魂レベル
「本当のリディアはどこにいったの?」
そう聞かれて、オスカーがいかに勘の鋭い男だったかを再び思い出した。
「ど、こって……」
「だって僕が知ってるリディアは、こんな感じではなかったんだ。今だって、ただ僕に首を絞められているだけの大人しいリディアなんて信じられないんだから」
私に力があれば、いや、対処できる能力があれば、ここから切り抜けられることはできただろう。
オスカーの腕は騎士よりも太いわけではないけれど、それでも男の腕として十分な力を発揮していた。
「教えてよ、リディア。前のリディアはどこ? どうして今のリディアになったの?」
「あっ……」
ますますオスカーの指の食い込みが深くなる。だめだ、ここで死んでしまうかもしれない。
「なんて、そんなのはどうでもいいんだけどね」
永遠に続くかと思われた時間は、唐突に終わりを告げた。ぐっと締め付けられていた苦しみから解放され、その場で咳き込む。
「大丈夫、リディア? あのままぽっくり逝きかけた今の気分はどう?」
さっきまで私の首を絞めていたとは思えないほど、今度は心配そうな顔を向ける。どう考えてもサイコパスだ。
「……死なずに済んだと、思ってるわ」
「それだけ? もっとないの? オスカーを殺したいとか、オスカーなんて滅多刺しにしたいとか」
逆になぜそう答えてもらいたいのか。オスカーのリディアに対する愛は歪んでいる。今に始まったことではないけれど、それでも目の当たりにすると、ぞっとするような恐怖があった。
「前は手足を切り落として、だるまにしたいと言ってじゃないか。コレクションとしてリディアの側に置いてもらえるのならそれは本望だったんだけど……」
「……」
「あ、でもそんなことになったら僕は生きていられるのかな? 僕だけ死んでたらつまらないよ。だってリディアが僕の目の前で男とイチャつくかもしれないんだから」
こっちがようやくまともな息を吸えてきたというのに、オスカーのお喋りは止まらない。そんなことを考えて何が楽しいのか本気で聞きたい。
「前のリディアがどこにいっちゃったのか、本当は知りたいけどもういいよ。きっと、人が変わったんだろうね。よく言うでしょ? あの人、人が変わったみたいだって。それと同じだと思うようにするよ」
この男はどこまで真相を見抜いているのかわからない。
リディアの身体に私が入っていると知れば、また別の角度ご執拗に迫ってくるかもしれない。
だって、オスカーの目的はこの顔だ。
アーサーと接してから、この二人には明らかな違いがあった。オスカーはこの顔を、アーサーはこの心を、それぞれが見つめている気がする。
つまり、オスカーにとって、リディアの身体に誰が入っていようがそこまで重要ではないはずだ。むしろこの顔さえあればいいと思っているのが、さっきの拷問でよくわかった。
「オスカー」
「んっ!? どうかした!?」
「私も教えてほしいの。どうしてそこまで私に拘るのか」
え、とオスカーの瞳が揺れた。そんなことを聞かれるとは思っていなかったらしい。
「それは……ええと、リディアだからだよ。リディアってだけで、僕はもう全てのことがどうでもいいんだ」
「どうでもいいの? 自分の命よりも?」
「そうだね、リディアと一緒にいられるなら、たとえあの世でもいい。ずっと一緒にいるのはこの世界で僕だけなのさ」
そこまで重要な意味があるようには感じなかったけれど、もはや魂レベルの話なのかもしれない。オスカーにとって、リディアが全てなんだ。
「だから、他の男のものもになってほしくない僕の気持ちはよくわかってくれるはずだよ。なんたって、リディアは僕だけに剣を向けることができるんだから」
「剣……?」
「リディアは、剣が汚れるといって、戦い以外は誰かに矛先を向けたりしないじゃないか。それなのに、僕のことは敵でもないのに容赦なく向けてくれるんだ。そんなことができる相手は僕ぐらいだろ」
それは確かにそう。オスカーには聞かされても、小説ではそんなシーンがなかったから、本当かどうかは定かではないけれど。
「僕に心を許してくれてるってことだ。うん、そうだ。ってことは、別に今は焦る必要はないか。だってリディアが心を開いているのは、この僕なんだから」
「……心は、うーん、そう?」
「ほら、リディアもそう思ってたんだ。よかった、両思いだよね。あはは、よかった」
話がぐんぐんと進んでいってしまう。都合のいい解釈をされているのは否めないけれど、これでおとなしくなってくれるならそれでいい。
「じゃあ、リディア。今日のところは僕の寛大な心で受け止めるとするから、パーティーを楽しんでおいでよ。もちろん、必ず僕のところに戻ってくると約束する前提だけど」
「……ええ、ありがとう」
とにかく、地雷を踏まないように今は笑っておくしかない。オスカーの危険度を考えれば、このままってわけにはいかない。早めに対処しないと。




