その16
それからの数日は何事もなく過ぎた。
あれ以来、ミランダに会いに行くことは出来ないが、王家の影が時々様子を見に行ってくれている。ミランダは大人しく部屋にいるようで、特に変わった様子はないと聞かされて少し安心していた。
パトリシアはマッソー侯爵家のパーティにロドニイ兄様がエスコートしてくれると聞いて大喜び、ドレスの仕立てや、装飾品の購入で忙しい日々を送っていた。
そのお金が母の実家から出ていることをパトリシアが知らないことは腹立たしい。
政略結婚の話はまだ父から告げられていない。水面下で話は進められていると考えられるが、ハーヴェイ伯父様に知られないよう、ギリギリまで隠しておくつもりだろう。
パトリシアは年明けには邪魔な私がいなくなると信じているから、もう私にかまうことはやめたようだ。
それに、私には招待状が来なかったことで優越感に浸りきっている。まさか私が出席するなんて夢にも思っていないだろう。だから当日、オニール公爵家にも妨害なく来れた。しかし、会場で顔を合わせたら怒り狂うだろうな。なにせ、リジェール様にエスコートされるのだから。
* * *
「酷い話よね、自分が浮気したくせに、ミランダ様の方から健康を理由に辞退するように強要するなんて……。七年も婚約していた相手に、ジェイク様もよくそんな仕打ちが出来たものだわ」
侍女たちに豪華なドレスを着せられている私を見ながらディアは聞こえよがしにぼやいた。正義感の強い彼女にはジェイク様とリリーナの仕打ちがどうしても許せないのだろう。
「でも、そのツケはいつか回って来ますわよ、少なくとも学園にいる人たちは、口に出さなくても二人の仕打ちを知っているでしょ、ジェイク様が家督を継いだ時、思い出すのよ、ああ、あの男は信用できないって」
おそらく部屋にいる侍女やメイドにも聞かせているのだろう。興味津々で耳を傾けている彼女たちには横のつながりがあるから、噂が広まるのは必至だ。
「クリスなんかはもうすでに信用してないもの、クリスの側近を狙っていたようだけど、あの手の人間は寄せ付けないわ、剣の腕前はイイらしいけど、近衛騎士団にも入れないでしょうね」
ディアのお喋りを聞きながら、私は化粧を施されて磨き上げられていった。
兄たちはもう出発しているだろうか?
兄がパトリシアのエスコートを引き受けたのは、パトリシアを監視するためなのだろう。夢の中で私を炎の中に突き飛ばしたのは彼女だと言ったから、万が一、そんな場面に遭遇した時に阻止するつもりだろう。
そもそも、ミランダが燃えるなんて事態になってほしくない。
でも、夢は細部が曖昧だ。最初から思い出せれば、冒頭で止めることが出来るのだが、彼女がなぜ炎に包まれるよう状況に陥るのか、その部分はわからない。
「ほら、私が言った通りでしょ、自信を持ちなさい、リジェール様の隣に立っても、見劣りしないわね」
大変身を遂げた私を見て、ディアは満足そうに頷いた。
鏡に映る私は別人だった。ロドニイ兄様の妹ですもの、造りは悪くないはずだと自負していたものの、オニール家の侍女たちのテクニックで、ここまで艶やかな美女に大変身を遂げるとは予想外だった。
「ありがとう」
「リジェ様もきっと喜ぶわ、彼、ずいぶん前からあなたに目を付けていたのよ」
「目を付けてたって、私、なにかしたのかしら」
「ごめんなさい、言い方が悪かったわ、あなたを気にしていたのよ、いつもあなたを見つけては目で追っていたの、ほんと、単純でわかりやすいんだから」
「私を見てらしたの?」
「あなたも見てたでしょ、時々目が合ってたんじゃない?」
そう言われると、あの時も……。
「でもなぜ?」
「それは本人から聞きなさい、そろそろお迎えが来る頃よ」
ディアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。




