第二話「覚醒」
途絶えたはずの意識の中で殺意は渦巻く。
男がナイフを片手に外に出ようとしているなか、息を引き取ったはずの四継の手は、近くに落ちていた黒い九ミリ拳銃へ伸びる。
床に散らばる四継の血が、何故か銃へと吸い込まれていった。
心臓も呼吸も止まったはずが、四継のまぶたが再び開き、瞳孔の開いた目が露になる。
血のような赤色だった彼女の目は右だけ、金の歯車がいくつも眼球に浮かんでいた。
歯車は目を埋め尽くし、目の色を金に変えている。
首についていたはずのチョーカーは砕けて床に転がっていた。
四継の指がトリガーに触れる。
すると小さな魔方陣が一つ、二つ、三つと彼女の右目の前に展開されていく。
彼女の小さな手は重い銃を背負い、銃口を男へと向けた。
細い指が引き金を引く。
「っ……!?」
ズドンッという重い音が鳴り響き、銃口から赤い血の弾丸が放たれた。
弾丸は勢いを増して前進しながら徐々に肥大化していく。
猛進するそれは男の左腕を穿ち、家の壁を砕き、その先のビルの壁をも撃ち抜いた。
「っ……これは……まずいねえ」
男は左腕を一瞥して引きつった笑みを浮かべる。
肥大化した血の弾丸は彼の腕の骨を砕き、肉を食らい、大きな風穴を空けていた。
端の肉だけがわずかに残り、かろうじて上部と下部を繋いでいる。
男の手からナイフが落ちて固い高音を奏でた。
銃口から白い煙が流れ、細く消えていく。
煙が収まると、銃口は再び男へと向く。
自分の方へ向けられ、男は急いで外へと退避した。
四継の体は、ゆらりと起き上がり歩きだした。
意識を失う前、男にいたぶられ大量に出血したのにも関わらず、彼女は平然と歩いていく。
しかしそこに意識があるようには見えず、ただ動くだけの人形のようだった。
四継は外へ出ると、地面に道を作っている血を追って再び歩きだした。
平日の昼間ということもあってか、住宅街はひとけが少なく閑散としている。
腕を押さえて足早に逃げる男を見つけ、四継は足を早める。
男は彼女に気づくと舌打ちをして立ち止まり、懐からナイフを出した。
* * *
四継の意識が再び稼働する。
目を開くと、さっきと同じように少女が四継の上に馬乗りになっていた。
少女の黒い髪や柔らかそうな頬を、赤い液体が濡らしている。
「っ……」
先ほどの激痛を思い出して四継は体を震わせた。しかし、また意識が戻ったことに疑問を抱く。
その疑問を弾くように少女が口を開いた。
「心臓は外したみたいだね……続ける? 殺さずこのまま逃がしても」
「……ううん。つづける」
四継は少女の言葉を遮った。
「え……」
少女は予想外の返答に一瞬固まった。
男を無理に殺す必要はない上、このまま逃がせば四継は幼くして人を殺さなくて済む。
だから少女は、四継が止めることを選択すると思っていた。
しかしそれとは逆に肯定されてしまい驚愕する。
「わたしのパパとママ、わるい人をやっつけるおしごと、してたの……パパ、いってたんだ。わるい人はやっつけなきゃいけない、って。だから、人をころすようなわるい人は――しんじゃえばいいんだ」
四継の口には、笑みが浮かんでいた。
獲物を待ち構えるような彼女の目に、少女は捕らわれてしまう。
その赤い目の奥には黒々とした何かがうごめいている。
少女は口角を上げた。
「そっか、わかった。でも弾丸のための血はもうないし。仕方ないね、新しい武器を作ろう。それと、その武器を強化するための痛みも要る」
「ぶきを、つくる……?」
四継は不思議そうな声をもらした。
少女は小さく頷き、四継の白い左腕を握る。
「少し我慢してね」
少女は柔らかい声で優しくなだめるように耳元で囁き――四継の腕を握り砕いた。
「ひっ! ぃいいいぁああ!」
少女の小さな手では想像もつかないほどの力で、彼女の腕は文字通り粉々に砕けていた。
四継が叫び声をあげて暴れるなか、少女はもう片方の腕も握り潰した。
* * *
バキバキと音がして、圧に押される感覚が四継の腕を襲う。圧を感じて彼女の体は動きを止めた。
腕の骨が大破し――骨は彼女の腕の中、体内から消えて、砕けた破片が体外に現れる。
破片は彼女の目の前で空中に浮遊していた。
四継の手の中にあった黒い銃が光を帯び、元の形をなくしていく。
光を帯びたソレは細長い棒に変形し、骨の破片を吸い込んでいく。
破片は棒の先端で集結し刃が生成された。
やがて光が収まり、四継の姿が明確に見えるようになる。
彼女の手には、黒い柄に白い刃の、骨鎌が握られていた。
四継はそれを握り締め、軽く空をなぐ。
裸足で地面を蹴り勢いよく男へと駆けた。
彼女の足があった場所は、強い圧を受けて大きくヒビが入り砕けた。
四継は距離を詰めて鎌を振るい、男はそれをナイフで受け止める。
しかし彼女の鎌がナイフの刀身に接触した瞬間、強力な圧が男を襲った。
