またいつか一緒に
「インシャ」
「なんだい、バル」
黒く重い雲が垂れ込む空と、戦いの果てに枠組みくらいしか残っていない瓦礫跡。少しだけ空いた床に座る影。長く黒い髪を垂らしながら、膝に乗せた頭をゆったりと撫でる。膝にある頭は丸く、撫でやすい。
「今、空は晴れているかい」
「ああ、僕はもう正気に戻っているからね」
「そうか、そうだよな」
血に濡れ、もう開きもしない瞼の中は伽藍洞だ。光どころか、何も見えやしない。だが、頭を撫でる手が誰かはわかる。懐かしくて、大好きな大きな手。今は少し形が違うようだけれど。
「バル」
「なんだい、インシャ」
「いっそ、世界を真っ新にしてしまおうか」
「ははっ、それもいいかもしれないな」
そんな馬鹿げたことが、二人でならばきっとできてしまう。
「気が付いているんだろ」
「まあな」
勇者と魔王の関係。永遠と続く、光と影。
きっとよくある話なのだろう。人は欲深いものだ。今回は私たちの番だっただけ。
「終わりにしよう、僕たちで」
「疲れてしまったかい」
「君に、こんな思いをさせたくないんだ」
「相変わらず、優しいことだ」
そう、優しい、ただの幼馴染。ずっとそうあるはずだった。
欲の為に奪われ消えた日々は戻らない。
「そうだな、やってしまおうか」
その時が早まるだけだ。私も、もう随分と疲れてしまった。
「ふふ、嬉しいな」
「何がだ?」
「バルと一緒に逝ける」
「ああ、私も嬉しい」
もう見えないが、記憶の中と同じ顔で笑っているのだろう。そうであってほしい。
顔にかかる髪をたどって、頬に触れる。ピクリと跳ねた肩、けれどすぐにすり寄ってくる頬は今や人のそれではなく冷たい。それでも、インシャであることは変わらない。愛しさに、ゆるゆると撫でる。
「いつか、もし一緒に生まれ変われたら」
「ああ」
「また一緒に笑えるかな」
「もちろん、ずっと、ずっと一緒に」
「インシャ、」
「バル、」
「「愛してる」」
合わさる額には既にお互いの熱はない。
光が溢れ、収束、爆発し膨れ上がった黒い靄に世界は覆われ、朽ちて跡形もなく溶けてゆく。物も、人も、動物も何もかも。
しかしその中心には、幸せそうに寄り添う小さな花が二輪。風に揺れていた。