、遺体を調べることも出来ない。だからこそ、俺はあの男を疑っているんだ」

「あの男?」

「父とは呼びたくないあの男だよ」

 今まで見たことがないような恐ろしい表情の兄を見て、私はゴクリと息を呑んだ。


「母を殺す動機があるのはあの男と愛人だけ、でもあの男が会場にいなかったのは確かだ。誰かに依頼した可能性を考えたが、その相手は見当もつかない。愛人の身辺も調べたがそれらしい人物は今のところ出てこない。それにホプキンス侯爵家主催の夜会だ、たとえ臨時でも身元の不確かな使用人など雇うはずがない。今のところなにも掴めていないんだ」


「私がもっとハッキリ夢を覚えていたら、手掛かりに繋がったかも知れないのに……」

「まだあきらめていない、きっと証拠を掴んで報いを受けさせる。でも、お前は無茶するな、大丈夫だよ、俺を助けることが出来たんだ、ミランダ嬢だって助けられるさ」


「そうだといいけど、どんな経緯でそうなるかが思い出せないのよ」

「その炎って、本物じゃなくて嫉妬の炎が具現化したモノじゃないか? ジェイクとリリーナの仲を嫉妬して」

「そんなふうに考えれば少しは気が楽になるけど」


「だいだい、炎に包まれるって、どういう状況で起きるんだよ、そんな大事になる前に止められるさ。そもそも噂のことだって、まだ真偽はハッキリしていないだろ、一度ジェイクと話をしてみるよ」

「ありがとう」


「心配するな、今日はゆっくり眠れ、子供の時みたいに一緒に寝るわけにはいかないけど、お前が眠るまで、ここにいてやるよ」

 兄は子供をあやすように頭を撫でてくれた。





 夢を見た。

 ずっと昔、まだ幼かった頃の夢。


 私の誕生日、五、六歳だろうか? 家族みんな、父と母と兄、それから祖父と祖母、ホプキンス家の人たちも来てくれていてお祝いしてくれた。当時は私が幼い頃から仕えてくれていた侍女や使用人が大勢いた。


 まだお兄様が屈託なく笑った頃、そして、あたしもお茶目だった頃、私と兄は従兄弟たちと庭を駆け回り、大人たちはテラスでくつろぐ和やかな風景。

 夢の中のあたしはとても幸せそうに笑っていた。


 そして、急に場面が変わった。

 幸せそうに笑っている私は子供ではなく今の私になっていた。


 夜空には宝石をちりばめたような星々が煌めいている。王都では見られない風景だ。

 それを並んで見上げている私とリジェール様。

 彼が私の肩を抱き寄せる。

 近づく彼の瞳にも星が輝いているのを見ながら、私はそっと目を閉じた。





 カーテンの隙間から朝陽が射しこんでいた。

 目が覚めたことをこんなに悔しく思ったことはない。

 あのシチュエーションは口づけよね、……最後まで見たかった。たとえ夢の中でも、リジェール様と満天の星の下で口づけしたかったわ。


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