プロローグ
私たちは敵対し、殺し合わなければいけない運命だった。
「離して……っ」
「だめだ。こうでもしないと、また俺から逃げるでしょう?」
穏やかな声とは裏腹に、私は壁へ追いやられ、片手で頭上に拘束されていた。揺れるシャンデリアの光を受け、目の前の男──アーサーの瞳が妖しく輝く。
白に近い黄金の髪が柔らかく揺れ、滑らかな肌が薄い光を反射する。どこまでも美しく、どこまでも気高い。
けれど、彼の本質は優雅な仮面の奥に潜んでいる。きっとこの人は、右手に花を、そして左手には剣を持つような人だ。
麗しく、冷酷で、誰もが抗えぬほどの圧倒的な力を持つ。
アーサー・ルクレール公爵。
その名を聞くだけで、国中の者が震え上がる。
彼は敵と見なした者には容赦しない。処刑台に送られるか、戦場で屍と化すか──それが、彼を敵に回した者の末路だった。
私は彼を殺さなければいけない。
「俺はずっとこうしたいと思っていたよ。君を初めて見たときから」
──そうなる運命にあるはずだったのに。
囁かれた言葉に、息が詰まる。この人は私を殺すはずだった。私はこの人を殺すはずだった。
アーサーの指先が頬を撫でる。まるで壊れ物に触れるかのように、優しく、けれど逃げられないほどの力を込めて。
彼の香りが近い。肌が触れ合うほどの距離で、冷たい灰色の瞳がじっと私を捉えていた。
「君は俺の運命だったんだろう? だから、何があっても手放さない」
出会い方を間違えたのか。
それとも、生まれ変わる運命を間違えたのか。
もし、違う形で巡り会っていたら。
もし、剣を向けることなく、この人の隣に立てる未来があったのなら。
気づけば、彼の手が私の腰に回されていた。囚われた腕は熱を帯び、抗う意思は薄れていく。
ただひとつ、確かなのは──私はもうとっくに、この人に心を奪われてしまっているということだけだった。