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予知夢?を見た伯爵令嬢は運命に抗い真相を究明する  作者: 弍口 いく


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19/30

その19

 目を開けるとリジェール様の心配そうな顔があった。

「アリー!」


 リジェール様は私を抱きしめた。その手は震えていた。

 また心配をかけてしまった。

 突然、五年前の夢が鮮明に甦った。毒入りワインを口にした母が吐血しながら倒れて事切れる光景が頭の中に浮かび、恐怖のあまり気を失ってしまったのだ。


「お兄様は?」

 早く兄に伝えなければ!

「妬けるな、目が覚めた途端、お兄様だなんて」

 そうじゃない。


「違うの、兄に言わなければならないことがあるの」

 ここがホプキンス家の客室だと言うことはわかった。この前と同じ、ただ付き添ってくれているのはリジェール様だった。


「今、下に君の父上たちが来ているんだ、倒れた君をターナー邸ではなくこちらへ運んだことを、ロニは責められているんだ」

 そんなことよりも、一刻も早く兄に言わなければ! 気絶している場合じゃない! 逸る気持ちで私はベッドから出た。


 尋常じゃない私の行動に戸惑うリジェール様を振り切って、部屋を出た。





 応接室の前まで来ると、父の大きな声がした。

「なぜこちらへ連れてきたんだ! なぜ家に戻さない」


 ドアは少し開いてた。きっと、使用人が立ち聞きしていたのだろうと想像がつくが、私たちが来たのを見て立ち去ったのだろう。


 私はノブに手をかけたが入る勇気が失せた。父の剣幕じゃ、兄と話をする前に有無も言わさず連れ戻される。


「妹の身の安全を考えたからです、パトリシアはアリスンを火のほうへつき飛ばそうとしたんですよ」

「なんだって!」

 伯父の驚きの声。


 やはり夢の通りの行動をパトシリアは取ろうとしたのね。


「嘘です、そんなことしていません」

「俺が止めたからな、父上だって、アリスンを傷物されるは困るんじゃないですか? 高く売れませんからね」

「お前、なにを!」

「ベッカー伯爵はさぞ大金を積んでくれたのでしょう、でも火傷の跡がついたらどう言い訳するんですか」

「お前、なぜ知っているんだ」


「なんだって! ベッカー伯爵と言えば我々より年上じゃないか、そんな男に嫁がせるつもりなのか! 愛人を何人もかこっているのは有名だ、貴様も知っているだろう」

 今度は伯父が激怒する声が響いた。


「アリスンの幸せを考えてのことです、あんな我儘娘には包容力がある年上の男性がいいのですよ、好きなだけ贅沢をさせてやるとおっしゃってますからね」

 それに対して父は冷淡な声。


 それよりも、リジェール様に聞いてほしくない話だった。耳に入れるなら、自分の口からちゃんと伝えたかった。私は逃げ出したかったが、足が動かずに、立ち聞きを続けることになる。


「アリーが我儘ですって? 贅沢ができて幸せになれると言うなら、贅沢好きなパトリシアを嫁がせたらどうです」

 兄の言葉にパトリシアはすかさず食いついた。

「酷いです! お兄様は私が年寄りに嫁げばいいと仰るんですか!」

「ほら、酷いと言ってるじゃありませんか、あなたがアリーにしようとしていることは、酷いことだとパトリシアはちゃんと認識している」


「そんな縁談は認められんぞ」

 憤然とした伯父の声に、開き直った父の声。

「あなたに認めてもらう必要はありません、アリスンは私の娘なのですから、どうしようと私の勝手です」

「なんだと!」


「俺も妹が不幸になる結婚など反対です」

「お兄様はいつもそう、お異母姉ねえ様のことばかり可愛がって、私だってお異母兄にい様と血の繋がった妹なのに!」

 隠している事情を知らないのか、パトリシアは口走った。


「ほう、血が繋がっていると? どういうことだ? パトリシアは親友の娘ではなかったのか?」

 伯父は以前から気付いていたが、親友の娘と言い張っている限り、なんの証拠もないので追及できなかった。それを暴露してくれたのは僥倖だった。


「今、その話は関係ないでしょ、アリスンの事です、年が明けたらすぐに嫁がせる予定に決まっていますから返してもらいますよ」

 父はスルーして無理やり話を戻した。

「まだ学生だぞ」

「あんな地味で器量の悪い娘、この良縁を逃したら嫁ぎ先などありませんよ」


 父の酷い言葉を聞いたリジェール様が、そんなことはないと言わんばかりにギュッと抱きしめてくれた。

 そりゃ、パトリシアほど美人じゃないのは認める。でも縁談が来ないほど不器量でもないと思うんだけど、父にはそう映っているのね。


「それは貴様にとっての良縁だろうが」

「そうとも言えますね、あなたが可愛がっているアリーがいなくなればあなたとの縁も切れますし」

「貴様!」


「ロドニイ、お前も自分の立場をよく考えたほうがいいぞ、パトリシアに婿を取ってターナー伯爵家を継がせることも出来るんだから、パトリシアほど美しければいくらでも条件の良い縁談が望めるからな」


「かまいませんよ、ターナー家に執着はありませんから」

「お前!」

「あなたの血が半分流れていると思うと反吐が出る。どこまで母上とアリーを蔑ろにすれば気が済むんです。母上を騙して結婚してさんざんホプキンス家から金を巻き上げた上に、アリーを売り飛ばそうだなんて」


「お異母兄にい様、なにをおっしゃってるの? 愛し合うお母様とお父様を引き裂いたのは、権力をかさに着て無理やり結婚を迫ったお異母兄様のお母様の方でしょ、お異母兄まで騙されているなんて」


「君は本当に知らなかったのか? 騙されているのは君の方だ。その男は金目当てに俺の母上を騙して結婚したんだ。母上の実家の援助と後ろ盾があってターナー伯爵家は成り立っているんだぞ、その金で愛人と娘の君が養われていたんだ」


「嘘よ!」

「嘘じゃない、ハーヴェイ伯父上の支援金がなければターナー家はとっくに破綻している、そうですよねターナー伯爵」

 兄はもう父上とは呼ばなかった。


「お父様!」

「君たち家族は寄生虫だよ」

「貴様!」

 ガタン! と音がした。想像するに、父は兄に殴り掛かろうとしたが躱されて、テーブルにでもぶつかったのだろう。運動神経のいい兄が中年男に殴られるはずない。逆にやり返したかも。


「お前のような奴は除籍にしてやる!」

「かまいませんよ、あなたのことなどとっくに父だとは思っていませんから」

「そんなことをしたら困るのは貴様じゃないのか? まだ学生のロドニイに伯爵家の執務を押し付けていたのではないのか?」

 すかさず伯父が言った。


「そんなもの、人を雇えば済むことです」

「ロドニイの優秀さを知らんとは……」

「俺の頭脳は母親から受け継いでいますから、顔だけの伯爵には理解できませんよ」


 また、ガタガタと父が暴れている音がした。

 暴れれば今度こそ伯父につまみ出されるだろう。

 私たちは慌ててその場を離れた。


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