その22
翌日、私はリジェール様と共に病院を訪れた。
しかし、予想はしていたが、放火の嫌疑がかかっているミランダに面会は許可されなかった。兄はそうなるとわかっていたので同行しなかったが、私はダメ元でも見舞わずにはいられなかった。
「また、クリスに頼んでみるか?」
リジェール様ガッカリしている私を気遣ってくれたが、
「いいえ、そう安易に王太子殿下のお手を煩わせるわけにはいきません」
本当はお願いしたかったが遠慮した。
私とリジェール様は仕方なく病院から出た。その時、
「アリスンお嬢様」
呼び止められた。
「あなたは」
それはクルーガー家のメイドだった。専属ではなかったがミランダについているのを何度が見かけたことがある。
「あなたも心配して来ていたの、でも、会わせてもらえなかったでしょ」
「ええ」
貴族の私たちでも会わせてもらえないのだ、平民のメイドでは相手にされないだろう。
「意識はまだ戻らないけど、命の危機は脱したと教えてくださったから安心して」
「お嬢様ぁぁ」
メイドは急に泣き出した。
あんなクルーガー家でもミランダのことを心配している人がいたことが嬉しかった。しかし、それだけではなかった。
「私のせいなんです、私がお嬢様に教えたから……」
「なんの話? なにを教えたの?」
号泣するメイドと貴族令嬢を見て、周囲の人からどう見えるか考えると、
「場所を変えましょう」
私たちは中庭へと移動した。
メイドの名前はアンヌ、ミランダ専属ではないが、彼女にはよくしてもらっていたという。
「わ、私は、ミランダお嬢様に、逃げて、頂きたくて」
アンヌは号泣してしゃくりあげながら話した。
「ジェイク様とリリーナ様の話を聞いてしまったんです。〝ミランダが生きている限り、いつ本当のことがバレるか心配でたまらない〟と言うジェイク様に、リリーナ様は、〝ちゃんと口封じするから〟とおっしゃっていました」
「口封じですって! それはどういう意味?」
「ミランダ様は殺されると思ったんです、リリーナ様ならやりかねません、恐ろしい人なのです。だから逃げてほしくて……。でも考えれば、どこへ逃げられるのです? 浅はかでした。世間知らずの貴族令嬢に逃げる場所などないと、お嬢様もわかっていたのです。だから絶望してあんなことを……」
「その話は本当なの?」
いつからそこにいたのか、侍女を伴ったマッソー侯爵夫人が聞いていた。リジェール様が驚かなかったところ見ると気付いていたのだろう。私はアンヌの話を聞くのに必死だったから気付かなかったけど。
「あなたたちの姿を見つけたから後を追ったのです。ミランダの友達のあなたとは一度話がしたかったから」
マッソー夫人はアンヌの前に立った。
「本当のことってなんです? いったいどうなっているの?」
夫人の圧力に怯えるアンヌの代わりに私が答えた。
「ミランダが病気になったなんて作り話だったんです」
私の言葉にアンヌも大きく頷いた。
「ミランダお嬢様が軟禁されていたのに、私たち使用人は旦那様や奥様に逆らえなくて」
「でも、彼女は自分の口から、重い病を患ってしまったからジェイクとの婚約は解消したいと言ったのですよ」
「言わされたのです、ジェイク様の浮気を隠すためです」
母親にこんなことを聞かせるのは酷だが、言わずにはいられなかった。
「ジェイクが浮気ですって?」
マッソー夫人は信じられないと言った目を私に向けた。
「もうずいぶん前からリリーナと浮気していたんです。クルーガー伯爵夫妻は先妻の娘よりリリーナを可愛がっていますから、それを好機と婚約者をリリーナに替えようとしたんです。でも侯爵夫人に事実を知られれば、ミランダを可愛がっている侯爵夫人が許すはずないと、ミランダに病気を理由に身を引くよう強要したんです」
「ジェイクも知っていたの?」
「ええ、ジェイク様からも直接、そうしろと言われたってミランダから聞きました」
「そんな……、リリーナとの関係はミランダに婚約解消を告げられた後からだと聞いていたのに、ジェイクもクルーガー伯爵夫妻も、全員で私と夫を騙したと言うの?」
夫人の言葉には私への疑念がこもっていたのでリジェール様が補足した。
「確かめて頂ければすぐにわかりますよ、学園ではずいぶん前から噂になっていました、婚約者がいるのに他の女性と仲睦まじい姿を何人もが目撃していましたから」
「ミランダはなぜ本当のことを言って助けを求めなかったの?」
「身の危険を感じて怯えていたのですよ、黙っていれば領地へ追いやられるだけで済むと思っていたんです」
アンヌも大きく頷いた。
「でも、それで済まないと知ってしまったから、本当に殺されるかも知れないという恐怖から、自棄を起こしてあんなことをしてしまった、最後の抵抗だったのでしょう。後悔しています、なんとしても彼女をあの家から助け出すべきでした」
マッソー夫人は複雑な表情で黙って聞いていた。
「ミランダはマッソー侯爵夫妻をお慕いしていました。早くお嫁に行きたい、クルーガー伯爵家から出たいと言っていました」
夫人はやり切れない表情でしばらく黙り込んだが、
「あなた方の話を疑っているわけではないのよ、でも、こちらでも確認する必要がありますから。その上で、然るべき処置を夫と相談します」
去って行くマッソー夫人の後姿を見ならが、つい勢いで暴露してしまったが、それでよかったのかと不安が押し寄せた。




