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第三話「二つの門」

 途絶えていた意識が一線の光となって四継の体に流れ込む。


 彼女が目を開けると、そこは前に見た白い世界だった。天井があるのか、地面があるのかわからない、何もないただの白い空間に四継は寝そべっていた。


 真っ白な世界で、彼女の周りだけが赤を持っていた。

 海のように広がる赤を目にした瞬間、四継は慌てて飛び起きた。そして自分の体を確認する。


 服は破けていたが、その先の肌には、腕にも胸にも刺し傷がなかった。

 そして、握り潰されたはずの腕は平然と、以前のように正常な動きを見せている。


 四継は困惑して、ひたすら傷がないか体を確認する。

 手を見つめ、開いては閉じる動作を繰り返していた。


「おはよ、四継ちゃん」

「っ……!」


 四継が状況についていけずにいると、横から聞き覚えのある声が聞こえた。

 四継はビクッと肩を震わせて横を見る。


 彼女のかたわらには、意識を失う前まで一緒にいた、彼女と同じ姿の少女が立っていた。

 少女の白かった服は今では真っ赤に染まっていて、まるで元が赤だったかのように錯覚させる。


 四継は彼女から与えられた痛みとその光景が掘り起こされ、沈んでいた恐怖が奥底から湧き出てくる。

 瞳を揺らし、もたついた足で少し後退した。


「それにしても……まさかここまで、はっきりと残ってるとは……」


 少女は自身の手を見つめ、続いて自身の足や全身を見回し呟いた。


 最初は幽霊のように薄く透けていた彼女の体は、今は通常の人間と同じく、はっきりとその存在を見せている。


 彼女は自身の体から四継へ目を移す。

 一歩、足を彼女に近づける。

 しかし四継が体を震わせたのを見ると、それ以上は近づこうとしなかった。


「そんなに怯えないでよー」


 少女はおどけたように言う。

 ただそれ以降は、四継が落ち着くまで何も言葉を発そうとはしない。


 四継も口を閉ざしたままで、しばし沈黙が続いた。


「ねえ……これからわたしは、どうなるの?」


 静かだった空間に、四継の弱々しく小さな声が流れた。

 まだ恐怖感は拭えていないのか、両腕を手で押さえて身構えている。

 しかしそれでも、少女をしっかりと見つめていた。


 その目の中には少女への恐怖だけでなく、この先のことへの不安も渦巻いていた。

 赤い瞳が落ち着きなく揺らぐ。


「心配しなくても大丈夫」


 少女は少し微笑んでみせた。


「君は、もう一度生き返ることができるよ」

「へっ……?」


 普通ではあり得ないことが彼女の口から伝えられた。

 四継は困惑した様子で少女を見つめる。


「でもわたし、しんじゃったんじゃ……」

「うん、君は死んだよ。でも私なら、君を生き返らせることができる。あの扉を潜ればね」


 少女は、いたって真面目に言う。そして四継の後ろを指した。

 つい先刻まで何もなかったはずが、少女が指した先には黒い巨大な扉がそびえ立っていた。


 白い世界の異物。

 その身には龍や玉、蛇や草花の細かな装飾が施されている。それらの装飾も黒をまとっていた。


「あれ、なに……?」

「あれは現世への門だよ。あれを潜れば、君は元の世界に戻ることができる」

「じゃあ、あっちは?」


 四継は、視界の端に写っていた白い巨大な扉を指差す。


 この世界に溶け込むように真っ白なその扉には、黒い扉と同様の細かな装飾が施されている。

 こちらの装飾は全て白で染め上げられていた。


「白いのは、冥界への門だよ。あれを潜ると、君は本当の死を迎える」


 『本当の死』と聞いた瞬間、四継の瞳が揺れる。彼女は改めて白の扉を見つめた。

 高くそびえるソレが放つ圧に唾を飲む。そして少女に視線を戻し問うた。


「あなたは、いったい……」

「私? そうだね……最初にも言ったように、私は君の中にあるもの――君の殺意だよ」


 少女は回答を与えるべきか迷ったあと、彼女の問いに対する答えを告げた。


「さつ、い……」


 幼い脳では理解するのは難しいだろうと思ったのか、少女は続けて口を開く。


「そう、誰かを殺したいと願う気持ち。ここでの私は、『死者の殺意をもとに生み出される』。そして私はそれらの殺意を感知し、死者をここへ導くんだよ。ここは、天国でも地獄でもない。あえていうなら、冥界の狭間、かな? 死んだ人間が来る場所だよ……ただ、皆が皆ここに来られるわけじゃない」


