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さようなら

「アーサーに惚れてんだろ?」


 レオに聞かれて、その答え次第で今後の運命が決まってしまうような気がした。


 私として答えるなら「イエス」だ。でもリディアとして答えるなら? それは絶対に同じものであるはずがない。


 目の前の男は何を考えているのか。そもそもアーサーのお母様を殺したという発言も信用ならない。それでも、この男ならやりかねないという自身もあった。


「……本当に、殺したんですか?」

「おいおい、聞いているのはこのレオ様だぞ? いくら妹でも、それは許せないな」

「答えてください。殺したんですか?」


 その問いかけに、レオはにたりと笑った。そう聞かれることを待っていたかのように。


「ああ、殺したよ。その罪をお前になすりつけてな」


 あっさりと認めては、「だからなんだ?」と嘲笑する。


「お前はなんとも思っていなかったじゃないか。今まで何人と殺してきたんだから、一人増えたぐらいでなんだよ。そう言ったのはリディア、お前だろ? それなのに、あの男の母親を殺したかもしれないと知ったら、引くぐらい驚きやがって」

「……」

「なんで黙ってんだ? 口でもなくなったのか? いつも人を罵倒するお前が、こんなことを言われても手のひとつ出てこないなんて」


 頭の中には、この男に殺されるアーサーのお母様の顔が浮かんでいた。会ったこともないけれど、それでも悲惨な最期を思えば、無関係な私でも胸が苦しくなる。


 これ以上の悲しみをアーサーが味わったのだろう。どれだけ、私を殺したくて仕方がなかっただろう。


 演技とはいえ、私に殺意をひた隠しながら、近づくことに嫌悪感を抱かなかったはずがない。殺せる瞬間は何度だってあったのに、アーサーは私を殺さなかった。


 ……きっと、情のものが沸いてしまったからだ。


 殺すはずの私を殺せなくなった。それなら、私がするべきことはひとつだ。


「お願い、出てきて」

「あ? なんだよ出てきてって。誰か匿ってんのか?」


 首を傾げるレオを無視して、私はひたすら願い続けた。


「お願い、ここで出てきてくれないと困るの」

「だからなんだって言うんだよ」

「出てきて!」


 どうすればいいのかなんてわかるはずもなかった。それでも願わずにはいられない。そうじゃないと、私がしたいことが達成されない。


「お願い、お願い、お願い、お願い!」


 一体何度目からあったのか。カランと、床に落ちた金属のような音にハッとした。


 そこには、私が今一番望んでいるものが無防備に置かれている。


「……出てきてくれたのね」

「おい、これってリディアのあの剣だろ? 行方不明になってるって……こんなの、いつからあったんだ?」


 不思議がるレオをよそに、私は剣へと近づいた。


 まるで神々しく光るその剣を、私は決して握らないと決めていたのに。今では望むように、その剣を手にとった。


「……なんだよ」


 レオの戸惑い混じりの声が聞こえる。目の前にあるのは、呪われた剣と呼ばれる、あのいわくつきのリディアの剣だ。


 剣を手にした瞬間、びりびりとした衝撃が腕を駆け上がる。まるで生き物のように、剣が私に何かを語りかけているようだった。


 ――望んだな?


 耳元で誰かが囁いた気がした。


 思わず息をのむ。剣を持っているだけなのに、頭の奥にまで響くような感覚がある。


「リディア、その剣……まさか、お前が呼び出したのか?」


 レオの瞳には明らかな警戒の色があった。だが、私自身もなぜ剣が目の前に現れたのかわかっていない。ただ、心の底から願った。


 ――どうしても、この剣が必要だと。


 そう思った途端、まるで応えるように剣が現れたのだ。


「……そうみたいですね」


 剣の柄には、かつて私が気づかなかった紋様が浮かび上がっている。それはまるで古い呪文のように見えた。指でそっとなぞると、ひやりとした感触がする。


 今になって、この剣を恐ろしく感じる。望んだとはいえ、うまくやり遂げられるか不安になる。


 剣を抜くと、その矛先をレオに向けた。


「おい、何の冗談だ?」


レオが警戒し、一歩後ずさる。


「……冗談じゃありません。この剣は、私を試している気がするんです」


 剣の刃がかすかに光を帯びる。心の中に誰かの声が響いた。


 ――血を捧げよ。


 手が震える。剣が意志を持ち、私の行動を操ろうとしているのが伝わる。


「……お兄様には、罪を償っていただかなくてはなりません。だから、私があなたを殺します」

「は、はあ? なんでそうなるんだよ! 俺はお前の兄だぞ!」

「兄だから、人を殺すことは許されるのですか」

「お、お前だって散々人を殺してきたじゃないか!」


 当たり前だ。リディアにとって、戦うことが使命だった。それを果たしてきた。


 でも、この身体にいるのはリディアではなく私だ。


「……だから、私も罪を償いたいんですよ」

「な、なに言って……」

「あなたを殺して、私も死にます。そのためには、この剣が必要なんです」


 剣が赤く染まる。これから起こることに歓喜しているように見えてゾッとする。


「リ、リディア、待ってくれ! 俺はまだ──」

「さようなら、お兄様」


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