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死にそうなんじゃない?

 そこにいたのは紛れもなくアーサーだった。


「帰ったんじゃ……」

「そのつもりだったけど、少しこの辺りを散歩しようかと思ってフラフラしていたんだよ」


 ……というのは嘘で、本当は私を殺すために動向を見ていたっていうのがオチよね。ああ、転生していなかったら、アーサーの言葉も素直に受け取れたのに。


「リディア、だめ?」


 しかも、こてんと首を傾げるその姿は、毛並みがツヤツヤな可愛らしい大型犬にしか見えない。気付けば頷いていたらしく「よかった」とアーサーは微笑んだ。


 ……策士としか言いようがない。自分の笑みが武器になるとわかっている人だ。


「それで、何をすれば勝負がつくのかな?」

「ええと、私に勝てば……?」


 ってことだよね?


 そもそも私のお遊びでここにいる人たちを付き合わせてしまっているということが今になって申し訳なさすぎる。


「リディアに? それは難しいな」


 アーサーは顎に手を当てる。


「だってリディアは女の子だろう? 剣を向けることさえ難しいんだけど」


 そ、そっち……!?


 周囲も唖然としている。それもそうだ。今の今まで散々盛り上がっていたのだから。


「た、確かにそうだよな……俺はリディア様になんてことを」

「いっそ死刑にしてくれ……!!」


 だからどうしてそんなことになるの!


「まぜてほしいとは言ったけど、さすがに遠慮しておこうかな」


 アーサーはにこりとする。でも、そのほうが助かる。これからアーサーと剣を交えるとなれば、命はなかったかもしれない。うっかり殺されていた場合もある──あれ、でも「好きになって」と言われてなかった?


 小説のアーサーは私を殺すために近づいていたけど、私に殺す意思はないとわかってはくれたはず。それなら、殺される必要はないと思うけど。


「リディア、よかったらお茶しない? 美味しい茶葉が手に入ったんだ」

「あ、ええ。もちろん」


 ここは話を合わせておこう。



「それでアーサー。どうしてこんなことに……?」


 なぜか、ソファーに並んで座っている。しかもぴったりと距離を詰めて。


「恋人同士ならこれぐらい普通かと思って」

「恋人!?」

「あれ、違った? てっきりリディアは俺を受け入れてくれたんだと思ってたけど」

「いやいや、あの……さすがに」

「そっか。それは残念だ。でも、時間はあるわけだし、時間がかかっても振り向いてもらいたいな」


 すっかりアーサーのペースに乗せられてしまっている。身分を偽って私の前にいるけれど、本当は侯爵という立場なのだから忙しいはずなのに。

いや、敵の心配をしてどうするのよ。何かいい作戦を考えないといけないのに。


「……ねえ、リディア。騎士団を辞めるという話は本当なの?」

「へ? ああ、うん。本当だけど」

「辞めたあとは? どうするつもり?」

「うーん、あまり深くは考えてなくて。ただ騎士として生きる人生からは離れたいなって」


 そしてアーサーには幸せな未来を生きてほしい。


 今のところ、騎士を辞める以外に方法はなさそうだけど、周りの人たちのことを考えるとすんなりと辞められると思わない。


「……じゃあ、やっぱり女の幸せをとったほうがいいわけか」

「え?」

「ううん、なんでもない。それより驚いたよ、リディアが本気で騎士を辞めたいと思ってるなんて」


 そうしないとあなたに殺されてしまうんです、とは言えない。


「まあ、そうよね。でも本気なのはわかってほしくて」

「もちろん信じてるよ、リディアの言葉は。でもよければ理由を聞かせてもらってもいい?」

「理由は……」


 これも言えない。


「……私が騎士を辞めることで、幸せになる人がきっとたくさんいると思うから」


 騎士になるよう育てられたリディアも不憫だったとは思う。一度は「お嫁さん」という可愛らしい夢を抱いたこともあったのだ。けれどたとえ冗談めかしても口にできるような環境でもなく、結果的に最強の女騎士だなんて呼ばれるようになって。


 私の答えが意外だったのか、アーサーは驚いたような顔をしていた。


「幸せ……それが理由?」

「ざっくり言ってしまったらそんなところだと思う」

「……そう」


 よほど意外だったのか、それとも何かを考えているのか、アーサーは一人黙ってしまった。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。


「……アーサーはどうして騎士になったの?」


 小説に出てくるアーサーの過去には触れられていなかった。だからなぜ騎士になったのかはわからないままだ。まさか本人に聞ける日がくるなんて思いもしなかったけど。


「……会うべく人に会うため、かな」

「会うべく人?」

「騎士になって会わないといけない人がいたんだよ」


***


「まさかその相手が自分だなんて、あの女は思わないだろうなァ」


 耳をつんざくような笑い方でガブリアスが床を叩いていた。立ち上がれないほどに、面白い話らしい。


「いやァ、兄様の思惑を知ったら、今のあいつなら失神するだろうね。なんたって腰抜けになっちまったんだろう? 剣捌きだって鈍っていたそうじゃないか」


 こいつはどこまで監視しているのか、リディアの百人斬りの情報もすでに収集している。けれど、鈍っていたというよりも、どこか違和感を抱いた。それがなんなのか今でもわからないままでいる。


「あの女、今頃のほほんと考えてるはずだぜ? もしかしてアーサーは本当に私のことが好きなの!?って。ぎゃはは、んなワケねえのになァ」

「ガブリアス」


 睨めば、へいへいと肩を竦めながら義弟は黙った。かと思えば、「でもさあ」とすぐに口を開く。


「結婚なんてまどろっこしいことしないでさっさと殺したほうがいいって。兄さまがあの女の心の底から憎んでいるのは変わらないんだから」

「……」

「指図するなって言いたいんだな! 兄さまの考えてることはなんでもお見通しだ」


 この男は、嫌なことを思い出させる才でもあるのか。こいつといるとイライラしかしない。

 

 蓋をしてきた過去が、ふいにせりあがってきそうになり、無理に抑え込む。


 騒ぐことしか能がないガブリアスだが、それでも真実だ。結婚がまどろっこしいことも全てはわかっている。それでも作戦を実行しないわけにはいかない。幸いにも、俺は仕事としてリディアを殺すことができる。

 真っ当な理由があるだけで、いくらか罪悪感は消える。


「なァ、兄さま。俺にも構ってくれよ~~~」

「お前は暇で暇で仕方がないみたいだな」

「そんなことないよ。兄様の役に立ちたくてほかの仕事を放り出してるだけ。兄様があの忌まわしい女騎士を殺すなんて知ってしまったら、そりゃあ手伝わないわけにはいかないだろ?」

「手伝えなんて言った覚えはない」


 たまたま俺の計画に気づいただけ。今のところ外部に漏らしていないみたいだが、この男の口の軽さを考えれば時間の問題だろう。


「それにしても騎士を辞めるっていうのは、兄さまの気を引きたいだけなんじゃないのか? 俺はどうしてもそれが信じられないんだけど」

「……本当だろうな」


 そして、その理由としてあげた自分が騎士をやめることでたくさんの人が幸せになるという言葉も嘘ではなかったはずだ。


「……本当に、誰なんだ、あれは」

「兄様、あ、間違えた、閣下。どうしたの?」

「言っておくが、どちらの呼び方もお前に許した覚えはない」

「うええ、いいじゃないか。減るもんじゃないし。むしろ褒めてほしいぐらいだよ」


 ガブリアスは得意気に微笑んだ。なんだか嫌な予感がする。


「なんたって、あの女は今ごろ困ってる……いや、死にそうな思いをしてるはずだから」


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