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死ぬにはいい日だった  作者: 華崎海
秋晴れの日の出会い
1/2

快晴

窓から差し込む朝日、時間は6時過ぎといったところか。朝日の光よりもまだ部屋の薄暗さが目立つ。夏が終わりを告げて、朝は起きるのが辛くなってくる季節になった。まあ、起きるのが辛いのは年中変わらないのだが。このまま布団で冬眠していたいと思う気持ちと体に鞭を打って起き上がる。毎日同じ時間に起きて、バナナにヨーグルト、ブラックコーヒーという365日変わることのない朝ご飯を食べ、隈だらけの顔をキャンバスにメイクという名の絵具をのせていく。これだけで多少はマシな顔に変身できるのだから、文明の利器というものはすごいものだ。夏に育て始め、芽を出し真っ直ぐ伸びていくアボカドを横目に家を出る7時過ぎ。駅までの道のりは、友達と談笑しながら学校に向かう学生に寝ぼけ眼をこすりながらも淀みない足取りで歩くサラリーマン、この時間から畑で作業をしているご老人。そんなありふれた日常にさえも、すみれは嫉妬してしまいそうになる。

電車に乗れば、都心へと運ばれていく人の多さと言ったら。多分8割は自分と同じ顔しているだろう。最初の頃は自分だって残りの2割に属していたはずなのだ。朝の太陽に照らされてキラキラ光る街並みを見ながら、今日はどんな1日になるだろうと胸を高鳴らせていたはずなのだ。今では社会人とは恐ろしいものだとしみじみ感じるこの朝の時間が憂鬱でしかない。混み合う車内ではみな眉間に皺を寄せながら倒れてくる前後左右の人を押しのけようと必死である。こういう場で人間の本性というのは見えるのだろうなと自分も眉間に皺を寄せながら第三者のように考えていた。

佐潟(さがた)すみれ、今年で26歳の社会人4年目。大学までは地元の山梨県で過ごし、社会人になって都会に夢をみて上京してきたのだ。知っている人も場所もないところに1人で飛び出すのは不安もありながら大半は憧れに胸を高鳴らせて肩で風を切って嬉々として東京へとやってきた。まあ本気で楽しんでいたのは最初の半年くらいかもしれない。

大都会渋谷に舞い降り、改札を抜けると嫌味のように光るだいぶ上り始めた朝日と行き交う人々。

「あ。」

睨むように空を見上げると、雲一つもない秋晴れの快晴の空と大型ビルの上を横切るように長く伸びていく飛行機雲。

「死ぬにはいい日だな。」

混ざりあう雑音と、世話しなく行き交う人々。都会ではこんな独り言誰一人として聞いていないのだ。



「おはようございます。」

「あ、佐潟さん、昨日の言った仕事終わってるか。」

出勤早々すぐに聞くか、しかも挨拶もなしに。お前が定時で上がって飲みに行ってる間に終電ギリギリまでやってたわ、こっちは定時間際で頼まれたのだがな。と内心皮肉めいたことを思いながら、

「勿論終わってますよ、すぐに資料お持ちしますね。」

と笑顔を張り付けて愛想よく答える。

すみれの職場はいわゆるベンチャー企業と呼ばれる部類で、年齢層は若めで少数精鋭。よく言えば若いからこそ活気に溢れているが、悪く言えば若いのだからもっと頑張れ精神が強めなのである。就職活動中に出会った会社で、インターンに参加してみて社員全員が目標を持ってキラキラした目で仕事していたのをよく覚えている。

特にお世話になった湊本(みなもと)(かえで)さんは、茶髪の緩くパーマがかけられたふわふわそうな髪、身長は180cmと威圧感のある高さのはずなのに何故か全くそんな雰囲気はない。濃い目のブラウンスーツが良く似合い朗らかで垂れ目な目をより垂れさせて良く笑い、つられて周りも笑顔になってしまうという人を和ます連鎖反応を意図せず引き起こせるような人だった。緊張でガチガチで固まるすみれを笑顔で迎え入れてくれ、他の仕事もあるはずなのに邪険にすることもなく、インターン生の自分に一から丁寧に仕事を教えてくれた。それでいて仕事には絶対に手を抜かない芯の強い人だった。気になるところが出れば、すぐにミーティングルームを確保しメンバーを集めて会議をしていた。ガラス張りのミーティングルームでは、普段の垂れ目が少し凛々しく見えるような熱意を持った目に変わり、議論している姿を遠くから見ていた。

この人の傍で教えを請いたい、こんなに人に自分もなりたいと即決でこの会社で働くと決めてエントリーして、なんとか内定を勝ち取ったのだ。

入社して初出勤で迎え入れてくれた湊本さんはあの時と変わらない笑顔で、

「ようこそ、待っていたよ佐潟さん。」

と言われてしまっては、恋に落ちるには十分すぎたようにもすみれは感じた。勿論憧れの人の下で働けることにも胸は高鳴ったが。


そんな憧れの湊本さんはすみれが入社して3年目の年の秋、丁度今日のような秋晴れの日に空を飛んだ。残酷言ってしまえば、ビルの上から落ちて死んだ。太陽が昇り始めた秋晴れの空を背にまだ静かな街を眺めながら空を飛んだらしい。すみれが最後にみた彼の姿は、いつものブラウンスーツに垂れ目をもっと垂れさせながら、

「佐潟さん、また明日ね。」

と退勤するすみれに微笑んでくれた姿だった。

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