その20
パトリシアの耳に真実が入った。
父に長年騙されていたことを知った今、彼女はどうするのだろう?
どうもしないかな、そもそも兄の言葉を信じないだろう。信じてしまえば私を逆恨みして意地悪し続けていた行動が間違いだったと認めなければならない、そんなことは意地でもしないだろう。
キンバリーは一言も発言しなかったけど、知っていたのだろうか? 知らないはずないわよね。
私はこれからどうなるのだろう、今日のところは引き上げたようだが、父の嘘が暴かれた以上、ホプキンス家からの援助は止められるのが必至。そうなればよけいに私の政略結婚は欠かせなくなる。
リジェール様にも知られてしまった。
客室に戻った私は茫然とソファーに座り込んだ。
「大丈夫、心配するな」
リジェール様は横に座り、私の肩を優しく抱いてくれた。そんなふうにされる資格なんかないのに。
「聞いたでしょ、私はリジェール様の想いを知った上で、縁談が進んでいることを黙ってたんですよ、あなたの気持ちに応えられないとわかっていたのに……」
「俺は嬉しかったよ、君が素直に本心を言ってくれて」
「言うべきじゃありませんでした」
「縁談のことならロニから聞いていたよ、だから君の気持ちを確かめたかったんだ」
「えっ?」
「ロニは俺が君に惹かれていることに気付いていたんだよ。アイツ、色恋にはまったく関心ありません、なんて顔して、他人のことはよく見てる。だから俺に君を託したんだと思う」
「私を……託す?」
そうか! そう言うことなのね。
私はピンときた、腹を括ればいいんだ。
それなら早い方がいいわ。
「わかりました」
私はドアに鍵をかけた。
「心の準備は出来ました」
そして、ベッドに上がって正座した。
寝屋教育はまだ受けていないけど知識としてはある。大丈夫、すべて殿方にお任せすればいいんだ。
「初めては本当に好きな人と、と思っていたんです」
「ちょっとまて、なにか思い違いをしていないか?」
「既成事実を作ってしまえばいいのでしょ、相手は若い生娘をご所望と言うことですから、そうじゃなくなればいいんです」
「君は……」
リジェール様はベッドへ上がってきて、私を抱きしめた。
そしてそのまま、そっと押し倒した。
いきなり始まっちゃうの? 心の準備は出来ていると言っても……やっぱり怖い。
私はギュッと目を閉じた。
リジェール様の唇が頬に触れる。
彼の鼓動も早くなっているのがわかった。
が、突然、身体を起こして私から離れた。
えっ? なぜ? やっぱり、私みたいに色気のない女じゃダメですか?
目を開けるとリジェール様は背を向けていた。
もしかして私臭かったのかしら、だって、さっきまで気を失って眠っていたし、きっと寝汗もかいていただろう。
「ゴメン」
リジェール様はそう言いながら、自分の髪をクシャッとしながら頭を掻いた。
「そうじゃないんだ」
振り返ったリジェール様の顔はほんのり赤く、子供のようでなんとも可愛かった。って、そんなことを思っている場面じゃない。
私、間違った?
そう気付くと、俄かにこの状況が酷く恥ずかしいものに思えて、私は慌てておきあがった。
「俺の父は辺境伯という高い地位にある。それに、国王陛下とは王太子時代からの友人だ。少々無理を言っても法に触れなければ通すことが出来る権力を持っている」
そして困惑する私にはにかんだ笑みを向けた。
「俺が君を強く望めば、先方を脅し…基、交渉して婚約もなかったことにしてくれるさ」
「でも、もう支度金は受け取っているようですし、おそらく手をつけています」
今夜パトリシアが来ていたドレスや新しいアクセサリーもかなり豪華だった。
「イーストウッド家は金持ちだ、賠償金を払えば済むこと」
「そこまでしていただくわけには」
リジェール様は俯いた私の手を取り、優しい笑みを向けてくれた。
「君を手に入れられるなら、父上に頭を下げるくらいどうと言うことはない」
「私なんかのために」
「俺自身のためだよ、それこそ、君の初めてを貰うためでもあるしね」
顔がカッと熱くなった。私、なんてはしたないことを望んだのだろう。勝手に勘違いして、勝手に決意して……。
よく考えれば、紳士のリジェール様がそんなことするはずないじゃない。
完熟トマトのようになっている私の頭にリジェール様は大きな手を乗せた。
「でも嬉しかったよ、危うく理性を失くすとこだった」
その時、ドアがノックされ、続いて、鍵がかかっていることに気付いたようで、ガチャガチャとノブを回しながら、
「なんで鍵がかかってるんだ!」
兄の叫びが聞こえた。
リジェール様が開けると、
「なにしてたんだ!」
殴り掛からんばかりの勢いで責め立てた。
「お父様が来たら嫌だから私が掛けたのよ」
咄嗟に嘘をついた。




