孤独の先へ
孤独は恐ろしい。だけど、人間は孤独と向き合わなければならない。
孤独になると、自分の内から暗闇が溢れ出す。それはまるで、皆既日食が始まる瞬間、太陽が月によって完全に隠され、その周りに光のオーラが浮かび上がる時のようだ。音も立てず、刹那のうちに広がっていく。
皆既日食の間は太陽が見えない。だから辺りは夜みたいに暗くなる。孤独な時も、命の光ともいうべき明かりが消え、たとえ明るい部屋にいようとも、死んだような暗さを感じる。
それでも、月が太陽と重なっている場所よりはましだ。そこには光がないから、何もないみたいに暗い。人も孤独になると、心の真ん中が空洞になったように感じる。
でも実は、それこそが心の本体なんだ。孤独な時に現れる、あの穴みたいなものが心なんだ。
納得がいかないというのなら、一度、心とは何かを考えてみてほしい。
心って何だろう。心ってどこにあるんだろう。
脳とはちょっと違う。心臓のある場所といっても、そこには心臓しかない。
不安になってきたね。心って、ほんとはどこにも無いんじゃないか。
その通り、心とは無のことなんだ。そして、心は無の世界にある。
ただし、無といっても、本当にないわけじゃない。質量がないだけなんだ。重くもなく軽くもなく、硬くもなく、柔らかくもない。
でも、質量がないだけあって、物質みたいに目には見えないし、触ることもできない。
心の方から見ても、僕たちを見ることができないし、触れることもできない。
だから、誰にも気付いてもらえない。
誰にも触れてもらえない。
誰のことも見られない。
誰に触れることもできない。
そう考えたらわかると思うけれど、心とは本来孤独なものなんだ。だから心は人間を生み出した。
そして、心が人間を生み出した張本人ということは、その心が姿を現す孤独な時間は、本当の自分と対面する時間ということになる。
それと当然のことだけど、本当の自分と向き合えば、本当の自分を知ることができる。自分は、本当は何に苦しみ、何に喜ぶのか。自分は、自分に何を望んでいるのか。というふうにね。
それでもやっぱり怖いかな。孤独自体が辛くて苦しいものだから。
確かにそうだ。孤独な時は、暗い森の中に取り残されたような感じがする。深い海の底に沈められたような感じがする。周りに何もない宇宙に放り出されたような感じがする。
でもだからこそ、心の痛みを知ることができる。痛みを知って強くなれる。
人は、心の痛みを知るから、自分が苦しむから、人に優しくなれるんだ。そして、優しい人間こそ強い人間だ。
人間というものは、思っているより孤独に囚われている。その証拠に、感情は孤独のスペクトルだ。
孤独の苦しみが報われるから喜びが生まれる。孤独を忘れていられるから楽しいと感じる。孤独の苦しみを理解してくれないから怒りが生まれる。孤独なのが自分一人だけだと思うから悲しくなる。
だから、孤独と向き合えば人間を知れるし、人間を救うことができる。苦しむ人を救うことが、人間として生きる意味だ。
生きる意味を知ることができたら、人間はもう孤独じゃなくなる。
心が味方になるから。心は心を救おうとする人間をひとりぼっちにはさせない。いつもそばにいて、全力で助けてくれる。
そしてもう一つ、孤独は一人であるからこそ、そこに唯一性が生まれる。唯一性とは、たとえ一人であろうと、時には泣きながらでも、自分の進むべき道を、一歩一歩踏みしめて歩いている人間に与えられる称号だ。
だから、あなたが孤独を味わっている時は、あなたに与えられた責任を果たそうとしている、まさに最中なんだ。
最後に、あなたの背中を押すために断言しよう。
孤独だということは、あなたの代わりはいないということだ。
孤独だということは、あなたにしか出来ない何かがあるということだ。
だから、胸を張って孤独に向き合って欲しい。
その先にはきっと、あなたが本当に手にしたい未来が、孤独を乗り越えた人たちと共に待っている。




