絶体絶命
絶体絶命とはこのことかもしれない。
本来のリディアであれば、こんな男たちは片腕でどうにかできたかもしれない。けれど私はただリディアの身体の中にいるだけで、この身体をどう動かせばいいかはわからない。
……いや、わかる方法はある。
あの呪われた剣さえあれば、こんな男たちはどうとでもなるだろう。ただ、自分の命を削ることにはなるけれど。
「リディアさん、どうしたんです? あのリディアさんなら、こんな男たちなんて数秒もあれば片付けられたんじゃないですか? ああ、そうだったわ、リディアってば、ご自慢の剣がないと何もできない人だったことを忘れていました」
ヴィクトリアは私を小馬鹿にすることで機嫌を良くしている。リディアに転生できたのはよかったけど、所詮、私が中に入ったぐらいではどうにもできない。それもそうだ。私はただの普通の会社員だったのだから。こんな男たちに襲われれば、叶うはずもない。
ふっと、諦めたのを男たちは見逃さなかった。
「おいおい、本当にあの女騎士のリディアなのか?」「しおらしくしちゃって、女っぽいところもちゃんと持ってたんじゃねえか」「これはこれでそそるな」
ぐっと髪を持ち上げられ、痛みで顔を歪めれば、より一層男たちは楽しそうに声をあげる。
「まずは俺からいかせてもらおう」「おい、それはないんじゃないか? 身分としては俺のほうが高いんだから」「うるせえ、この期に及んで身分なんて関係ないだろ」
逃げるという選択肢はおそらくない。ここから出られる扉と窓は、誰かしらが立っているし、そうでなくともこの人数を切り抜けられるわけがない。
ヴィクトリアはこれから何が起こるのかワクワクしたような顔で見守っているし。
……本当、どうすればいいの?
「うーん、なんか盛り上がりに欠けねえか?」
ふと、これまで聞こえてこなかった声に私だけではなく、その場にいる全員が見渡した。ヴィクトリアも予想外だったのか「誰?」と声をあげている。
「ぬるいよ、ぬるい。これじゃあ兄さまは納得しないって。あの閣下さまに届けるとしたら、盛大にしないと」
その声の主を必死で探し出そうとすれば、突然一人が「うわっ!?」と尻餅をついた。視線を追えば、天井には豪快なシャンデリアとともに、一人の男が張り付くようにそこにいた。
誰……!?
「ガ、ガブリアス様……!」
さっきまでは高みの見物をしていたヴィクトリアが目を見開いて驚いている。どうやらここは知り合いらしい。
それにしてもガブリアス……小説にそんな人は出ていたっけ。ひょいっと降りてきた彼は、私の前に立つと、顎に手を当てて私をじっくりと頭からつま先まで舐めるように見ていた。
「……やっぱり、なんか弱そうだ。本当にあの女騎士なのか? ただの腰抜けじゃないか」
「腰抜け……」
確かにそれは否定できない。だって私はリディアではないのだから。
「なんでこんな女一人に時間がかかるのか俺にはさっぱりだ。でも、その前に──」
ガブリアスは、冷たい瞳でヴィクトリアに視線を投げた。
「これは兄さまの命令か?」
「いっ、いえ……そうではありませんが……」
「じゃあ、単独で? お前一人が勝手にしたこと? これだけの人間を集めて?」
「も、申し訳ありません……!」
ヴィクトリアはよほどガブリアスが怖いのか、ガタガタと身体が震えている。
「申し訳ないでこの騒動は簡単に収まらないと思うけどねえ。兄さまが知ったらどんな顔をするか」
「お願いです……今回のことはどうかご内密にしていただけませんか……」
「ムリだよ。僕、黙ってることがいっちばん嫌いなんだ。しかも、兄さまの命令から背いた人間の言葉なんて虫唾が走ってしょうがない」
さっきから出てくる兄さまとは一体誰のこと?
私一人だけが置いていかれているような気がするのに、口を挟むことができないのは、ガブリアスという男が只者ではないということが嫌というほどわかるからだ。
この威圧感は誰かに似ている。でも、誰に?
「とりあえず、ヴィクトリアの処罰はあとで考えよう。まずはこっちだな」
ガブリアスの視線がまた私に戻ってくる。
「お前、兄さまの弱みでも持ってるのか?」
「え?」
「正直、俺でもどうにかできそうだ。あの剣だって今はないみたいだし……まあ、だからヴィクトリアなんかにやられそうになってるんだけど。はあああ、もうさっさと死んでくれない?」
いつの間にか、ガブリアスの手には剣が握られていた。
早い。
剣を握る気配さえ相手に感じさせなかった。
「うん、そうしよう。死んでしまえばこっちのもんだ。兄さまだって俺のこと構ってくれるだろうし。お前がいるからいけないんだ」
ガブリアスは怒るというよりも笑っていた。楽しそうに。まるで人を殺すことが初めてではないように。
「死ね、死ね、死ねっ、お前なんてさっさと──」
剣が振り上げられる。殺されてしまう、そう思ったとき、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「何をしているんだ」
そこには、静かに怒り狂う、アーサーがいた。