 白い世界は、彼女により選ばれた人間しか来ることができない。

 死者の中でも何かしら明確な殺意をもった人間の、ほんの一握りしか来ることができない世界だった。


「君は、死んだ。そして誰かを殺したいと思った。その思いが強かったから、私は君をこの世界に導いた。ここに来れただけでも、君は相当ラッキーな人間だ。まあでも……君の願いは私の考えたよりもかなり強いものだったけどね」


 少女は自身の手を見つめて感心したように呟く。

 彼女の体は相変わらず顕現していて、いっこうに透けたりする様子はない。


 真っ二つに割れて地面に散らばった四継のチョーカーの欠片を、二つとも手に取る。

 それを見つめながら付け足した。


「そして、今まだ私がここに存在することで、君は生き返るチャンスを得ている」


 冥界の狭間に来た人間は普通、一度力を与えて、ひと暴れさせると殺意が消えてしまうか、微弱しか殺意が残らない。

 そうなると殺意を源としてここに存在する彼女は、消滅するか幽霊のように姿が霞んでしまう。


 消滅してしまえば、生か死か選ばせることもできない。

 微弱な殺意が残っている場合でも、力が全く出せず、生死を操ることはできなかった。


 少女は片手にチョーカーの破片を二つ持つと、それを上へ投げた。


 ガラスが砕け散るような甲高い音が響き、二片は光の粒となって粉々に砕ける。

 しかしすぐに上空で集合し、一瞬にして、割れ目のない元のチョーカーに戻った。


 チョーカーは重力に従い落下していく。


 少女はそれを片手で受けとめた。

 その分厚い鉄製チョーカーを人差し指でくるくると回しつつ、四継へと目を向ける。


「死か生か。君の好きな方を選ぶと良い」


 四継は、しばし立ちつくし、うつむく。

 しかし顔を上げ、黒い扉――生へ導く扉の前まで歩いた。


 黒い扉へ向かった彼女を、少女は驚いた様子で見つめた。

 その口もとは、やがて弧状に広がり笑みを作る。


「……へえ、あんな世界でまだ生きたいと思うんだ」


 笑みを携えて彼女は呟いた。

 四継は扉の前まで来ると少しの間、その巨大な黒い塊を見つめていた。


 少女とは違い四継に笑みはない。


「やりたいことが、あるの」


 四継は少女へ目を向け、白い世界に強く言葉を顕現させた。


 その赤い目は決意を帯び、覚悟を従え、強く眼前の者を見つめる。

 しかし鮮やかな赤のその奥で、黒い何かが渦巻いていた。


「――っ、ふっ。いいね、その目。そういうのは大好きだよ……わかった。君をその扉の奥、生の世界へ戻してあげよう」

「……でもあっちのわたし、すごくけがしてる」

「大丈夫だよ。生き返らせるときに、ある程度の致命傷は治してあげるから……それに君はまだ習っていないだろうけど、可殺民は自然治癒が物凄く速いからね」


 可殺民は、不可殺民とは違った体質を持っている。

 少女の言うとおり、可殺民は自然治癒の速度が極めて速い。


 適切な治療を受ければ、骨折、肉や内臓の損傷なども二、三日すれば完治に近い状態になる。

 治療を施さず放置していたとしても、治療した場合と異なり時間は掛かるが、不可殺民よりも治りは格段に速い。


「まあ……その尋常じゃない自然治癒速度も『化け物』と呼ばれる、ゆえんの一つなんだけどね……っー、でも、ほんっと、可殺民って――便利なサンドバッグだよね!!」


 少女は口の端を下げて苦々しく言ったと思ったら、すぐにそれを一変させる。


 喜を口の端から溢しつつ、頬に右手を添えて言葉を響かせた。

 その音は明らかに愉悦をはらんだ、強く明るく軽やかなものだった。


 可殺民はどれほど傷つこうが死ななければ傷は自然治癒ですぐに治る。

 それは戦いにおいてとても便益なものである。

 事件が起これば、機関はどんな悲惨な状況下でも可殺民を投下する。


