その23
「ミランダお異母姉様は、自分から婚約解消を申し出たのに、私がジェイク様と婚約すると聞くと、私の幸せが妬ましくなってあんな嫌がらせをしたんですわ!」
「いや、病気で精神に異常をきたしていたんだから、しょうがないよ」
学園でリリーナとジェイク様は、そんな話を必死で吹聴して回っていたが、信じる者は少ないと思う。
侍女、メイド通信網が迅速に機能した。筆頭公爵家に勤める者は羨望の眼差しで見られているから、彼女たちの話は信用に値すると思われている。故にクローディアが零した話はアッという間に広まっていた。
火を放ったミランダの凶行よりも、そこまで追い詰めた二人に非難の目が向けられ、陥れられたミランダに同情が集まった。
マッソー侯爵が、火が出たのは不慮の事故だと主張したことも、ミランダがしたことの非がジェイク様とリリーナにあると印象付けることになった。パーティの客たちはミランダが自ら火を点けるところを見ている、ついこの間までは健康的な普通の少女だったのに、頬はこけ目は落ちくぼんだ尋常でない様子だったことも知っている。後で軟禁状態にあったという噂を聞いてみんなが納得した。
今までさんざん異母姉に苛められている可哀そうな異母妹を演じてきたリリーナだが、異母姉を虐げてすべてを奪った残酷な異母妹に反転した。
いち早く火を消し止めに走った私とリジェール様は、ミランダの命を救ったヒーローに祭り上げられた。お陰で、リジェール様が私をエスコートして出席したことはうやむやになり話題にされなかった。
意に反して自分たちが悪役になっていることが面白くないリリーナとジェイク様に、一度、詰め寄られたことがあった。
「あなたでしょ、嘘の噂を広めたのは! お陰で危うく殺されそうになった私たちが悪者にされているのよ、被害者なのに!」
私は唖然とした。被害者? こういう人種は自分の非を全く認めないのね、そしてすべてを人のせいにするのね。
「私はなにも言っていません」
「お前以外に誰が言うんだ!」
ジェイク様が私の胸ぐらを掴み上げようと手を伸ばした時、
パシッ!
その手を扇が叩いた。
「なにをなさろうとしていらしたの? まさかか弱い女性に暴力を振るおうとされていたのじゃありませんよね、我王立学園に通う侯爵令息が」
「くっ……」
クローディアは天使の微笑みを浮かべながらも、瞳の輝きは冷たく、威圧的な佇まいにジェイク様もリリーナも一歩退いた。
横にはドリスメイも怖い顔をして立っていた。
「参りましょ」
公爵令嬢と王太子の婚約者を前にして、二人は何も言えずに奥歯を噛みしめた。
私たちは悔しそうに顔を歪めるジェイク様とリリーナを置き去りにしてその場から離れた。
その後、ドリスは王太子妃教育の為に王宮へ向かい、私とディアは生徒会室へ行った。
* * *
「なんだって!」
クローディアから先ほどの出来事を聞いたリジェール様と兄は声を揃えた。
「暴力を振るおうとするなんて、許せない!」
「未遂だから」
「私が駆けつけなければ危なかったですわよ、あなたのクラスの方が問題の二人に絡まれていると知らせに来てくださったのよ。いえ、いっそ手を上げられていれば、ジェイク様は即退学処分になっただろうし、そのほうが良かったかもしれませんわね」
「バカ言うな、俺のアリーに指一本触れてみろ、ただじゃ置かない!」
「いつからアリスン嬢はお前のモノになったんだ?」
私とリジェール様の関係が進展したことをまだ聞いていないアンドレイ様が不思議そうに尋ねた。
「そうだぞ、いくら付き合うことになったって、アリーはモノじゃない」
兄がサラッと暴露した。
もちろんモノ扱いされるのは本意ではないが、そう言ってもらえるのはなんだか嬉しいものだ。
兄はさっそく学生寮に転居していた。
私はあのままホプキンス家に滞在し、そこから通っている。私がターナー家と縁を切れるかはまだ微妙だった。
あそこまで父を愚弄した兄はともかく、ハーヴェイ伯父様にパトシリアが愛人との間に生まれた実の娘だとバレてしまっては――もちろん気付いていたが、あくまで親友の娘で通していた――今後、援助の継続は望めない。最後の金蔓である私を簡単には手放せないだろう。
予想通り、誘拐されたと訴え出たらしい。それに対しホプキンス家の弁護士は、重大な人権侵害があったので保護していると主張した。
勝算がどのくらいあるかわからないが、伯父と弁護士の腕を信じるしかない。
「裁判になるのなら、我オニール公爵家にも優秀な弁護士がいますから、お力になれるわよ」
とディアも申し出てくれた。




