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予知夢?を見た伯爵令嬢は運命に抗い真相を究明する  作者: 弍口 いく


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その1

 燃え盛る炎の塊。

 私の目の前を躍るようにクルクル回りながら右へ左へ移動している。

 そこはパーティ会場のようで、着飾った人々が恐怖に満ちた目で炎の塊を見ていた。


 それは燃える人?

 なぜ人が燃えているのだろう? パーティの余興ではなさそうだし……。

 私は怯えながらも目を凝らした。


 燃える人がこちらを向いた時、炎の中に浮かび上がった顔は……。

 ミランダ!!

 親友だった。

 助けなきゃ! 火を消さなきゃ! でも、どうやって? 火の勢いが強くて近付けない。


 その時、ドン! と誰かが私の背中を強く押した。


 突き飛ばされた私は、火達磨になっているミランダの元へ倒れ込んだ。

 たちまち私のドレスにも火が燃え移る。

 ミランダが焼け爛れた顔を私に向けた。

 切ない瞳でなにか言いたげに口をパクパクしながら崩れ落ちた。


 私の足元に倒れるミランダ。

 そして燃え移った炎に包まれている私。

 熱い! 熱い! 熱い!


 耐え難い苦痛に正気を失いかけた時、ロドニイ兄様が叫びながらこちらへ向かってくるのが見えた。

 ダメ! お兄様まで巻き沿いになる。


 来ないで! 私はもう……。

 私は兄から逃げるようにバルコニーへ出た。


 足元がふらつき、手すりに縋りついた。

 しかし、勢いまって手すりを乗り越え、真っ逆さまに。


 最期に見たのは、落ちて行く私に手を伸ばす兄の、悲痛に歪む顔だった。





 頬杖が外れてカクン!となり、私は顔を上げた。

 そこで悪夢から醒めたのだ。

 恐ろしい夢に、冷たい汗がこめかみを伝うのを感じながら周囲を見渡した。大丈夫、寝言は言ってなかったようだ、誰もこちらを見ていないわ。


 現在は退屈極まりない歴史の授業中、図書館通いが日課の読書好な私は、我がルルーシュ王国の歴史なんかすでにしっかり頭に入っている。真面目に授業を受ける気にもなれずボーっとしている間に居眠りしてしまったようだ。


 私こと、アリスン・ターナーは十六歳の伯爵令嬢。ブルネットの髪に臙脂えんじ色の瞳、顔はまあ悪くはないと思うのよ、ちゃんとお手入れしてお化粧すればそこそこのレベルだと思うの、でも訳あって地味でいることに徹している。


 貴族の子女が多く通うこの王立学園に入学して早八ヶ月、目立たず誰の目にも止まらずひっそりと過ごしてきた。


 それが功を奏してか、教師にとっても空気のような存在で、机に頬杖をつくなどと淑女らしからぬ態度で居眠りしていても気付かれない透明人間だ。窓際の後ろから二番目の席にいる私がなにをしていようと、誰も気にも留めていないだろう。


 私は太陽の輝きに誘われて、ふと外を見た。

 青空が広がっているその下、男子生徒が剣術の授業をしているのが見えた。

 剣を構えているのは……。


 あれはもしかして!

 私は思わず身を乗り出しそうになった。


 リジェール様じゃないの!

 長い手足にしなやかな身のこなし、輝くハニーブロンドが動くたびにサラサラと揺れて、端正な顔に煌めく汗が清々しい。

 たちまち、先ほど見た悪夢はどこかへ吹っ飛んだ。


 イーストウッド辺境伯の三男、リジェール様は一歳年上の二年生、成績優秀な上、剣術も学年で一、二を争う腕前だ。王太子クリストファ殿下とはいつも行動を共にする親しい間柄で、見目麗しい王太子殿下と並んでも見劣りしない美丈夫だ。それゆえ常に注目され、女子生徒憧れの的である。


 きっと彼はあたしのことなどとっくに忘れているだろう。こうやって授業もそっちのけで二階の窓からこっそり覗き見ているなんて知る由もないだろう。


 私がリジェール様と初めて会ったのは、入学して間もなくの新入生歓迎パーティだった。リジェール様は兄のロドニイと同じクラスで友人だったことから、一応、妹である私は紹介された。涼しげなコバルトブルーの瞳に魅了されて、一目で恋に落ちた。