 可殺民が負傷しても最終的にそれが早く治るのは周知の事実である。


 彼らが怪我を負って機関の基地に帰ってきても、誰の心にもその者は留められない。


 誰もが気にしていないのが普通。

 その状況に、可殺民の体質を知らぬ子供たちが疑問を抱くのも、いつものことである。


「そんな世界でも、君は生き返りたいんだね?」


 少女が確認をすると、四継はしっかりと頷いた。


「じゃあ、君をあちらに返してあげよう。――と、その前に、プレゼントをあげるよ」

「プレゼント?」

「君がより生きやすくなるための、アタシからのサービスだよ」


 少女は四継に近寄り、彼女の頬に手を添える。

 小さなその手で四継の柔らかな頬を撫でて微笑んだ。


 四継は怪訝そうに彼女を見つめる。


「我が身は汝に」


 少女は短く呟き、自身の舌を強く噛んだ。

 舌から血が少し流れて口内に広がる。


 しかし彼女は気にすることなく、血液がこぼれないように口を閉じた。


 そしてそのまま、柔らかな唇で四継の口を塞いだ。

「……!」


 四継は口付けされて目を見開き、少女を押し離そうとする。

 しかし彼女は片手で四継の腕を掴んで制し、四継の口を開けさせて舌を入れた。


 少女の舌が四継の口内に侵入し、流れていた自分の血を彼女の口内に注いでいく。


「やめっ……っ!?」


 少女が一度口を離したので四継は慌てて言葉を発しようとする。

 しかし少女は再び口づけを交わし、四継の口を塞いでそれを阻止した。


 四継の後頭部を押さえ角度を変え、彼女の舌を捕らえ、その柔らかな塊に強く歯を立てた。

 噛まれて四継の舌から血が溢れる。


「ッ!」


 四継は痛みで驚き目を見開いた。

 涙目になり少女の胸を強く押し、何度も叩く。


 しかし少女は抵抗されても離れず、四継の舌から出た血を、舌を絡めて自分の口内へと持っていく。


 四継は止まらない痛みと、舌を絡められる慣れない行為に苦しげな表情浮かべた。

 少女が少しして口を離し、二人の間に赤く濁った糸が引く。


 四継の口から溢れた液体が顎へと伝う。

 彼女は戸惑いの色を顔に付けながら、肩で息をして口を手で拭った。


「っはあ、はあ、っ……い、痛い。苦い……」

「ふふ、人間と濃厚なキスをしたのは初めてだよ」


 少女は口の端から血を少し垂らしつつ口角を上げた。


 その血がどちらのものか、もう分からないが。

 彼女は愛しむように自身の唇をゆっくりと指の腹で撫でた。


「い、いまの、なに……」

「んー? ただの愛のサービス、だよ。――さて、これを返しとかないとね」


 戸惑いを含んだ四継の問いに少女は答える。


 持っていたチョーカーを四継の首の前へと持っていった。

 するとチョーカーは光を帯び、一部が分離して彼女の首に取り付けられ、また元の形に戻った。


 しばらく忘れていたチョーカーの重みと鉄の冷たさに、四継はピクリと体を震わせた。


「再びの生を、楽しんでおいで」


 少女が指を鳴らすと、巨大な黒い扉が大きな重低音を響かせてゆっくりと開いていく。

 開いた先に見えたのは、この白い世界に抗う黒。


 扉の枠と同化するそれは、どこまでも続き、視界を狂わせる。

 決してその奥を見せようとせず、ただただ覗く者に不安を植え付ける。


 四継は唾を飲み、しばしその場に立ちつくしていた。


 一歩、足を前に出し、ゆっくりと黒の扉へと近づく。

 扉の前まで来ると足を止めてその先を見つめる。


 拳を握り自身に活を入れ、扉の敷居を跨ぎ奥へと足を進めていった。


「またね、高山四継。私はいつでも手を貸すよ」


――(キミ)が殺しを望むなら。


 少女は消えていく四継の背を見つめ、口もとに笑みを含んで呟いた。


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