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残されていく熱

「リディア、探したよ。まさかここにいたなんて!」


 翌日、とびきりの笑顔で現れたのはオスカーだった。

そして、今私がいる場所を知り驚いている。


「今回は怪我が酷いから稽古はしばらく休むと思っていたのに」

「私も気づいたらここにいて……」


 身体は覚えているのか、起きて真っ先に向かったのは剣の稽古場だった。エヴァンズ家の敷地内にある稽古場は、王国内でも屈指の広さを誇っている。


 もともと名門の騎士の家柄であるから、祖父の代から改築が重ねられ、最上級の設備が整えられていることは知ってたけど。


 ……まさかここまで広いなんて。

中央には広々とした訓練場があり、土ではなく特殊な石材が敷き詰められ、雨の日でもぬかるむことがない。


 四方には木製の練習用の剣や、実戦用の鋼の剣がずらりと並んだ武器棚があり、用途に応じて選べるようになっている。


 この場所は、リディアにとって特別な場所だった──らしい。ここを訪れたとき、まず最初に「懐かしい」が自然と出ていた。


「やっぱりリディアは根っからの剣士だねえ。そういうとこも萌えるよ、萌える。試しに僕を斬ってみてくれないかな?」

「は?」

「リディアに斬ってもらえるなんてご褒美だからね。前は喜んで引き受けてくれたじゃないか」


 喜んで……!?


 人を斬ることに躊躇いのない騎士であったとしても、冗談めかしてそんなことを言われたら普通は怒るはず。でも、目の前のオスカーはまるで懐かしむような表情を浮かべ、心底楽しそうに笑っている。


「忘れちゃった? よくリディアに『稽古をつけてくれ』って頼んだよね。そのたびに、君は全力で僕を叩きのめしてくれた。痛かったなぁ。それが嬉しくてたまらなかったんだ」


 記憶にないということは、ここも小説では描かれていない箇所なのだろう。そもそも、私は剣を振るうことすら躊躇っているのに。


「ねえ、試してみようよ。今のリディアに、僕を斬れるかどうか」


 オスカーは自らの胸を叩きながら、悪戯っぽい笑みを浮かべる。どこからどう見ても、本気としか思えないところが恐ろしい。


「さあさあ早く」


 オスカーが踏み込んできて、思わず後ずさる。

 けれど、ここで不審な行動を取るのは避けたい。オスカーはにこにことはしているものの、何を考えているのか読めないところがある。


「私は──」

「リディア」


 穏やかな声が聞こえてはっとする。アーサー──いや、ロレンスがそこに立っていた。オスカーは怪訝そうに目を細める。


「リディア、こいつ誰なの?」


 それもそうだ。いきなり現れた美形男子に悪態をつきたくなる気持ちもわからなくはない。オスカーも顔はそれなりに整っているほうだけど、それでもアーサーを前にしてしまうと霞んでしまう。


「ロレンス、リディアの友人だ」


 そんな態度を取られてもアーサーはまるで気にしない素振りを見せ、しかも余裕さえ感じられる。オスカーの癇に障ったのだろう。彼は舌打ちし、腕を組む。


「友人ねえ。ずいぶん上等な服を着た友人じゃないか」


 オスカーの視線がアーサーの装いを舐めるように見つめる。彼の着ている深紅の刺繍入りの上着や、細かい細工が施されたブーツは、明らかに一般庶民のものではない。


「どこぞの貴族だ? リディア、こいつに騙されているんじゃないか?」


 確かに私も転生してくる立場じゃなかったら本気で疑ってたかも。アーサーが自分に好意を持ってくるなんて普通は考えられない。それでもリディアという女性に惹かれるのはわかる。


 ……そう、本物のリディアに。


 オスカーの棘のある言葉にもアーサーは微笑を崩さず、一歩前へ出る。その動きすら洗練されており、貴族特有の無駄のない優雅さを感じさせた。


「心外だな。騙すなんて、とんでもない」

「へえ? 悪いけど、リディアの友人は俺ひとりで十分なんだ」

「友人? お前が?」


 はっ、と笑ったアーサーに、オスカーが青筋を浮かべた。どう考えてもご立腹だ。空気が悪すぎる……!


「あ、ええと、ロレンス。今日はどうしてここに?」

「ああ、そうだった。リディアに考え直してもらえないかと思って」

「考え直す?」

「騎士団を辞めるということを」


 なんてことはない顔で口にしたそれに、私よりも素早く反応したのはオスカーだった。


「はっ!? なんだ、なんの話!? リディア、今こいつはなんて言ったんだ?」

「いや、あの、これにはいろいろと事情があって……」

「リディアが騎士団を辞める……? そんなこと、リディアのお父様が絶対に許すはずがないだろう。そんなことはリディアもわかっているんじゃないのか?」


 ……そうだった。忘れていたけど、娘を誰よりも立派な騎士として育てあげたのはほかでもリディアの父親だ。騎士として生きていくことだけをモットーとして、それは娘のリディアも例外じゃなかった。


「……お父様にはもちろん話はするつもりで」

「話をするって……それじゃあリディア、本気で騎士団を辞めるのか?」

「騎士団というか……騎士を?」


 素直に打ち明けると、オスカーはわなわなと震えはじめた。嘘だ、と小さくこぼしたかと思うと、いきなりカッと目を見開いてアーサーの胸ぐらを掴んだ。


「貴様だな? 貴様のせいでリディアがおかしくなったんだ!」

「えっ、ちょっとオスカー!?」

「寝ても覚めても剣のことしか考えられないあのリディアが騎士を辞める? そんなことを言い出すなんて、天地がひっくり返ってもありえないはずだ!」


 そんなに……?


 いや、そうかもしれない。リディアの剣好きは周囲がドン引きするほどだった。アーサーは片眉を上げて、わざと挑発するような笑みを浮かべる。


「仮に俺が原因だとしたら、お前は悔しくないのか? リディアを変えたということに」

「……貴様っ!」

「ス、ストーップ! 落ち着いて、お願いだから落ち着いて! ね?」


 このままじゃ決闘が始まりそうだ。アーサーは問題ないにしても、オスカーは剣を握ったことさえない。ここはあくまでも穏便に済ませてもらうしかない。


「とりあえず解散しましょう。お腹が空いたし、二人だってずっとここにいるわけにもいかないでしょう?」


 そう聞くと、まず反応したのはアーサーだった。


「そうだね、また日を改めることにするよ」

「あ、改めるな! 二度と俺とリディアの前に現れるんじゃない!」


 オスカーの声が聞こえていないのか、アーサーは私に一歩近づくと、そっと首筋をなでた。


「またね、リディア」


 昨夜残した熱を、再び思い出させるような手つきで、アーサーはじっと私を見つめていた。

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