地の果てでも
あの戦いから、一年が経った。リディアへの愛を確かめたあと、彼女はずっと眠り続けたままだった。
「ローレンス様、今日もお見舞いに来てくださったのですね」
リディアの侍女である老女が、どこか悲しそうに笑みを浮かべる。彼女の言葉には、どこか切なさが滲んでいた。
この一年、毎日こうして俺はリディアの眠る部屋に足を運び続けている。彼女の無事を確認するために、ただそれだけのために。だが、そのたびに感じるのは、彼女が本当に目を覚ますのかという不安と、ひたすら待つことへの焦燥だ。
リディアの父親は、偉大なる騎士団長として名を知られているが、娘が昏睡状態だということが今でも受け入れられないのか、毎晩リディアに泣いて謝っているという。
どれだけ強い男でも、大切な家族を失う怖さは耐えがたいものなのかもしれない。
リディアはあっけなく騎士団を退団することができたと聞いた。とはいえ、本人が今も眠り続けているのであれば、そうなることは仕方がないだろう。
それでもリディアが望んでいたことだ。騎士団を辞めたがった彼女が聞いたら喜ぶのだろうか。
「……今日は、少しだけリディアと話をしてみようかと思って」
今までも話し声をかけてきた。それこそ最初の頃は。出来事を話しては、いつかリディアが目を覚ましてくれるのではないかと期待し続けた。
それでも、この声が全て届いているのか怖くなった。もう彼女は目を覚まさないかもしれない。そんな恐怖から、いつしか見舞いに来ても、顔を見るだけで終わる日がほとんどだ。
「リディアお嬢様もお喜びになると思いますよ。意識はなくとも、声というものは心の奥底に響くものですから」
この老婆は、きっと毎日のようにリディアへ声をかけ続けているのだろう。臆病者の俺とは違い、毎日リディアの目覚めを期待し、そして落胆する。今日もダメだったかと。
そんな日々に疲れてしまった俺は、ここに来る資格もないのかもしれない。それでも、どれだけ忙しかろうが、ここに来ないと落ち着かない。
「リディア」
俺はそう言うと、ベッドの脇に座りながら彼女の顔をじっと見つめた。
シーツの下にあるリディアの身体には、まだあの日の戦いの傷跡が残っていると聞いた。だが、それは彼女が戦っていた証であり、彼女が乗り越えた苦しみの証でもある。
老女はそっと静かに部屋を出て行った。二人の時間をこうして作ってくれることに感謝するしかない。一時はあれほど殺したかったというのに、今でも恋焦がれる人になってしまった。
「今、どんな夢を見てるんだ?」
聞いても、答えが返ってくることはない。そんなことはわかってる。それでも、問いかけ続けなければ、俺の心が保てない。たとえ答えがなくとも、彼女の側にいたい。
「あれからいろいろ考えたよ、リディアが教えてくれたことを」
この世界の人間ではないこと。俺の名前を知っていたこと。
調べられる限り調べても、そんな言い伝えが残されているような文献は見つからなかった。けれどガブリアスがとある国で聞いた話に興味深いものがあった。
転生、という言葉があるらしい。生まれ変わりという意味だが、たとえばおとぎ話のような世界に迷い込んでしまったという解釈をすれば、あの時の彼女の言葉には説明がつく。
ここがおとぎ話の世界だとは思いたくないが、それでも仮にそうだとして、彼女には行く末が全てわかっていたんじゃないかと知る。
俺が、リディアを殺すことに近づいていることもおそらく最初からわかっていた。だからこそ「騎士をやめる」と言い出したのだ。俺と殺し合う運命を避けたくて。
彼女はどれだけ必死に運命と抗ったのだろう。
最終的に実の兄の罪を着せられても、それを受け止めて、自分で自分の命を奪おうとした。全ては俺の幸せを願うかのように。
兄のレオもリディアと同じく一命を取り留め、今は別の国に修行と称して飛ばされている。追放と言ったほうが早いが、本人は頑なに認めようとはしないので、修行ということでいいだろう。
あんな兄を持ち、悲観することもあったはずだ。それでも彼女は、リディアの運命を背負う覚悟をした。
「……どうして、無茶ばかりするんだ」
最初から、転生していると聞かされていれば──いや、俺はリディアの言葉を信じなかったはずだ。
愛を知り、こうして彼女を失いそうになって初めて、その言葉を信じることができたのだから。
「俺は、自分が情けないよ」
こんな俺が、リディアの側にいていいわけがない。それなのに、俺は彼女から離れられない。心が追い求め続けている。
「……リディア、目を覚ましてくれ」
俺の全てを差し出すから。だからどうか、リディアとまた話をする機会が欲しい。
どれだけ愛しているか、死ぬほど伝えたい。それが叶わないのなら、いっそ死んでしまったほうが楽だ。
……いや、これが俺に課された罪なのだろうか。リディアを恨み続けた結果なのかもしれない。それなら、背負っていこう。どこまでも。たとえ地の果てでも、地獄を味わいながら俺はひとり、リディアを愛し続ける。
「リディア、愛しているよ」
そっと彼女の頬に手を重ねたとき、微かに瞼が動いた。そして、この一年見ることがなかった彼女の綺麗な瞳に、俺が映し出される。
「アーサー……?」
名前を呼ばれる。何度も何度も、聞きたいと思ってきた声で。




