勘違いから発展
「こうやって、俺の母親を殺したのか」
明らかな敵意がそこにはあった。アーサーの母親を殺した。私は確かに、そう聞かれているの?
「……どういうこと? 私が、あなたのお母様を殺すはずが」
「殺したはずだ。今まで何百人と斬ってきた中に、俺の産みの母親が」
覚えていない。小説の設定でもなかったはず。だって、アーサーのお母様を殺すなんて書かれていたら忘れるわけがない。
それでも、「殺していない」とハッキリ言い返せなかったのは、アーサーの言った「今まで何百人と斬ってきた中に」という言葉があったから。確かにリディアは、騎士団に入る前から予備軍として活躍はしていた。むしろそのときの貢献があったからこそ、女性という立場でありながら騎士団に入団することができたといっても過言ではない。
リディアは国を守るために、よく出かけては戦っていた。戦いが心から好きだというところもあったからだろう。どんな屈強な相手でも、一網打尽にしてしまう姿に憧れていた。敵を圧倒する力強さに酔いしれていた。
その敵の中に、アーサーのお母様がいたのかと思うと、それまでの感動が全てゾッとする。
「思い出せもしないだろう、それだけ人を殺めてきたんだから」
「……お母様は、騎士だったの?」
「まさか。ただの平民だ。食料を調達した帰り、森でリディア御一行と出会って殺された。そっちの言い分は、自分たちの領土の食材を盗んでいった罪らしいけど、そんなことはなかったはずだ。あの人は、ルールをきちんと守る人だった。それでも罪を被せられ、あっさりと殺された」
「嘘……」
言われてみれば、小説の中で似たような状況はあったかもしれない。そのときの出来事が数文字で表現されていた。”領土に侵入した人間を裁くこともあった”というリディアの冒頭の紹介文。
まさかその相手がアーサーのお母様だったというの……?
「その息子が現れた気分は? あの人と同じようにさっさと殺すか?」
そうか、ようやくわかった。アーサーが私を殺す結末が。
国に命令されただけではない。アーサー自身が、私に殺す理由をちゃんと持っていたからなんだ。
それなのに、私は馬鹿みたいに浮かれ、アーサーを殺さない運命を作り出そうとしていた。私たちならそれができると本気で思ってしまっていた。
馬鹿だ、私は。アーサーのお母様を殺していたのに。
「……ごめんなさい」
「あの人も、最期はそう言ったはずだ。謝った人間を、お前は殺しただろう」
アーサーのお母様がどんな人だったのか、私は知らない。どんな声で、その言葉を口にしたのか、最期に見たものはなんだったのか、帰りたかった場所があったはずなのに帰れないとわかったときの絶望は、どんなものだったのだろう。
私は、この身体で、とんでもない罪を犯していた。
「……ごめんなさい」
「だから何度言っても同じだ。あの人はそう言って殺されたんだから、同じようにお前も──」
「ごめんなさい。お母様以上に、苦しむ方法で殺してください」
「……は」
リディアとアーサーが生きている未来があることを望んでいた。
でも、リディアに転生して、私が憧れていた彼女がいない今、生きているのはアーサーだけでいい。
「……本当にごめんなさい。謝ってもどうしようもないことはわかってて、こんなことをしてもお母様が戻ってくることはないけれど……それでも、本当にごめんなさい」
この身体は、たくさんの人の命を奪ってきた。その中には、私が大事にしたいと思う人の親もいた。何が幸せだ。何が未来だ。この身体に、そんな平和は訪れるべきではない。
「……殺せないなら、私が責任を持って死ぬ。言われた通りの死に方をする。それを見て気が晴れることはないかもしれない……この命も、あなたにとっては価値のないもののはずだから」
それでも、今までと同じように生きてはいけない。アーサーが私を狙う理由がわかって、私もそれに従うだけの理由を見つけた以上、リディアとして生きていこうとは思わない。
「望む方法で必ずやり遂げて見せるから、だからどうか」
頭を下げる。無意味な謝罪を繰り返すつもりはない。
「あの世で、お母様に謝罪させて。絶対に探し出すから。死ぬだけなんて、そんな意味のないことはしないから」
だからどうか、私を殺してほしい。リディアの身体でできることを、させてほしい。それでアーサーの無念が少しでも遂げられるのなら、私は喜んで死のう。
「……どうして」
アーサーの手が離れていく。聞こえてきた声は震えているようだった。
「俺を苦しめるんだ」
「……え」
「あのときも、お前は迷うことなく自分の腕を刺した。痛みで呪いと向き合った……きっと、俺がどんなことを言っても、お前は絶対にやり遂げる。ここで自分の首を刎ねろと言えば、五秒後には全てが終わっているだろう。そんなことはわかってる。わかってるから、だからなんだって言うんだ」




