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その意味合いは

「リディア、キスをしてもいい?」


 聞き間違えたのかと思い、ん?と聞き返したつもりだけれど、アーサーからは全く同じ言葉が返ってくる。


「……もしかすると、アー……じゃなくて、ローレンスの国ではキスにはいろいろな意味があるの?」


 あやうくアーサーと呼びかけてしまうほどには動揺している。そのことを知ってか知らずか、アーサーは「たとえば?」とにこりと微笑む。


「ええと……たとえば、キスをすることが握手することと同じだったり、日常会話と同じようなニュアンスでキスをしたり、つまりは、キスにキスという意味はあまりなくて──」

「もしかしたら俺の知らない意味合いがあるのかもしれないけど、俺としては結ばれた人同士がキスをするって解釈でリディアに言ったつもりだけど」

「……」


 とりあえず、意味合いとしてはお互いが思っていることと同じだ。だとしたら問題が発生する。


「……私たち、結ばれたわけではないでしょう?」

「そうだね、だからリディアに許可をもらいたかったんだ。キスをしてもいいかどうか」


 この期に及んで、自分の顔がいいことを武器にしてくるあたり(本人自覚ナシ)罪深い男でしかない。国宝とも呼べるような顔で「キスをしてもいい?」なんて聞かれたら、何も考えずに頷いていたかった。けれども事態は深刻だ。話の流れを思い出さないほど、私の頭はまだ少し冷静さを保っていたらしい。


「ねえ、ローレンス。嘘をついているでしょう?」


 彼の瞳がわずかに揺れた。


「あの日、私に教えてくれた呪いのこと。誰かに強い呪いをかけられたことで、誰かを求めてしまうって」


 そのことか、とアーサーはふっと笑った。


「この話題が今出るっことは、気付いたわけか」

「やっぱり嘘だったのね。どうしてあんな嘘を?」

「たしかに悪いことをしたとは思ったよ。けれど、どのタイミングで剣が出てくるかはわからなかったから、少し注意をしたかったんだ」

「注意?」

「誰かを求めたくなるほど夢中になったら、剣のことはあまり考えなくなるかなって」


 なるほど、それは一理ある。アーサーなりに私を剣から遠ざけようとしてくれていたと考えれば、そこそこ筋は通る。ずいぶんと無茶はあるけれど。


「その辺りの話を整理した上で聞きたいんだけど、キスと呪いの剣には関係性があるの?」


 私からそう聞かれることが意外だったのか、アーサーの深い青色の瞳に驚きが滲む。


「……へえ、ここ最近のリディアはなんだか聡明になったね。前は戦うことしか興味がなかったみたいだけど」

「はぐらかさないでほしいの」

「そんなつもりはないよ。キスと呪いの剣の関係性だね、リディアの言う通り、俺の国の言い伝えでは、愛と呪いってことになるんだけど、剣の所有者が呪いよりも愛を持つ力のほうが圧倒的であれば、剣から解放されることになってる」


 なるほど。だからここでキスをして愛を深めようということで……?


「でも、それだとお互いが好意を持ってることが大前提になるでしょ? 今の私たちは……いや、私というよりもローレンスは私に好意なんて──」

「持ってるよ」


 即答だった。なんの迷いもないといった時間差で。


「……私のことを好きでいてくれてると?」

「俺としては、わかりやすいアピールをしてきたつもりなんだけど、足らなかったみたいだね」


 そのアピールは、私を油断させるためのもので、どう考えても私に好意があったわけではないと思うけど……。


 読者だからこそ、アーサーの本音が透けて見えることが残念で仕方がない。


「リディア、俺は君のことが好きだし、君にも俺のことを好きになってもらえたら嬉しいと思ってる。無理強いをさせたいわけではないけど、同じ気持ちになってくれたらいいなとは思うよ」

「も、もちろんそれは私もなんだけど……」


 だからといって、「はいキスしましょう!」とはならない。実際、アーサーの話もどこまで信じたらいいかわからない。もしかすると、剣が出てくることを狙っているのかもしれないし。


 私といれば、必ずしもどこかで剣は現れるはずで、その機会を狙っているのだとしたら、どう考えてもこの提案にのってしまうのは馬鹿丸出しだ。


「リディア?」


 ……ああ、やっぱり顔がいい。ここに来てから思ってはいたけれど、やっぱりどの男性を見てもアーサーの顔は断トツで整っているし、美しさも可愛さも兼ね備えている。


「……ねえ、ローレンス。とても素敵な提案だけど、もう少し時間をもらってもいい?」

「リディアは俺とキスするのが嫌?」

「嫌、ってわけじゃなくて。それは断じてないんだけど……こういうことは初めてだから」


 転生する前だって、彼氏がいなかったわけではないけれど、身体の接触がある前には別れることがほとんどだった。それも、相手の浮気が原因だったり、私に魅力がなかったと振られたり……。


「一緒にいることがつまらない」と言われることが少なくなかったせいか、アーサーのお誘いにはころっとのってしまいそうになる。


「だから、時間をもらえたらいいなって」

「わかった、さっきも言ったけどリディアに無理強いさせたくないのは事実だから。でも、少しだけわがままを言ってもいい?」

「わ、私にできることなら……!」

「抱きしめさせてほしいんだ。短い時間だけでもいいから」


 アーサーは切実そうに訴えかけている。……本当にこれも演技なの?


 だとしたら演技派でしかない。


「……短い時間でいいなら」


 どう考えてもお誘いにのるわけにはいかなかったはずなのに、アーサーの顔を見ていたら断れなくなってしまったら。


 どうしよう、油断した隙に殺されたりしたら。


「ありがとう」


 アーサーは心底嬉しそうに私を抱きしめる。その腕の中があまりにも温かくて、優しくて、一瞬「天国?」と思ってしまうほどだった。


「ずっとこうしたかったんだ」

「……それは、嬉しいけど」

「リディアは嫌?」

「……ううん」


 嫌なはずはない。もういっそ何も考えることなく委ねてしまいたい。ただ好きだと、そう言えたら。そしてそれを受け止めてもらえたら。どれだけ幸せだっただろう。


 アーサーの背中に腕を回し、目を閉じた。


***


「あーあ、絆されちゃって」

「レオ様、危ないですから木に登るのはおやめください」

「うるさいな。愛する妹を監視することがそんなにいけないことなのか?」

「……妹を監視なさる兄は褒められてものではございませんよ」


 窓から見える妹、リディア。そしてそれを抱きしめる隣国の公爵、アーサー。


「俺がいない間にずいぶんと仲良くやってくれるなあ。殺しちゃうぞ」


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