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誰も知らない関係(読者以外)

 どうしてここに……!?


 思わずそう叫んでしまいたくなるのを押し殺す。薄っすらとではあるが、思い出したことがあったからだ。


 窓を開け、彼を呼ぶ。


「ロレンス……?」

「よかった、元気そうで。ずっと眠ったままだから心配で」


 やっぱり彼はロレンスでありアーサー本人で間違いないらしい。小説で読んでいたアーサー像に、ぴったりと当てはまる。


 黄金色の髪は、太陽の光で白く煌びやだった。無邪気さを伺えるその顔は、とてもではないが冷酷非道な男には見えない。大型犬と言われたほうがまだしっくりくる。


「どこか痛むところは?」

「いいえ、どこも」


 アーサーがロレンスという名で偽っている理由は、この国での暮らしを自由に得たいからというものだった。もちろん、小説ではリディアも彼がまさかアーサーだったとは知りもしない。


 アーサーはリディアの技量に惚れこみ、自ら「相手」をしてほしいと頼んできたという設定だった。結果的にリディアは騎士団から責め立てられることになるのだけど。


『敵である相手に剣の使い方を教え込むなんて何を考えているのだ!』


 リディアは騎士団長にこう怒られたはず。でも、リディアも被害者といえば被害者だ。アーサーは身分を隠してリディアに近づいたのだから。


 敵の実力がいかなるものか、アーサーは把握しておきたかったという背景がある。


 とはいえ今は違う。リディアである私はロレンスがアーサーだということを知っているし、それだけでも、この先の展開は十分に変えることはできるはずだ。


「まだ起きたばかりだろうから、稽古はしばらく先にしよう」


 稽古という呼び方はアーサーがよく使うものだった。あくまでも剣捌きをリディアに教えてもらうという名目だったが、実力でいえば私よりも上手だった。


 コンコンとノックが響く。今度は窓ではなく、扉からだ。


「あ、誰か来たみたい」

「それならまた来るよ、リディア。お大事に」


 そう笑うアーサーは、人を殺すことさえできないような穏やかな顔をしていた。


 ……まさか、そのアーサーに半年後、殺されることになるなんて。


 再び扉がノックされ、慌てて「はーい」と言いながら窓を閉めた。


「ああ、愛しのリディア! 目覚めたのは本当だったんだな!」


 現れたかと思うと、両手を広げて抱きしめようとしてくる一人の成人男性。

長い黒髪をゆるくまとめ、黙っていれば女性だと間違えてしまいそうな美しさを兼ね備えているが、こくこくと動く喉仏を見れば一発で男だとわかるだろう。


 アーサーとは違い線は細い……って、今はそんなことを考えている場合じゃない。キャラが濃いということしかわからないけど、こんな人が小説で出てきたっけ。


「……ええと?」

「ええ!? まさか僕のことが誰かわからない?」

「ごめんなさい。起きたばかりでまだ……」


 すると、目の前の男性が信じられないとでも言うように目を見開いた。


「そうか……事態は深刻だね。大丈夫、まずは落ち着いたほうがいい、そうだ深呼吸をしてみよう」

「あの、私は落ち着いてまして……大丈夫ですか?」


 問いかけると、男はますます驚愕だと言わんばかりに私を見る。


「リディアが僕の心配を……? 信じられない、こんな世界線があっていいのか?」


 そうだった。小説のリディアは誰かを気遣うとき、直接的な言葉は使わなかったはずだ。まして「大丈夫?」などと他人に聞くような人でもなかった。


「そうだな、まずは僕が落ち着いたほうがいい。大丈夫だよリディア、僕はしっかり者で通ってきてるんだ」

「ええと」

「ああ、そうか。名前だね、僕はオスカーだ。君の幼馴染で、この国で一番顔がいいと言われているよ」


 そうだ、こんな人がリディアの近くにいた。これだけキャラが濃ければすぐにでも思い出せそうだが、さすがに十年も空いてしまうと脇役あたりを忘れてしまっているらしい。


「僕としたことが取り乱してしまったね。リディアに一週間も会えないだけで気が狂いそうだったんだ」

「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」

「そうみたいだね、安心したよ。それでリディア、誰かと話をしていただろう?」


 あまりにも自然な話題転換に、察するのに時間がかかった。オスカーを見ればにこにこと微笑んでいる。


「来客がいただろう。僕よりも先にリディアに会うなんてどこの礼儀知らずなんだ?」


 そうだ、オスカーは気配を察するのが誰よりも長けていた。扉を隔てていたとはいえ、ここに誰かがいたということはお見通しなのだろう。


 ゆるゆるとした空気に、緊張感が走る。馬鹿そうに見えて実は頭がキレる男だったことも同時に思い出す。なんとかここは誤魔化さないと。


「……誰も。強いていえば小鳥です。珍しい色をしていて」


 おそらく、ここにアーサーが来ていたことは口にしないほうがいい。小説でも似たようなシーンがあったはずだ。


 お願い、これ以上何も聞いてこないで。オスカーはほんの少し思案した顔を見せたあと、ぱっと笑顔を作った。


「残念、僕も見てみたかったな」

「また機会があったら」

「うん、じゃあリディアの顔も見れたことだから僕は帰るとするよ。ああ、でも僕に会いたくなったらいつでも呼んで。どこにいても駆けつけるからね」

「……ありがとう」


 部屋を出るギリギリまでにこやかに手を振っていたオスカーを見送ると、ふうっと息をつく。


 それにしてもこのままではだめだ。リディアがどう振る舞っていたか、できるだけ詳細に思い出さないと。


***


「ありがとう、か」


 扉が閉まると、つい声がこぼれてしまう。


 一週間前のリディアであれば、僕を見ただけで「オスカーに会っただけで今日一日が最悪」だと毒を吐いていた。そんな彼女を見るのが好きで、何よりも顔が最高の好みだ。


 いつかは僕に跪き「オスカーがいないと生きていけないの♡」と言わせることを目的としてずっとつきまとってきたというのに。


 ようやく目覚めたリディアは、まるで別人だ。あれは僕が知ってるリディアではない。


 それに、あの部屋には──いや、僕が部屋に行く前には確かに誰かがいたはずだ。そいつのことを庇った結果があれか? それとも、本当に記憶が曖昧なのか。


「……それなら、好都合だな」


 毒づいていたリディアもよかったが、弱ったリディアというものも魅力的に映る。あの顔さえあればいい。


「待っていろ、リディア。お前はもうすぐ僕のものになるんだよ」


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