 その日からリジェール様は私の太陽になった。


 以来ずっと片想い、親友のミランダにさえ打ち明けていない密かな恋だった。


 その時、彼がこちらを見上げたような気がした。

 キャッ! と思わず声をあげそうになる。そして頬が熱くなるのを感じながら、誰かに気付かれてやしないかと周囲を窺った。


 誰にも言えない、恋の相手がリジェール様だなんて……、私とはあまりに違いすぎるから。

 輝く笑顔は私には眩しすぎる。遠くから見つめるのが精一杯、近付くことなんて出来やしない。


 昔、むかーし、水の妖精は太陽の神に恋をした。

 水の妖精は九日間、土の上に立ち尽くして太陽の神の行方を見つめた。

 そうしているうちに足に根が生えて向日葵に……。


 夏は過ぎ、向日葵はもう枯れてしまったけど、そんな神話を思い出して、ノートに走り書きした。ついでに挿絵なんかも……こんな調子だから私のノートは落書きだらけ。


 ああ、私も水の妖精のように恋する人だけを見つめていられたらどんなに幸せだろう。他のことは何も考えず、ただ、見つめていられたら……。


 そんなことを考えているうち、麗らかな日差しが心地よくなり、また眠気が襲ってくる。





 ハッと気づくと、ミランダが呆れ顔で私を見下ろしていた。

「存在感がないって、ある意味得だわね、あんなに堂々と居眠りしていたのに気付かれないなんて」

 またウトウトしかけている間に授業は終わっていた。


 ミランダは入学時から親しくしている友人の伯爵令嬢。茶色の髪と瞳で、優しい笑顔のおっとりした少女。趣味が読書で意気投合し、自然と一緒にいることが多くなった。


「なんか苦しそうな顔をしていたけど、悪夢でもみたの?」

 ミランダには居眠りに気付かれていたようだ。でも親しい友人とは言え、生きたまま炎に包まれている夢を見たなんてことは言えずに、

「覚えてない、夢って目が覚めた途端忘れちゃうでしょ」

「それもそうね」


 ミランダと私の境遇は驚くくらい似ていた。

 中流の伯爵令嬢、母親が五年前、十一歳の時に亡くなり、程なく愛人が私たちと同い年の異母妹と共に、後妻として迎え入れられた。


 我家の場合、建前上、後妻のキンバリーは未亡人で、パトリシアは連れ子と言うことになっているが、キンバリーと父の間に生まれた娘に間違いない。

 異母妹のパトリシアは、プラチナブロンドにエメラルドの瞳の美少女。父によく似ていることもあり、父は先妻似の私より、あからさまにパトリシアを溺愛していた。


 ミランダの異母妹リリーナも、黄金を溶かしたような巻き毛にアイスブルーの瞳のたいそうな美少女である。

 愛人の娘が美人なのは当然のこと、妻のいる男を虜にした美女の娘なのだから母親の美しさを受け継いでいるのだ。そして他人の物を欲しがる欲深い性格も。


 二人とも同じ学園に通っているが、身分の高い先妻の娘に虐げられている可哀そうな後妻の娘、と言う触れ込みで同情を買い、男子生徒にちやほやされている。

 当然、意地悪な先妻の娘、私とミランダに向けられる男子生徒の視線は冷ややかだった。


 私にはロドニイ兄様がいる手前、キンバリーもあからさまに私を虐げたりはしないが、ミランダの方はお兄様のライアン様が他国へ留学していて不在なので、後妻と異母妹リリーナから嫌がらせを受けていた。もちろん父親は見て見ぬふりだ。


 それでも、ミランダには侯爵令息のジェイク・マッソーと言う婚約者がおり、マッソー侯爵家の家族には大切にされていたので、卒業して嫁ぐまでの辛抱と耐えていた。


 放課後、完全下校時間まで図書館で過ごすのが二人の日課となっている。理由は、居心地の悪い家に帰りたくないから。


 しかし、今日は、

「来月ジェイクの誕生日だから、プレゼントを注文しに行くの、ごめんなさいね」

「謝ることじゃないわよ、素敵なプレゼントを選んであげて」

「ええ」

 ミランダは穏やかに微笑んだ。


 あんなに幸せそうなミランダが炎に包まれる事故が起きるなんて、あってはならない。そうよ、今辛い目に遭っている分、彼女には幸せになってもらいたい。


 そんなことを思いながら、私は一人で図書館へ向かった。すると、

「あら、お義姉様じゃありませんか」

 聞きたくない声が後ろからした。


数ある作品の中から見つけてお読みいただきありがとうございます。

『霊感令嬢はゴーストの導きで真相を究明する』のスピンオフです。物語は全くの別物ですが、前作も読んでみて頂ければ嬉しいです。

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