その4
私は来客用のソファーに座って、公爵令嬢のクローディア様にお茶まで入れてもらい、この上なく恐縮していた。
「お仕事の邪魔をして申し訳ありません、私に出来ることがあればお手伝いさせてください」
ただ時間を潰すのも居たたまれなく、そう申し出たが、クローディア様は優しく微笑んだ。
「今は忙しい時期じゃありませんし、気遣いは無用ですわ」
コレが天使の微笑みと言われるものなのね、眩しい! でも……。
「忙しくない?」
「今は特に行事もありませんし、一息つけつる時期ですわ」
おかしい……忙しいって言ってたのに。
腑に落ちない顔をしたのだろう、クローディア様は小首を傾げた。
「どうなさったの? なにか気になることでも?」
「いえ、別に」
でも、わざわざ彼女に言うことではない。
「おっしゃいなさいよ、気になるじゃありませんか」
しかし、追及されて、
「友達が忙しいと言ってましたから、お兄様も相変わらず帰りが遅いし」
「俺はここで時間を潰してるだけだよ、いつも図書館へ行っているお前と同じだ、友達ってミランダ嬢か?」
「ええ、婚約者のジェイク様が生徒会のお手伝いで忙しいとおっしゃっていたらしくて」
「ジェイク様? マッソー侯爵家の? 彼は執行役員じゃありませんけど」
クローディア様は眉を寄せる。
「でもお手伝いをなさっていると」
「確かに、手伝ってもらったことはありましたけど、今は別に」
私たちの会話を聞いて、他の人たちも顔を見合わせた。なんだか、言ってはいけないことを言ってしまったような気がする。
「最低ですわね、よりにもよって生徒会を口実にしているなんて」
クローディア様がそれまでとは打って変わって冷ややかな口調に変わった。
「クローディア、その話は」
兄は止めようとしたが、
「いずれ耳に入ることでしょう、もう噂になりはじめているのですから」
「噂って?」
「ジェイク様とミランダ様の異母妹君のリリーナ様が街で一緒にいるところを見たと噂になっていますのよ、とても親密に見みえたらしいですわ」
「まさか!」
「忙しいとおっしゃっているのは、浮気相手とのデートで忙しいのですわ」
「ジェイク様が浮気……」
私は耳を疑った。
「ジェイク様とミランダ様が幼い頃から婚約されていることは周知の事実でしょ、でも、ポッと出の異母妹に婚約者を取られるなんて話はありがちですから、皆さま興味津々に騒ぎはじめていますのよ、風紀の乱れにも繋がりますし、好ましくない事態ですわ」
全く知らなかった、クラスメートと話をすることもあまりないし、と言うか、意地悪な義姉に仕立て上げられている私たちは敬遠されていた。
「その様子じゃ、ミランダ様の耳にはまだ入っていないようですわね」
「入っていたら、私に言うはずです」
ミランダはジェイク様を信じ切っている。母親同士が友人だったことで、九歳の時に婚約して七年間、彼だけを一途に想い続けている。
最近はあまり会えないと寂しがっていたが、ミランダは彼の言葉を疑いもしていない。しかし、〝忙しい〟の意味がリリーナとの浮気なら、もしミランダがそのことを知ったら……。
「ミランダは全く知りません、今日だって、ジェイク様のお誕生日プレゼントを注文しにいくと言ってたもの……。どうしよう、お兄様」
「俺にどうしようと言われても」
不意に、授業中居眠りしていた時に見た夢が甦った。
炎に包まれるミランダ、ジェイク様の浮気とあの夢が繋がっていたとしたら……。
私は昔から妙な夢を見る。そして、それは現実に起きることがある。
ただの悪夢ではなく、予知夢という類のものかも知れない。
もし、あの夢もこれから起きることだったら? 言い知れぬ不安が沸き上がり、身体が震える。
「どうした? 真っ青だぞ」
私の異変に気付いた兄が、慌てて席を立ち、私の横へ来た。
「お兄様、私、夢を見たの」
「夢?」
「ミランダが燃えてる……お兄様が私を」
私の意識はそこでプツリと途絶えた。




