その18
パーティ会場に入ったリジェール様と私は、その夜いちばん注目されたかも知れない。侯爵家主催のパーティ、このような公式の場にリジェール様がドリス以外の令嬢をエスコートして出席するのは初めてだったからだ。
婚約者でもない私と出席していいのかは最初に確認した。問題ないと言われたので甘えることにしたが、やはり周囲から驚きの目を向けられた。
先にロドニイ兄様と来ていたパトリシアもバカみたいに口をあんぐり開けてこちらを見ていた。きっと兄はあとで噛みつかれるんだろうな。
ジェイク様とリリーナも私に気付き、一瞬、怪訝な表情を露にしたが、すぐに来客への挨拶スマイルに戻した。きっと、私が余計なことを言わないか気が気ではないだろう。安心して、この雰囲気をぶち壊す度胸はないから。
それよりも、会場に入った時、妙な既視感を覚えたことが気になっていた。こんなパーティに参加するのは初めてだし、ましてやマッソー侯爵邸に来るのも初めてなのに……。
この感覚はなに? と考えていた時、頭の中にあの光景が甦った。
ミランダが燃えている。
そうだ! やはりこの会場だわ!
「どうしたんだ? 顔色が悪いけど」
「いえ、あの」
リジェール様に言ってもわかってもらえない、兄に伝えなければ! と思っているとあちらから来てくれた。兄と言うより、パトリシアが私に文句を言うため突進してきた。
「招待状もなしに、よく来れたわね!」
もうリジェール様がいてもお構いなし、彼に対して猫をかぶっても無駄だと悟ったようだ。
「必要ないよ、アリーは俺のパートナーとして同席しているんだから」
「リジェール様はお異母姉様に騙されていらっしゃるのよ、彼女は」
「やめろパトシリア、場所をわきまえろ」
兄が遮ってくれたが、彼女はきっと政略結婚のことを言うつもりなのだろう。
「主催者の挨拶がはじまる、話はあとでいいだろ」
ちょうど会場の前方で、マッソー公爵夫妻、クルーガー伯爵夫妻、ジェイク様とリリーナが並んで挨拶がはじまろうとしていた。
「お兄様、後じゃダメ、今話したいの」
と私が言った時、会場がどよめいた。
テラスからミランダが現れたからだ。
パーティドレスではない質素な部屋着のままで、ボサボサの髪、落ちくぼんだ目の鬼気迫る形相で蝋燭を手にしている。
なぜここに?! 彼女はクルーガー家で軟禁状態にあるはずなのに。
次の瞬間、ミランダは蝋燭の灯を自分のドレスに落とした。
火は勢いよく燃えあがった。
おそらくドレスに油が染み込ませてあったのだろう。
「キャァァ!」
令嬢の悲鳴、場内は騒然とした。
ああ、起きてしまったのね!
夢と同じ光景が目の前で起きている。でも、覚悟が出来ていた私の身体はすぐに動いた。
テーブルクロスを掴んで引き抜いた。滑り落ちた食器が床で砕ける音を聞きながらミランダの元へ。
リジェール様はそんな私から、素早くテーブルクロスを引っ手繰って、私を押し退けて代わりにミランダに被せた。
そして彼女を押し倒した。
リジェール様の勇敢な行動を見ていた周囲の男性たちも、同じように布を手に、また氷水のボックスを手にして集まった。
ミランダが踊り狂う前に、火は消し止められた。
それでも、一瞬炎に包まれたことには変わりない。
「ミランダ!」
私は倒れている彼女に駆け寄って跪いた。ミランダはグッタリと気を失っていた。
人込みをかき分け、一人の紳士が歩み寄った。
「私は医師です」
ミランダの様子を見てくれた。
「息はある」
「助かるんですよね」
「それはなんとも、すぐに病院へ運ぼう」
彼女が現れた時にわかっていたのに! なぜ、火を点ける前に止められなかったの! 行動するのが遅かった。
私は自分を責めた。止めるためにここへ来たのに!
会場に入った時、ここだとわかったのに!
「なんてことをしたんだ!」
クルーガー伯爵が叫んだ。
横たわるミランダを足蹴にしようとするのを駆け付けたロニ兄様が遮った。
「なにをするんです!」
「娘の晴れ舞台を台無しにするなんて、許せん!!」
「クルーガー伯爵、落ち着いてください」
マッソー侯爵がクルーガー伯爵を止めようと羽交い絞めにした。
その間にミランダは担架に乗せられ運ばれて行った。
私は付き添おうとしたが、
「申し訳ありません、とんでもない事を! ミランダは気が触れているのです、リリーナの幸せを妬んでこんなことを!」
クルーガー伯爵のあまりな言葉に立ち止まった。
「どういうことですの? ミランダは病で起き上がれないのではなかったの」
運ばれていくミランダを見ながらマッソー夫人が険しい口調で言った。
「実は、ミランダの病と言うのは心の病でして、隠していて申し訳ございません、家の恥なのでどうしても言えなくて」
クルーガー伯爵は言い繕う。この人はどこまでミランダを愚弄すれば気がすむの!
堪えきれずに、本当のことを言おうとして向き直った。
そして、クルーガー伯爵の顔を正面から見た私は、落雷に遭ったような衝撃を受けた。
忘れもしないその顔は、夢の中で母のグラスに毒物らしきものを入れた男の顔だった。
全身から力が抜けて、目の前が真っ暗になった。
「アリー!」
私の身体を支えてくれたのはきっとリジェール様だろう。
彼の大きな手を背中に感じながら……。
意識が途切れた。




