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予知夢?を見た伯爵令嬢は運命に抗い真相を究明する  作者: 弍口 いく


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その21

「あの男なら帰ったよ」

 父たちは伯父に追い返されたのだろう。


「聞いてたんだな、気配がしてた」

「相変わらず鋭いな」

 私たちが盗み聞きしていたことに兄は気付いていたようだ。


「お前、どうするんだよ、あそこまで言えばもうターナー家には戻れないだろ」

「かまわない、幸い俺は優秀だから自分で身を立てられるよ、奨学金の申請も済ませてあるし、こんな時のために貯金もしてある」

「こうなることは織り込み済みか」


「ただ、アリーの件は簡単にはいかない、あの男はアリーが誘拐されたと訴え出るつもりらしい、ハーヴェイ伯父上も弁護士を手配すると言っていた」

「簡単にはあきらめないか」

「すまないアリー、偉そうに俺がなんとかすると言ったけど、俺は無力だ、だからリジェに縋ったんだ」


「お兄様が私をちゃんと見ていてくれたことがわかって嬉しいわ。私がリジェール様のことを」

 兄に言うのは恥ずかしいので語尾が濁った。

「なに? 俺のことを?」

 言わせようとするのね、意地悪。


「それよりお兄様に伝えなきゃならないことがあるの」

 私はスパッと話題を変えた。

「その前に、リジェール様にも聞いてほしいの、私の予知夢の話を」

「アリー、その話は」

「隠し事はしたくないから」


 私はリジェール様を真っ直ぐに見つめた。こんな気味悪い話を聞かせれば、彼の気持ちが変わってしまうかも知れない。でも、隠したままではいられない。

「私は幼い頃から不思議な夢を見るんです」


 私は簡潔に予知夢を見ることを打ち明けた。





「すごい! すごいじゃないか!」

 リジェール様の反応は予想していたものと違った。彼は興味津々に瞳を輝かせた。

「神様に与えられた特別な力だよ」


「でも、とても曖昧で、ほんとうは予知と呼べるような正確なモノじゃないんです、ちゃんと覚えていられたら悲劇は避けられるのに、そうじゃないことが悔しくて」

「でも、ミランダ嬢の命を救えたじゃないか」

「私がしっかりしてれば、火を点ける前に防げたかも知れなかったのに」


 そう言った私をリジェール様は抱き寄せて、子供をあやすように頭を撫でてくれた。嬉しいけど兄の前で恥ずかしい。

「離れろ」

 兄の白い視線と冷たい声が突き刺さった。


 私たちはきちんと座り直した。

「それで、本題だが、俺に伝えることって?」

 そうなのだ、前置きが長くなってしまったが、

「思い出したの、夢の中でお母様のグラスに薬物を入れたのは、クルーガー伯爵よ」


 ミランダの父であるクルーガー伯爵に会うのは初めてではない。しかし、なぜか突然、母のグラスに毒らしきものを入れた人物の顔が鮮明に甦ったのだ。


「クルーガー伯爵が? 確かなのか?」

「間違いないわ」


「あの夜会に来ていてもおかしくはないが、母上と知り合いだったとは思えないし、殺す理由はないだろ、ターナー伯爵とも接点はないはずだが」

「そうよね、私とミランダが親しくしていても、家同士の付き合いはないし」


 その時、兄はハッと何かを思いついたようだ。

「ミランダ嬢の母上が亡くなったのは五年前だったな、お前とミランダ嬢は境遇が似ていると」

「そうよ、ミランダのお母様は五年前、通り魔に刺殺されたの」

「毒殺に刺殺、どちらも犯人は捕まっていない」


 兄は難しい顔をしてしばし考え込んだ。そして、おもむろに口を開いた。

「交換殺人」


 一瞬の沈黙、私は理解が追い付かずに戸惑った。

「交換殺人って?」

 リジェール様は眉を寄せた。


「自分に容疑がかからないように、繋がりのない者が手を組んで、相手を交換して殺害したんだ」

「クルーガー伯爵とターナー伯爵が、お互いの妻を交換して殺したと言うのか?」

「調べてみる価値はあると思う」

「そう言う可能性があるなら、クリスもを貸してくれるさ」


 もしそれが事実なら、父はキンバリーとパトリシアを迎え入れるために、邪魔な母を殺したことになる。

「大丈夫か? 父親が母親を殺したかも知れないなんて、子供にとってはこれ以上の悲劇はないからな」

「お兄様と同じよ、私、もうあの人を父とは思わない」


「俺の父上は立派な人だぞ」

 リジェール様が唐突に父親自慢した。

「知ってるけど、それがなんだよ」

 ムッとした顔をする兄。

「俺と結婚すれば、アリーの父上になるし」

「気が早すぎだろ」

「そうだな、二年は長すぎる」

「お前、アリーを卒業と同時に攫うつもりか」


 話があらぬ方向に逸れたので、

「ところで、ミランダはどうなったのです」

 私はまたスパッと切って話題を変えた。


「まだ意識は戻らないが、命に別状はない、ただ、やけどの跡は残るだろう」

 あの火の勢いじゃしょうがないのはわかっていた。命が助かっただけでも……、いいえ、傷物になった彼女の将来を考えると複雑だ。


「病院に運ばれたが、ミランダ嬢は放火の容疑で公安警察の監視下に置かれることになった」

「ミランダはこれからどうなるのかしら、私たちみたいに頼りになる親戚もないみたいだし」


 おそらく修道院へ送られることになるだろう。

 普通の幸せはもう望めないけど、あの家にいるよりかは安全だ。

 でも、ミランダがこんな時に私はなにをしているんだろう。リジェール様と想いが通じ合って、浮かれて……。


「お前が今、なにを考えているか当ててみようか」

「えっ?」

「親友がこんな時に、自分だけ幸せ気分でいいのだろうか? 彼女に悪いと思ってるんじゃないか」

 図星だった。兄はいつも私の心をお見通しだ。私ってそんなにわかりやすいのかしら?


「でも考えてごらん、逆の立場ならお前はミランダ嬢の幸せを妬んだりするか?」

「そんなことしないわ」

「そうだろ、ミランダ嬢だって同じじゃないか? お前の友達だろ」


 そうだわ、ミランダは応援してくれていた、私の幸せを喜んでくれるはずだわ。自分に都合のいい考えかも知れないけど、ミランダはそんな優しい子だ。


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