その24
その一方で、五年前の件も調べが進んでいた。
「影の報告によると、五年前、クルーガー伯爵とターナー伯爵は同時期、違法賭博場に出入りしていたらしい。しかし、その賭博場は摘発されて、関係者の行方は不明。そもそも違法賭博なので客は仮面で顔を隠していたし口も堅い。これ以上、二人の関係を掴むことは困難だ」
クリストファ殿下が影からの報告を伝えてくれた。
「なんて奴だ、領地経営もなおざりにして賭博場に通っていたなんて、どこまでも腐った奴だ」
兄は吐き捨てた。
執行委員のメンバーは信頼できるので、これまでの事情はすべて――私の予知夢以外――兄が説明している。
クルーガー伯爵に疑いの目を向けた経緯を説明するのは難しかったが、そこは兄がうまく取り繕った。
兄曰く、頭が切れる殿下には、そのうち私の予知夢を隠しきれなくなるだろうとは言っていたが、今のところ殿下は追及せずに兄の話を信じて協力してくれるようだ。
結局、毒を盛った人物がクルーガー伯爵だという証拠はない。そして、ターナーとの繋がりも曖昧だ。
「関係がないからこそ、交換殺人が成立したんだろうな」
クリストファ殿下が言った。
「ミランダ嬢のお母様は通り魔に刺殺されたのでしたわね、その犯人がターナー伯爵だと言うことなのですね」
ディアが確認したが、アンドレイ様は、
「伯爵夫人の殺人だ、当時もちゃんと捜査されたんだろ、それでも犯人逮捕に至らなかったんだ、今更、新たな証拠は出てこないだろう」
悲観的。
「証拠がないなら自白させればいい」
クリストファ殿下はサラリと言うが、自白なんて、それこそどうやって?
「二人は事件以来会わないようにしていただろう。それが今、クルーガー伯爵家が絡んだ事件現場に子供たちがいたことで、今まで一切関わりを持たなかったクルーガー家とターナー家に接点が出来てしまった。お互い、過去の悪事が露見しないか気が気じゃないと思う」
「パトリシアがジェイクとリリーナの婚約発表パーティに参加すると聞いたアイツは嫌そうな顔をしていたな」
兄は思い出したように言った。リリーナがクルーガーの娘だと言うことをターナーは当然知っていただろう。
「こんな時だから好機だと思う、二人の猜疑心を刺激して、自白し合うように仕向ければいい」
クリス殿下は眩い王子スマイルを浮かべたが、目は冷たい光を秘めている。これがドリスの言っていた不気味な微笑みか、確かに怖い。
「それにしても、なぜ交換殺人なんて突拍子もないことに思い当たりましたの? そう考えるきっかけがなにかあったのかしら?」
ディアが可愛らしく小首を傾げた。彼女も案外鋭い。
「それはアリーが」
リジェール様は言いかけたが、予知夢のことはみんなに打ち明けていないと思い出したようで止めた。
「アリーが?」
「アリーは凄く勘がいいんだ」
フォローになってない、私はどちらかと言うと鈍感な方だ。
「まさか、頼りない勘だけで王家の影を動かしたのですか?」
私が鈍いことに気付いているディアが眉を寄せたので、
「俺がターナーの言動から推察したんだよ」
兄が仕方なく助け船を出した。
「ロニが優れた観察眼を持っているのは確かだな、細かいところまでよく見ている」
クリストファ殿下はそう言ったが、本当はそれだけで納得して動いたわけではなさそうだった。ああ、近いうちに白状させられるのだろうな。
「俺たちはこのあと、マッソー侯爵に呼ばれているんだ。ミランダ嬢の病室に来るようにと」
これ以上突っ込まれるのを避けるためか、まだ約束時間には早いが、リジェール様は席を立った。
「彼女、放火の容疑者だから面会できないのではありませんでしたか?」
「事故だというマッソー侯爵の主張が通ったらしい、ミランダは罪に問われないことになったようだ」
「意識を取り戻されたのかしら?」
「そうかも知れないな」
「侯爵夫妻はジェイク様の浮気をお知りになったのでしょ? 婚約者の浮気を恨んだミランダ様が目の前で自殺を図ったなんてことが公になれば、侯爵家としてはこの上ない醜聞ですわ」
「違うぞクローディア、ミランダ嬢は恨んで火を点けたのではなく、殺されるかも知れないという恐怖から、追い詰められて凶行に走ってしまったんだ」
兄が訂正した。
「そうでしたわね、でも、醜聞には違いありませんわ、すべてをうやむやにするつもりで、あなたたちにも口止めするために呼んだのかも知れませんね」
「その可能性はあるな」
「どうなさるの?」
ディアは私に視線を向けた。
「どうもこうも、ミランダを放火の罪に問わないなら、口を噤めと言われれば従うしかないんじゃないかしら」
「まあ、すでに広まっている噂を消すことは出来ませんけどね」
ディアは皮肉たっぷりに言った。さらに二人の非道な行いの噂を広める気満々なのが窺える。




