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予知夢?を見た伯爵令嬢は運命に抗い真相を究明する  作者: 弍口 いく


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その11

 ベッカー伯爵って誰? いつの間に縁談が決まったの?

 部屋に戻った私は、寝耳に水の結婚話に、パニックに陥っていた。


 兄は過呼吸気味の私を落ち着かせようと、背中を擦ってくれていた。


「ベッカー伯爵はあの男の借金相手だろう、それを相殺するためにお前を嫁がせると約束したんだろうな」

「私は売られるの?」


「いずれはそんな話が出るだろうとは思っていたけど、まさか学園を中退させてまでとは思っていなかった」

「顔も見たくないほど嫌われていたなんて」

 自分に容姿が似ているパトリシアを可愛がるのはわかる、でも、そこまで父に疎まれていたとは、さすがにショックだ。


「母上に似ているからだろうな、……聡明な母上に抱いていた劣等感、世間知らずのお嬢様を騙した負い目もあるんだろう、お前を見ると思い出すんだ」

「可哀そうなお母様」


「だからと言って、実の娘にする仕打ちじゃない、どうかしてるよあの男は」

「私、そんなところへ嫁がされるくらいなら、逃げるわ」

「どこへ?」

「それは……」

 わかっている、一人じゃどこへも行けない。私も世間知らずのお嬢様なのだ。


「ベッカー伯爵との縁談は俺も初耳だ。ハーヴェイ伯父上に知らせて、先方のことも調べてみるよ、さっき奴らが言ってたように、愛人を何人も囲っているような中年男なら、お前を嫁がせるわけにはいかないからな」


「なんで私ばかりこんな目に遭わされるのかしら、私もお母様も憎まれなければならないことは何一つしていないのに。あの人たちはすべてを嘘で固めて……そんな理不尽がまかり通るなんて!」

 強引に通しているのだ。面倒だからと立ち向かおうとしなかった私にも問題はあったのかも知れない。


「パトリシアは真実を知らないのよ、横恋慕した私たちのお母様が、ホプキンス侯爵家の権力を使って無理やりお父様と結婚して、お父様とキンバリーの仲を引き裂いたと聞かされているようなの、だからお母様の娘である私を憎んでいるのよ」

「そんなことだろうと思ってた。お前に対する当たりの強さは異常だからな」


「自分が幼少期、小さな別宅に隠れて過ごす生活を強いられたのは嫉妬深い私たちのお母様のせい、同じ年に生まれたお父様の娘なのに、自分は肩身の狭い思いをしていたその間、私は贅を尽くして暮らしていたそうよ、本当はパトリシアに与えられるべきものをすべて奪ったんですって」


「よくもまあ、そんな作り話を信じられるものだ、客観的に見ることが出来れば気付くだろ、まあ、子供の頃からの刷り込みじゃ仕方ないか」

「でもお兄様のことは慕っているのよ、そして、お兄様に愛されるべきなのは自分だけだと思っているから余計に私が目障りなのよ」


「俺がアイツを愛することなどない、母上を貶めた愛人に娘だからな。もちろん不義の子だからと彼女に罪はないのはわかっている。でも、嘘を信じているとしても、お前に冤罪を被せて嫌がらせをする理由にはならないだろ」


 パトリシアが兄を慕っているのは確かだ、そんな兄に彼女の悪口をぶちまけてしまったことに少々胸が痛んだ。もちろん察しのいい兄は、私が言わなくてもすべてお見通しだっただろうけど、告げ口したような罪悪感は否めない。


「可哀そうな子だと思う、実の両親に……おそらくキンバリーも口裏を合わせているでしょ、嘘をつかれて心を歪められてしまって、ある意味彼女も犠牲者なのかも知れないわね」


「お前は甘すぎる、この先もどんな仕打ちが待っているかわからないんだぞ、もっと警戒心を持たなきゃダメだ」

「それはわかっているつもりよ、彼女と和解できるとは思っていないし、姉妹になれるとは思っていないわ、パトリシアは私だけじゃなく、ミランダまで傷つけたんだもの」


「ああ、リジェから聞いたよ、心配してた」

私だけならまだしも、ミランダにまで八つ当たりして、ジェイク様の浮気を酷い言い方で暴露してしまったのだった。


「うちのことはともかく、ミランダのお母様も同じように、リリーナの母親から父親を奪ったから、ジェイク様を取られても仕方ない、報いを受けただなんて酷いことを」

「クルーガー家と我ターナー家は似てるからな、向こうも最初から愛人を囲っていたんだろ」

「そうよ、そしてミランダのお母様の支度金で事業を軌道に乗せたらしいわ」


「そして、お母上が亡くなったのは五年前」

 ほんとに家庭事情が酷似している。

 でも、幸い私には愛する婚約者がいなかったし裏切られることもない。もしいれば、パトリシアは全力で奪い取ろうとしたに違いない。

 ミランダは今頃どうしているのだろう、私には寄り添ってくれる兄がいるけど、ミランダにはいない。今、彼女は独りぼっちなのだ、それを考えると胸が痛む。


「お兄様……」

 私はミランダに悪いと思いながらも、つい兄に甘えてしまった。

「なにも心配するな、縁談のことも年明けまでにはまだ日がある、俺がなんとかするから」

 兄は私をギュッと抱きしめてくれた。





 そうは言っても、兄もまだ学生だ、当主の決めたことを覆す力は無い。

 規則正しく時を刻む時計の音がやけに大きく響いていたが、永遠に夜は明けない気がした、いやそのほうがいい。


 しかしいつものように朝は来た。

 それも私の心と同じ、土砂降りの朝が……。


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