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水面下に潜む思惑

「……ロレンス、なんだか聞き間違いをしたような?」


 思考が混乱し、まるで霧がかかったようにぼやける。心臓の鼓動が妙に耳に響く。


「今、結婚と?」


 信じられない言葉を、自分の口で繰り返した。アーサーは至極まっすぐな瞳で私を見つめ、口元にわずかな微笑を浮かべながら、当然のように言った。


「ああ、結婚だ。俺と結婚して」


 瞬間、脳内に雷が落ちたような衝撃が走る。


 なぜ、そうなる……?


どうして結婚するという話になるの?


 さすがに冗談だと思うけれど、その割にはずいぶんと真剣すぎるし、策略にしてはあまりにも無防備だ。


「リディアは俺のことが嫌い?」

「え、いや……嫌いとかそういう問題では」

「じゃあ問題はないか」

「いやいや!? 問題はたくさんで……!」


 なんでそんな話になってるの?



「よく考えて」と言ってアーサーは去って行った。


 混乱している私を置き去りにして。どう考えても、敵に見せるような笑みではなかった。


「リディアお嬢様」


 屋敷に戻ると、ばあやが廊下で待っていた。


「おかえりなさいませ。今日はずいぶんと長く磨いていらっしゃったのですね」

「えっ、そうなの?」

「大事な剣ですし、準備としては万全な心意気かと思われますよ」

「準備?」


 ばあやは嬉しそうに頬を緩める。


「国王からお呼び出しがございました。三日後の午後、宮殿に来るようにとのお達しです」


 ……うそ。こんなにも早かった?


 小説ではもう少し時間があるように思えたけど。もしかして騎士団を辞めるという選択肢を取ろうとしているから、展開を変えてしまったとか……?


 いや、それはあるかもしれない。だってアーサーから結婚の申し込みをされるようなシーンなんてどこにもなかったはずだ。

 読者としてはアーサーとくっついてほしいと思ってはいたけど、それでも結局この二人は最後まで戦い続けることになるし、永遠のライバルでもあった。


 その二人が結婚ルートなんて、やっぱりあり得なかったはずで、私が転生してしまったことで小説の未来を変えている可能性は大いにある。ある、けど。


「……でも、これでいいのでは?」

「リディアお嬢様?」

「あ、ううん。なんでもない」


 私の行動次第で未来が変わることが証明されたってことだよね。それならやっぱり、アーサーを殺さないという未来も作れるわけで。


 ……なんて、結果的に私はそのアーサーに殺されてしまうのだけど。


『──結婚しよう』


 ふと、アーサーの言葉を思い出す。意識しないようにしてはいても、やっぱり主人公のと同じように推していた人からプロポーズされるのは夢のような時間だった。


 あの顔とあの実力──そして時折見せる影のある笑い方。読者としてときめいてはいた。

叶うなら、アーサーと結婚するという未来もあるのかもしれない……なんて、何考えてるの!


 アーサーと結婚できるのは、本物のリディアだから許されることで、転生した私が結婚していいわけないでしょ!


「……それにしても、アーサーってあんなにかっこよかったんだ」


***


「今日は長い時間楽しんでたみたいだな、閣下」


 馬車が揺れる中、愉快そうに笑っているのは、腹違いの弟であるガブリアスだ。


 とにかく問題行動が多く、見かねた父親が俺に世話役を押し付けてきた。最初こそは構ってやったが、目も当てられないほどの自由奔放さで放置していたら、なぜかくっついてくるようになった。


 腕を組み、考え込むように視線を窓の外へ向けた。

ガブリアスの笑い声がやかましいほど響くが、それを意に介さず、遠ざかるエヴァンズ家の屋敷を見つめる。


「あれは誰だ?」

「んあ? なんだよ閣下」

「……なぜお前まで迎えに来る必要があった」

「うう、怖い怖い。閣下はどうして俺に優しくしてくれないんだ? わざわざ仕事を抜け出して会いに来たっていうのに。あれか、あの女騎士とうまくいかなくて閣下はカッカしてるってか?」


 ぎゃははと腹を抱えて笑い出すガブリアスを横目に窓の外を見つめる。


「なあ、俺にも紹介してくれよ~例の女ぁ。閣下ばかりいい思いをしてるのは許せないぞ」

「お前にはいくらでも女がいるだろ」

「いるけど、どいつもこいつも面白くないんだ。一発殴っただけで動物みたいに鳴いてさ。その点、騎士の女には興味がある。なんたって、あの閣下の兄さんが惚れこんでるんだから」

「惚れこんでる、ねえ」


 ふっと笑ってしまいそうになる。確かにいい意味で捉えればそうだろう。


「騎士をやめると言い出した」

「へ? 嘘だろ? 命よりも戦いが好きで、剣をおかずにメシを食うような奴が? まさか、ないない。ありえないっしょ」

「いいや、あの目は本気だ」


 剣を握らないとまで言ったあの女。彼女の鋭い瞳、戦いの場で見せる孤高の姿。血塗られた戦場に立ちながらも、どこか誇り高く、美しくさえあった女騎士。

王の命で彼女を討てと言われたとき、それは当然の選択だと思った。


 ──なのに。


 突然、彼女は変わった。

まるで別人のように、弱々しく、どこか怯えているかのような様子を見せた。三度の飯より戦いが好きだったリディアが、剣を握らないとまで言い出す始末だ。


「じゃあ、どうすんの? 女騎士を殺すのはやめる?」

「いいや、もっといい方法を思いついた」


 あっさりと殺すのは面白くないと思っていた。なんたって、あの女は俺の全てを奪っていった。許せるはずがない。


「いい方法?」

「結婚するんだよ、リディアと」

「……は?」


 どうしてこれが思い浮かばなかったのか。


「そして地獄を見せてやる。俺が味わった地獄以上のものを」


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