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予知夢?を見た伯爵令嬢は運命に抗い真相を究明する  作者: 弍口 いく


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14/30

その14

 計画決行は休日の前日、私はイーストウッド辺境伯家のタウンハウスにお泊りすることになった。


 ターナー家から深夜に抜け出して戻るなんて芸当は難しいので、他のご家族が辺境伯領で現在はドリスとリジェール様だけが生活しているイーストウッド邸から出発することになった。もちろん執事や侍女はいるが、少々の奇行は目を瞑ってくれるそうだ。


 〝最近親しくなった王太子の婚約者ドリスメイ様に、是非遊びに来てほしいと呼ばれた〟と言う設定にすれば権力にすこぶる弱い父は反対できない。


 イーストウッド邸にお泊りだなんて、後でパトリシアがうるさいだろうな。自分も未来の王太子妃とお近づきになりたいだろうし、それより、リジェール様と同じ屋根の下で一夜を過ごすのだ、烈火のごとく怒り狂う彼女の姿が目に浮かぶ。


「ロドニイも一緒に泊まるのは不自然だから自宅待機だ、でも俺が付き添うから安心して」

 リジェール様も全面的に協力してくれる。ドリスも来たいとゴネたが、断固却下された。


 クルーガー伯爵邸の近くまで馬車で行き、リジェール様はそこで待機、私は王家の影の手引きで、アッという間にミランダの部屋に侵入させてもらった。





 私はベッドで眠っているミランダを揺り起こした。

「ミランダ」

 目を開けたミランダは、当然ビックリして声を上げそうになったが、私は彼女の口をふさいだ。


 ミランダは目を丸くしながら、

「アリー……これは夢?」

「夢じゃないわ、忍び込んだのよ」

「どうやって?」

「それは秘密」


 ランプに照らし出されたミランダの顔はやつれているように見えたが、暴力の痕跡はなかったので少し安心した。

 ミランダは涙を浮かべながら私に抱きついた。

「もう二度と会えないと思っていたわ」


 私たちはベッドに腰かけて肩を寄せ合い、小声で話をはじめた。

「何度も訪ねたのよ、でも門前払いで会わせてもらえなかった」

「そうだと思ってたわ、余計なことを喋られたら都合が悪いからよ」


「なんでこんなことになってるの?」

「パトリシアからあの話を聞かされた日、早退していったん家に戻ったけど、ジェイクに問いただそうとマッソー侯爵家へ行こうとしたの。でも、私の様子に気付いた義母に止められてしまったの」


「私がバカだった、気付いてないのは私だけだったのよ。父も義母もジェイクとリリーナが付き合っていることをとっくに知っていて、婚約者を挿げ替える計画がすでに進行していたのよ」

「挿げ替えるって」

「もうマッソー侯爵家のほうには私が重い病を患っていると相談していたわ、侯爵夫人の責務を果たせないから婚約を解消したいと、が言っていると……」


 学園での噂通りに事が運んでいるようだ。

「そんな嘘をマッソー侯爵夫妻は信じたの?」

「最初からジェイクもグルなんですもの、息子の言うことは疑わないでしょ。それからは早かったわ、部屋に閉じ込められたまま、あっと言う間に、婚約解消の話が進んだわ」


「酷いわ、婚約を解消するなら他に方法はいくらでもあるでしょ、重病だなんて、そんなことにしたらあなたの将来に傷がつくのに」

「私は異母妹を苛める酷い姉なんですもの、リリーナに夢中でそれを信じているジェイクは言いなりよ」


 確かにそうだった。ジェイク様はすっかりリリーナに騙されている愚か者だ。

「あなたはマッソー侯爵夫妻に気に入られていたわよね、特に夫人には可愛がってもらってたじゃない、本当のことを打ち明ければ」

「もう遅い、みんなの希望通り、侯爵夫妻にも辞退したいと言わざるを得なかったのよ。だから婚約解消は成立したわ。いずれ私は病気療養のために領地へ追いやられるの」


「あなたはそれでいいの?」

「よくなくても、どうしょうもないわ、今は生き延びることを考えているの」

「生き延びるって……」


「おとなしく従うしかなかったのよ、騒ぎ立てたら口封じに毒でも盛られて病死にされかねないから」

 私は慄然とした、そこまでされる可能性があるなんて!


「そんな危険があるなら、早くここから逃げなきゃ!」

「どこへ? それに逃げたらそれこそあの人たちの思う壺、〝ミランダは病気を苦に姿を消した、今頃は自ら命を断っているに違いない〟ってことにされるのが落ち、そして、誰かを雇って殺しに来るわ」

 私は言葉を失った。


「この二週間、いろんな事を考えに考えたのよ、でも手遅れだわ、どうあっても私は排除される、リリーナが嫁いでマッソー侯爵家と縁が結べて後ろ盾が出来れば、クルーガー家の事業も安泰だし、私はもう用無しだもの」

「そんな実の娘なのに」


「父にとって娘はリリーナ一人なのよ」

 その言葉は私に突き刺さった。うちもそうなのだ、父にとってはパトリシアだけが娘で、私は他人なのだ。


「留学されているお兄様は? 知らせれば力になってくれるんじゃない?」

「兄は……この歪な家が嫌になって一人で離れたの、私を見捨てて逃げたのよ、もう三年も音沙汰無し、戻るとしたら父が死んで爵位を継ぐときかしら」


 ロドニイ兄様は私を見捨てない、それだけでも私は恵まれている。


「私は誰からも愛されないのよ。ジェイクだけは愛してくれていると信じていたのに……私の七年はなんだったのかしら」

 ミランダは悲しそうに目を伏せたが、涙は零さなかった。きっともう枯れてしまったのだろう。

 その代わり、私の目から滝のように涙が溢れた。


 私はミランダを抱きしめた。

「私がいるじゃない、私にできることならなんだってやるから」

「ありがとう」


「領地へ行って落ち着いたら、会いに来てくれる?」

「もちろんよ」



   *   *   *



「どうしたんだ!」

 泣いたことがバレバレの顔をして馬車に戻った私を見たリジェール様は驚きの声を上げた。

 こんな顔は見られたくなかったのだが、ここへ戻るほかなかったし。


「まさか、ミランダ嬢は酷い目に遭っていたのか?」

 私はコクッと頷いた。

「じゃあ、通報して彼女を助け出さなきゃ」

「いいえ、違うんです、暴力を受けたのではなく、心を酷く傷つけられたんです、だから通報したところで……」


「そうか」

 向かいに座っていたリジェール様は私の横に移動して肩を抱き寄せた。

 それからイーストウッド邸に着くまで、なにも聞かずに、ただ私を抱き寄せていてくれた。


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