その17
迎えに来てくれたリジェール様も私を見て、しばし言葉を失ったようだ。女って化けるものでしょ?
リジェール様の正装も素敵! 眩しくて直視できない。社交界は苦手で、王太子殿下の護衛を兼ねてなど必要最低限の催ししか参加しないと聞いている。そんな彼が私なんかをエスコートしても大丈夫なのだろうかと今更不安にになった。
馬車の中では二人きり、リジェール様はなぜか私の横に座った。心臓の鼓動が激しく打つ。なんか信じられない、ついこの間まで遠くから見ているだけの憧れの人だったに、こうして隣にいることが……。
夢なら覚めないで。
馬車の小さな窓から見える夜空に星が出ていないのが残念、満天の星々の下を走る馬車の中で寄り添う、いや、寄り添ってはいないけど、そうだったらどんなにロマンチックだろう……、なーんて思いながら、のぼせ上がる気持ちを抑えて平静を装っていた。
さっきディアが言ってたことも気になる。リジェール様が以前から私を見ていたって、どういうことなのかしら? 地味で目立たないはずの私を、と考え、ハッと思いついた。
ドリスと似た赤い目をしているから? リジェール様はかなりのシスコンで有名だ。
「見事に変身したね、いや、元が悪かったって意味じゃないよ、普段から可愛いけど、もっと綺麗になったと言うか」
リジェール様が沈黙を破った。
「大丈夫です、普段地味なのは自覚していますから、よく、〝あれがロドニイ様の実の妹?〟って首を傾げられます」
「ドリスと俺も似てないだろ、髪も瞳の色も違うし、アイツは父方の曽祖母の色を受け継いだんだ、なのに妾腹じゃないかとか言われたりして、一時は悩んでたみたいだけど、最近はずいぶん綺麗になったよ、クローディアにアドバイスをもらっているらしい」
「凄いですディアは、私もこんなに大変身させてもらいましたし」
「君ももっと綺麗になれるさ、いや、他の男が放って置かなくなるから、それは困るな」
リジェール様は私の髪に指を絡めた。
「君を見つけたのは俺だから」
「えっ?」
「最初はドリスと同じ赤い目の女の子がいると興味を持ったんだけど」
リジェール様は私の瞳を覗き込む、彼のコバルトブルーの瞳に私が映っているのが見えるくらい近い!
やっぱりそうか……でも、
「いいえ、ドリスの赤は鮮やかな真紅、私のは錆びたような暗い赤ですから、ぜんぜん違いますよ」
「落ち着いた感じで俺は好きだけどな」
「あ、ありがとうございます」
「自惚れじゃなければ君も俺に興味を持ってくれてるだろ? 校舎の窓から俺を見てた」
まさか、バレてたなんて!
私は恥ずかしすぎて俯いた。
「なぜそれに気付いたかと言うと、俺もいつの間にか君を目で追うようになってたからだよ」
さっきディアが言ってたことだ。
「君は意地悪な異母妹に絡まれないように地味で不愛想な子を装っているだろ、でも、ふとした時に仮面が剥がれて見える素顔が、感情豊かで可愛かった」
そんなの、いつの間に見られていたのかしら。
「こんなこと言ったら、どこで覗き見してたのかって気味悪いよな」
「いいえ、でも、恥ずかしいです」
「これからはちゃんと声をかけるよ、もっと君のことを知りたいし」
えーっと、なにを知りたいのかしら?
困惑している私を見てリジェール様は続けた。
「どうやら俺は君のことが好きになってしまったようだ」
「え…………」
私の頭はプシュッとプチ爆発した後、真っ白になった。唇が震えて言葉も出ない、そもそも返す言葉が見つからない。
……夢みたいだ。
でも、私は年が明けたら、無理やり結婚させられる身、リジェール様にこんなふうに言ってもらえる資格はない。
そう思うと、目頭が熱くなった。
最近の私って涙腺が緩くなりすぎている。ダメよ! せっかく綺麗にお化粧してもらったのに、泣いたら崩れてしまうわ。
「こんなところで告白なんてロマンチックじゃないけど、なかなか二人きりになれないから、食事に誘おうにも今君はそれどころじゃなさそうだし」
固まっている私を見て、リジェール様は私が困っていると勘違いしたかも知れない。
「ミランダ嬢が心配で、いっぱいいっぱいなのはわかってる、だからこそ知っておいて欲しかったんだ、俺が少しでも君の支えになりたいと思っていることを」
「もう、なってます」
やっと口が動いた。
「いつもあなたを見ていました、見ているだけで幸せでした」
ダメ! 言ってはいけない! 私はリジェール様の想いに応えることは出来ないのだから! でも、言わずにはいられない。
「ずっとお慕いしていました」
リジェール様はギュッと抱き寄せてくれた。
広い胸に頬を寄せると、心なしか速い心臓の鼓動が聞こえる。
ミランダが独りぼっちで辛い思いをしている時に、私だけこんな幸せに浸っていいはずはない。
ごめんなさい、でも、今だけ、夢を見させてください。




