人生100年だなんて誰が言った
「死ぬのが怖い」
いつからそんなこと思い始めたのか。
「ねぇ、紅嶺」
教室の机に座って考え事をしていると、友達の美香に話しかけられた。
「なに?」
「いや、さっきからなに考えてんのかなぁ……って」
私の心を見透かしたようなことを言ってくる。
「え、あ、別に、なにも考えてないけど?」
あまり喋る気もしないので、適当に誤魔化す。
「嘘だ。絶対考えてたね」
……誤魔化せなかった。
洞察力のすごい美香からは、不純な私の心は見破られていたみたい。
「……やっぱ美香のことは誤魔化せないね。わかった、ちょっと重い話かもだけど……」
正直に話すことにした。
「あーし、重い話そんなに嫌いじゃないから」
こうして、美香に『死が怖い』という話をした。
ただ淡々と喋る、私の話を聞いてくれた。
「そっか、『死』が怖いのか」
「――うん。私だけじゃなくて、きっと、他の人達も怖いってことはわかってる。けど、なんで『ソレ』が怖いのかわからなくってさ……」
全員が全員、そうだとは限らないけど、『ソレ』が怖くない人なんて居ないはず。
「でも、なんでいきなりそんなこと思い始めちゃったの?」
『何を今更』というように、美香が質問をしてくる。
「なんでって……なんでだろう?」
言われてみればなんでだろう……。昨日はそんなこと思ってもいなかった。
てことは、なにかをきっかけに、今日から思い始めたということ。
今朝から思い始めたのかな。なら、夢で見た……?。
「――まぁ、そんなに思い悩む必要ないんじゃね? だってあーし達、まだ十七でしょ? 人生百年時代って言われてんだから! 大丈夫、焦りすぎ!」
美香の言う通りかもしれない。私はまだ十七歳の高校二年生。人生百年と言われているこの時代に、こんなこと考えるのは早すぎたかもしれない。
「……そうだね、気にするのやめようか」
しかも、夢か否か、曖昧なことなら忘れてしまうべきだ。
「……帰り、どっかよってく?」
美香が、どこか気分転換に寄り道しようと言ってるように思えた。
「……うん」
まだ少し気持ちの沈んでる私を思ってなのか、そう言ってくれる美香の優しさに、私は甘えてしまっていた。
学校が終わり、時刻は十七時を過ぎていた。
茜色に染まる空。日を重ねるごとに、どんどん日が沈むのが早くなっていく。
夏の終わりを感じる中、私は美香と街をブラブラしていた。
「……ねぇ、どこに向かってるの?」
どこに向かっているかわからない私は、ただずっと、楽しげな美香についていく。
「――もうすぐ着くから〜」
そう言われ、私はなにもわからないまま、美香についていく。
「あ、あそこあそこ!」
目的地が見えたのか、美香が差す指の先を見つめる。
「……って、珈琲屋か」
その先に見えたのは、世界的に有名な珈琲屋だった。
「今日は特別に、あーしが奢ったげる! 好きなの頼みな」
どれだけ思いやりがあるのか、この女子高生は。
「――ありがと」
そんなやり取りをしながら、珈琲屋の目の前までやってきた。
目の前までやってきて、店の手前にある、横断歩道の信号が赤に変わった。
店を前にして、私達は信号が青に変わるのを待つ。
「も〜う、目の前なのに〜」
立ち止まって、そういう美香を見ると、なぜか私は少し微笑んだ。
「――まあまあ、人生長いんですから。そんな焦らないで行きましょ?」
そんな事を言って、信号が青に変わるのを待っていた。
――逃げろ!!通り魔だ!!
今歩いてきた道の辺りから、そう叫ぶ声が聞こえた。
聞こえた方向に体を振り向かせる。
「――?」
そのときにはもう、遅かった。
刃物を持った、全身の黒い人物が、私に向かって突進してきていた。
もう逃げられないことを確信した。
時の流れを遅く感じ始めた。周りが走馬灯のように見える。
(私、死ぬんだ。ここで、刺されて終わるんだ。嫌だよ、死にたくないよ……。死ぬの怖いよ……。人生十七年で、終わっちゃうんなんて。誰だよ、人生百年だなんて言ったヤツ。そんな保証、どこにもないじゃないか……。そんな……無責任な……!!)
最期に考え始めたことは、死への恐怖と、ある言葉の怒りだった。
(そういえば、今日は十三日だったな……。あれ、なんで私、こんなこと考えているんだろ。これが走馬灯……? あ、思い出した……。私、これ、初めてじゃ……ない)
こうして、刺されたのかもわからずに、私は迫りくる恐怖から目を閉じた。
「――っ!!」
目を開けると、見覚えのある天井が見えた。
いつも目覚ましにセットしているアラームが鳴っていた。
起き上がり、辺りを見渡すと、家のベッドに居た。
「あれ、私、死ん……って、生きてる……?」
確か、横断歩道の信号を待ってるときに、私は……。
「な、なんだったんだ……? 夢、なのかな?」
なにがなんだかわからない。けれど、生きていて、ベッドの上に居るということは夢であったということだろう。
「……えっと、どんな夢だったっけ? あー、やば、思い出せないや」
どんな夢を見たのか、思い出そうとした。しかし、なにも思い出せなかった。
「……謝らなきゃ。誰に?」
急に、ある言葉について謝りたいと思った。でも、誰に謝りたいんだろう……?。
「あ、学校行かなきゃ」
時刻は朝七時。早く準備して学校に行かなくては。
「――?」
体を動かそうとするも、足が重くて、ベッドから出られない。ベッドに着いていた両手は、震えていた。
ポツポツと、涙がこぼれ落ちる。
「え、なんで。学校、行かないとなのに」
震える手で、涙を拭くこともできない。一体全体、なにが起きているかわからない。
けれど、体が行くのを拒んでいるように感じる。まるで、初めてじゃない今日に怯えるように。