その28
それからアッと言う間に一週間が過ぎた。
あの日以来、ジェイク様とリリーナは登校していなかった。退学したという噂はまだ聞いていないが、侯爵家から縁を切られたジェイク様が学費を払えるとは思えないし、奨学金も無理だろうから、いずれは退学することになるだろう。
リリーナとの関係がどうなったかはわからない。
まあ、ミランダも学園に戻ることはないので、ジェイク様がいようといまいと関係ないのだけど。
毎日お見舞いに行っている。
その度にリジェール様との関係を根掘り葉掘り聞かれた。彼女は本心から喜んでくれている。兄が言った通りだった。
ライアン様はミランダを受け入れる準備をするためにひとまず留学先のクロワジール王国へ戻った。まだ学生なので経済的に厳しいだろうからと、マッソー侯爵が支援を申し出てくれたそうだ。治療費も全額負担してくれているらしい。
あれ以来、パトリシアに絡まれることはなくなった。真実を知って、さぞショックを受けているのだろうと思っていたが、そうではなかった。彼女はまだ信じていないようだ。
兄には接触があった。
『お異母兄様、家に戻ってらして、今なら謝ればお父様もお許しになるわ、私も執り成して差し上げますから』
『なぜ、俺が謝らなければならないんだ?』
『なぜって、あんな暴言を父親に向かって吐いたのですよ、もっと常識を弁えていらっしゃると思っていましたのに、アリスンの影響ですか?』
『アリーは関係ない、君こそ、まだあの男を信じているのか』
『信じていますわ、だってお父様とお母様が愛し合っているのは見ていればわかりますもの、それが真実です』
『俺たちの母上を騙したのも真実だ』
『それはしかたなかったのです、伯爵家と領地の民を守るために必要なことだったのです』
このような会話があったそうだ。
「あの洗脳は解けないな」
兄は大きな溜息をついた。
父の嘘が明るみになり、さぞショックを受けているのだろうと思っていたが、大きな間違いだった。あくまでも自分たちの非を認めず、過ちを正そうとはしない。
一方で、私が知らない間に、兄とクリストファ殿下は例の作戦を着々と進めていた。
そしてたちまち、クルーガー伯爵、ターナー伯爵を偽の手紙でおびき出す夜が来た。
送った手紙の内容は『五年前の件を暴露されたくなければ金を用意しろ』と簡単なモノ。お互いのお家事情は耳に入っているはずだ。クルーガー伯爵家は先の火災事件により、浮気が明るみになったジェイク様が廃嫡されて、リリーナとの婚約で当てにしていたマッソー侯爵家からの支援が望めなくなったし、一方のターナー伯爵家は兄と私が家を出たことにより、母の実家であるホプキンス侯爵家からの支援がストップされる。どちらの家もこの先、金策に困る事は目に見えている。
二人を対峙させれば、五年前の話が出るのは必定、流れによっては交換殺人の自白が聞けるかも知れないと期待が膨らむ。
舞台はかつて闇賭博が開催されていた邸。今は廃墟となっている。
私たちは物陰に潜んで、二人が来るのを待っていた。
メンバーは、クリストファ殿下、ロドニイ兄様、リジェール様とアンドレイ様の生徒会役員メンバーと私。
ドリスメイとクローディアは深夜と言うこともあり同行が許されなかったので、不貞腐れながらイーストウッド辺境伯のタウンハウスで待機している。
最初は私も留守番を言い渡されたが、どうしても行くと言い張った。ふだん自己主張しない私が引き下がる姿勢を見せないことに兄は驚いたようで、渋々承諾した。
〝絶対俺の傍から離れるなよ〟と兄は言ったが、私がリジェール様にくっついているのを見て寂しそうにしている。
「こんな騙し討ちは気が進まないんだけど、他に方法がないんじゃ、しかたないか」
リジェール様は渋い顔。
「来るだろうか、暴露すれば本人も困るわけだろ、少し考えればおかしいと気付くんじゃないか?」
アンドレイ様も懐疑的。騎士を目指すリジェール様とアンドレイ様は正々堂々が信条だから、今回のようなおとり捜査は性に合わないのだろう。
「来るさ、今は目先のことしか考えられないだろうし、特にターナーは裁判も控えているから考える余裕もない」
兄は浅慮で頭に血が上りやすいターナーをよく知っている。
「クルーガー伯爵も同様だ、噂は学園に留まらず社交界に広がったからな。先妻の娘を蔑ろにして自殺を図るまで追い詰めた毒親と婚約者を奪った異母妹、マッソー侯爵家が真実を知って縁を切ったことで、信用が失墜し事業にも影響が出るほどになっている」
「来たようだ」
クリストファ殿下が声を低くした。
コツコツと足音が響いた。