赤裸々1
生とは苦しみの異名なり
悲劇のヒロイン気取りではありません。本当に苦しんでいるのです。
昔にこれなら誰かを元気付けられるのでは、と思った事を今見ても、自分すら元気にならない
学生時代自分には色がなかった
勉強できない、スポーツできない、金もない、話もろくにできない、キャラもない、ノリが悪い、
周りのみんなは一人残らず何かしら個性、色があった
何をやってもうまくいかなくて毎日挫折し続けていた上に、学校自体に疲れ、個性を出すエネルギーすらなかったから、たとえ色があっても、その光を放つことはできなかっただろう。
過去と現実から目を背けるために受験勉強をしていた。その間だけ、未来に逃避できるから。
学校という環境から逃げるための受験勉強。だから十何時間もできた。
何かを変えたいと思ってやっているつもりが結局は逃げていただけだった。
だから、勉強の意味合いが変わり、大学に入ると途端に潰れた。
学校時代に唯一安堵があったのが、人が笑ってくれた時だった。
その名残で、人に笑ってもらう、喜んでもらう時しか生きている実感が湧かない。
それもマイナスがゼロになっただけで、決してプラスになったわけではないのだが。
一方的に与えられる状況に耐えられない。楽しめるわけがない。喜べるはずがない。
与えるために与えられると割り切れるような忘恩者にはなれない。
自分だけが楽しい、楽しければいいという状況を受け入れられない
楽しんでもらいたい
楽しませる側になりたい
希望を与えたい
笑顔にしたい
それこそが人間の生きる喜びなのだから
いい人とたくさん出会えたのに人間に怯えるのはその人たちに失礼というものだ。
人間が一番怖いなどとどうして言えようか。
できないこと
今更一つ増えても変わらないと思うようになれたらいいのだが
ただ、最初からできないと思って始めるのではない
「これもできないのか?」と自縄的な言葉が頭に浮かんだのを消すために考える
楽しみや喜びを受け入れることができなかった理由は、それに見合った何かを与えることができていなかったからだ
9割5分の苦しみに支配されていた
3%は無で
残り2%はその他だ
喜びを感じると成長が止まる気がする。だから受け入れられない。まだ何もないというのにここで止まったら卵のまま化石になってしまう。
物心ついた頃から苦しみが大半を占めていた
いや大半どころではない
全てだ
確信を持ってそう言える
確信とは苦しみに由来するからだ




