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まさか転生したの!?

「……誰?」


 部屋にあった鏡を見て絶句する。


 薄紅色の赤髪に、透き通るような白い肌。上品な顔立ちで、ついうっとりとしてしまう。瞳は綺麗な琥珀色。映し出されているのは見覚えのある顔ではなく、こうなりたいと思い描いていた顔だ。


 おそるおそる頬に触れるが、鏡の人間も同じタイミングで同じ仕草を見せる。

そして、とある名前を口にしようとして──


「リディアお嬢様!?」


 頭に浮かんだ名前と、その声は同時だった。がしゃーんと派手に食器が落ちる音がする。


「お目覚めですか!? どこか気になるところは!?」

「え?」

「まあまあ、手足に傷が……今回も颯爽と戦われていたのでしょうね。頭のほうはどうですか?」


 がしっと頭を掴まれ、まじまじと観察される。


「あの……」

「戦場から帰ってくる途中に倒れてからというもの、今日まで意識が戻らなかったのです。二日間眠り続けた日はあれど、一週間はございませんよ、一週間は!」

「ま、待ってください。戦場? 一週間?」


 一体なにがどうなっているの?

 私はずっと眠っていたの?

 それに戦場って、戦っていたということ?


 ……ないない。悪口を言われたことはあれど、戦になるほどの喧嘩などしたことはない。


 これはあれか、仕事を詰め込んだ結果、おかしな夢でも見ているということ?


 たしかにここ最近はサービス残業という名の鬼畜な作業に追われ、家に帰る時間さえなかった。ただの事務員だった私は、会社にいいようにコキ使われていたのだ。


「まだ混乱しているのでしょう。さすがに飲まず食わずですから、まずは身体に何か入れないと」


 というか、……やっぱりこの顔はリディアなんだ。


 ──リディア・エヴァンズ。


 この国随一の女剣士であり、私が最も大好きな小説『赤き剣と青き薔薇』の主人公。


 戦場を駆けるリディアの勇姿に惚れ込んだ。血と硝煙にまみれながらも決して折れない強さ。その姿を思い出すだけで胸が熱くなる。けれど最後まで読んだのは一度だけ。


 だって、あの結末は何年経っても納得がいかない。


 ……とはいえ、読んでいたのは十年も前だ。うろ覚えも多い。戸惑いと不安を抱えながらも、私は部屋の中を改めて見渡した。


 天井から吊るされた豪奢なシャンデリア。繊細な刺繍が施されたカーテン。深紅のベルベットで覆われたソファと、細やかな細工が施された木製のテーブル。質の良さが伝わってくる調度品ばかり。


 リディアの家柄──エヴァンズ家は、王国の中でも名の知れた貴族だったはず。


 代々、騎士を輩出している武門の名家で、父であるグレゴリー・エヴァンズも王国軍の高位騎士。実直で誇り高い人物として知られていた。


 ──そうだ。


 リディアは、そんな父に厳しく育てられた。


 幼い頃から剣を握ることを義務付けられ、貴族の令嬢らしい刺繍や舞踏ではなく、戦場で生きる術を学んできた。


 それこそ、リディアが「王国随一の剣士」と呼ばれる理由だ。


 王族や上級貴族と比べれば、エヴァンズ家の財力はそれほどではないにしても、王宮に呼ばれるほどの立場にある。武勲を立てれば相応の報奨金も得ている……っていう設定だっけ。


「……リディアお嬢様?」


 ばあやの不安げな声が耳に届く。


「お顔の色が悪いですわ。無理もありません、戦場からお戻りになったんですものね。少しお休みになられては?」


 さっきも聞いたけど、戦場って……もしかしてこの身体ですでに戦ってるの?


 途端に思い出したように、体のあちこちが痛み出す。気づけば、腕にも脚にも、うっすらと包帯が巻かれていた。


 ってことは……。


「ばあや……と呼んでいいかわからないですけど」

「いいに決まっているではありませんか。それに敬語なんて。私はリディアお嬢様が生まれた瞬間から一緒にいるんですよ」

「あっ……ええと、じゃあ聞きたいのだけど。私はもう騎士団に入団してるの?」

「そんな大事なことをお忘れになっているのですね……! よほどお疲れなのでしょう……ばあやが全てお教えします。リディアお嬢様の任命式が確か……そうだ、一か月前です」

「一か月前……」


 ということは、私はまだ国王からあの命令を受けていないはずだ。


『隣国のアーサー公爵を殺せ』


 アーサー・ルクレール。


 隣国の騎士団長であり、公爵という立場でもある彼のことをリディアは殺さなければいけない。


 二人は最後まで敵対していたけれど、リディアにもアーサーにも幸せになってほしかった。いわゆる推しカプだ。

 最終的にアーサーに殺されてしまうリディアを見ることができず、ラストは一度しか読んだことがない。


 でも、騎士団に入団したということは、そろそろ国王からお呼びがかかるころだ。


 まさかそのタイミングで転生してしまうなんて。


「……ばあや、ありがとう。少し時間をもらってもいい?」

「もちろんです。お食事は後ほどお持ちしますね」


 ばあやが去った部屋で、ひとりにしてはもったいない広さで溜息をつく。目を閉じて、小説の展開をゆっくりと思い出す。


 けれど一番に思い出したのは、リディアがアーサーに殺されるシーンだった。


『私と出会ったことを呪うといい』


 そう言ったアーサーは笑っていた。不敵な笑みを浮かべながらリディアの胸に躊躇いもなく剣を突き刺すそのシーンにはぞっとした。


 美しい人として終始描かれることが多いアーサーゆえに、リディアに見せた最初で最後の笑みが怖いと思ってしまった。


「……とにかく、アーサーには近づかなければ死ぬことはない……よね?」


 国王からの指示は少し先だろう。それまでは作戦を立てる時間はあるはず。そもそもアーサーが出てくるのは、物語でも最後のほうなのだから、今はゆっくりと落ち着く時間が──


「リディア」


 くぐもった声で誰かの声が聞こえ、コンコンと何かを控えめに叩く音が微かに響く。


 ばあやが出ていった扉を見つめていたら、「そっちじゃないよ」とどこか揶揄うような声が聞こえた。


 はっとして、窓の外を見る。


「まさか……」


 そこには、穏やかに微笑むアーサーがいた。

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