その2
聞こえないふりをして歩き続けようとしたが、小走りに追いついてくる足跡に、逃げられないと観念した。
仕方なく立ち止まると、パトリシアが前に回り込んできた。
「今日も図書館へ行かれますの? 毎日、帰りが遅いから心配しておりますのよ、いったい図書館でなにをなさっているのですか?」
図書館ですることと言えば、本を読む以外になにがあるの? さも心配しているようなふりをして上目遣いに私を見るが、意地悪な煌めきは隠せてないわよ。
なぜ私に絡んでくるのか理解できない。嫌いなら視界に入れないようにすればいい、無視すればいい、私は極力そうしているのに、なぜか人前で絡んでくる。
苛められていると吹聴しているのなら避けるべきなのに……。あっ、そうか、苛められても虐げられても、義姉を心配する健気な少女を演じたいのね。
付き合わされる私は災難でしかない。でも、捕まってしまった以上、この寸劇が終わるまで解放されないのね。
「年頃の令嬢が毎晩遅くまで帰宅しないなんてどうかと思いますわ。学園にお友達はミランダ様以外にいらっしゃらないのに、どこで何をされているのか、まさか夜の街に出られているのではないかとお父様も心配されているのですよ」
いやいや、さっき図書館でなにをしているのかと聞いたばかりなのに、夜の街に変わってるの? それに父が私を気にかけるはずないし。それより帰宅が遅いことを強調しているけど夕食までには帰っているじゃない。馬車の迎えも一応あるし、遊ぶお金などもらっていないのに寄り道できるはずないじゃない。
「悪い噂が立てばお異母姉様の将来に影響しますから、伯爵令嬢に相応しい行動を心掛けられたほうがよろしいのではありませんか」
悪い噂はあなたが流してるんでしょ。今だって、私が夜な夜な街へ出て遊び歩いていると、事実無根の話を印象付けてるし。
終わったかしら? と思ったら、目の前でポロポロと涙を零しだした。そして、どこから湧いて出たのか、取り巻きの男子生徒が囲んで寄り添っていた。
「こんなに心配しているのに、お異母姉様は聞く耳を持ってはくださらないのね」
「酷いじゃないか、パティを泣かせるなんて!」
ウソ泣きにコロッと騙されるバカな男どもは、無表情であさっての方を向いている私の態度が気に入らないのだろう。
「謝れよ」
なにを? 私なにもしてないんですけど。
「パティの美しい心が通じないなんて、やはり噂通りの性悪だな」
それはそちらの方が勝手に言ってるだけで、あなたたちは何も知らないでしょ。
「なんとか言ったらどうなんだ!」
一人の男が私に詰め寄ろうした時、
「アリー!」
私を愛称で呼ぶなんて、誰? と振り向くと、リジェール様が駆け寄っていた。
「こんなところにいたのか、捜したんだぞ」
えっ? なんで? 私はプチパニック、なんでリジェール様が私を?
それはともかく、こんなところを彼に見られるなんて恥ずかしすぎる。
頭が真っ白になり固まってしまった私にかまわずリジェール様は、
「早く行こう、王太子殿下を待たせちゃ悪いから」
牽制するようにパトリシアの取り巻き立ちに鋭い視線を流した。
王太子殿下と聞いては、誰にも止められない。
リジェール様は私の手を取り、
「行こう」
その場から私を連れ去った。
見ていないけど、パトリシアの悔しそうな目が背中に突き刺さった。
* * *
リジェール様に手を引かれて歩く私は、すれ違う人たちに二度見された。なんかヒソヒソ話が聞こえるのは気のせいじゃないと思う。だって、地味な私とキラキラしたリジェール様が手を繋いで歩いているなんて不自然極まりない。
リジェール様は周囲の目など気にする様子もなく、私を引っ張るようにしてズンズン歩き続ける。憧れの君に手を握られているなんて! 早鐘のように打つ心臓の音がリジェール様に聞こえるんじゃないかと心配しながら、私は平静をよそいつつ小走りでついて行った。だって足の長さが違うんだもの、遅れないようにするのに必死、気を許せば転びそうになる。
それに気付かれたのか、リジェール様はハッとして立ち止まり手を放した。
「ゴメン、急に手を握って驚かせたかな、俺はお兄さんの友人で」
そのまま手を握っててくれても良かったんですけど……。
「ええ、存じていますわ、リジェール・イーストウッド様」
「覚えていてくれたんだ」
話をしたのは新入生歓迎パーティの時一度きりだけど、忘れるわけないじゃない。
「君が窮地に陥っているみたいだったから思わず」
「ありがとうございます、助かりました」
「なんだか、物騒な雰囲気だったな、令嬢を取り囲んで脅すなんて問題行動だ」
「いえ、よくあることです、パトリシアがそう仕向けるんですから」
「なんでなにも言い返さないんだ?」
「面倒臭いですから」
リジェール様はクスっと笑みを漏らした。
「俺の妹も少し前までは妙な噂を流されたり、冤罪をかけられたり、けっこう酷いイジメに遭ってたけど、面倒臭いからと放置していたな。だから他人事とは思えないよ」
リジェール様の妹君ドリスメイ様は王太子クリストファ殿下の婚約者、正式に決定するまでは、他の候補者やその取り巻きから、ずいぶん嫌がらせをされていた。
他人事とは思えないって言われても、未来の王妃を決める国家の問題とはレベルが違うわ。私の場合は家族間の問題、意地悪な異母妹の嫌がらせだもの。
「大丈夫です、気にしてませんから」
私は内心むかついていたが努めて平気な顔をした。
「強いな、君は」
リジェール様は私の頭にポンと手を置いた。昔、兄がしたように……。
「君の評判を落とそうとしてるようだけど、彼女、あまり頭は良くないようだ。自分の評判も落としていることには気付いていないのかな? 取り巻きの男子たちには婚約者がいる者もいるから、ご令嬢方には白い目に見られてるよ」
「そうなんですか?」
「ロドニイもあの子には困っているようだ」
兄は家ではなにも言わないからわからない。
そんな話をしながら連れて来られたのは生徒会室だった。