彼は踏ん張っていたが、強すぎる力に後ろへと押されていく。
「っ……面白いね、君。僕と同じ死神化だけど……もう死んだ状態だからって、どこでも材料として使えるし、どれだけでも痛みを味わって強化できるってわけか」
焦燥を打ち消すかのように男は笑う。
彼は鎌の刃から押し寄せる高圧をナイフで横に流し、後退して四継との距離を取る。
だが四継は一瞬にして男の斜め後ろに回り、すぐさま勢いよく鎌を振るった。
しかし刃は使わず、鎌の柄と刃を接合する凸部で男の首を打ち、首もろとも押し込み地面に叩きつけた。
「かはっ!」
男は首を強打され、乾いた声が無意識に口からこぼれ出る。
首が先に持っていかれ、体勢を崩し、彼女に押されるがまま後ろへ倒される。
体が地面と触れる重い音に混じって彼の首から、大きな枝が折れるような音がした。
男は後頭部を強打するが、体が地面についてもなお鎌の力は弱まることなく、首だけが凹んで歪み、地面へとめり込む。
地面は重い圧を受け、ピキピキと音を立て徐々に亀裂が入る。
やがて圧に耐えられず地面が砕け、四継はようやく鎌を離した。
眼下で男は、ひゅーひゅーと掠れた息を吐いていた。
四継は再び鎌を振り上げ、最期の一撃を下そうとする。
しかし振り下ろそうとした瞬間、何かが横切って男を持ち去っていった。
「間一髪、ってところかな……でも」
顔全体を覆う白い仮面を着けた女が肩に男を乗せながら言った。
彼女の仮面は真っ白で、何の装飾もなく模様も描かれていない。
長い黒髪を揺らし、女は四継から距離を取るが、四継はすぐさま近づいて鎌を振るった。
女は男を路地裏に放り投げ、襲いくる鎌の刃を合口で受け止める。
「逃がしてくれそうでは、ないよなあ……」
男の時のように強く圧されているはずだが、女は後ろへさがりはしない。
彼女は押されるどころか鎌を押し返し、四継から離れる。
四継が近づいて鎌を振るが、女は軽くかわしていく。
女が避ける度、鎌は空をなぎ大きな風を生んだ。
四継が攻撃しては女が避けるのを何度も繰り返す。
近くにあった電柱は骨鎌に意図も簡単になぎ倒された。
四継は軽く跳んで、倒れていく電柱の上に足を乗せる。
鎌を軽く振るい、倒されてちぎれた電線に刃を触れさせた。
鎌の刃は電気を帯び、黄色い小さな稲妻を散らす。稲妻の小さな破裂音が何度も鳴っては消えていく。
帯電した痛みは四継の足に力を与え、彼女は未だ倒れている途中の電柱を強く踏みしめ、女のもとへと勢いよく跳んだ。
電柱は、足場だった部分を境目にして大きな音を立てて割裂する。後ろで電柱が倒れ重い音を響かせた。
四継が鎌を振るい女は避けるが、電撃を纏った衝撃波が女めがけて襲いかかる。
「っ……あっ、っ!」
連続する攻撃に回避が間に合わず、女は感電して鈍い声を漏らした。
ふらふらとした足取りで女は離れ、四継は彼女を追う。
攻撃しては避けてを繰り返すうちに鎌が放電しきった。
女はそれを確認すると何度目かの鎌の攻撃を合口で受け止めて弾き返し、また離れた。
四継は追いかけるのを止め、近くにあった車のボディへ鎌の刃を突き刺した。
「ちょっと、嘘でしょ……」
そしてそのまま鎌の柄を強く握り、横に思いっきり振るい、車を女めがけて勢いよく放り投げた。
強烈な力で投げ飛ばされた車体は重く空をなぐ。
大きく風を切り、女の後ろにある建物へと突っ込み爆発して炎上した。
女はすぐさま横に回避したが、右腕に車のサイドミラーがぶつかってしまい腕を押さえながら逃げる。
近くからいくつか悲鳴と叫ぶ声が聞こえてくる。
しかし四継は動きを止めず、逃げる女を追いかけた。
車が爆発して燃え盛る炎を鎌にまとわせ、逃げる女に火の衝撃波を何十発も放つ。
「っ……」
女は振り返り、避けられないと死を覚悟した。
その瞬間、女の体は誰かに抱えられ別の場所へと移動し、炎の衝撃波は誰を焼くこともなく虚しく消えていった。
フードを目深に被った人物は、左脇に負傷した男を、右脇に女を抱えて四継を無言で見つめた。
しかし四継が再び鎌を構えた瞬間、すぐにその場から消えていった。
四継は追いかけようとするが、突然体から力が抜けて倒れてしまった。
それ以上、彼女の体が動くことはなく、建物を焼きつくす炎と悲鳴や怒号がその場を支配した。
「へえ……面白いの撮れたかも」
物陰に隠れていた少年はスマホの録画停止ボタンを押すと口角を上げて呟いた。
十代なかほど、中学生だろうか、赤と黒の混ざった特徴的な髪を持っている。
首にチョーカーは着いていないため不可殺民である。
彼の赤い目は、今しがた撮り終えた動画へと向けられていた。
「何してんだ晩鐘。なんかすげー音してたけど」
後ろから男が近づいてきて少年に声をかけた。
名を呼ばれた少年、晩鐘赤八は笑って振り返る。
「あ、九牙さん。いやー、別に何もー」
声をかけた男、九牙忠弘は二十歳ほどで、少し長い黒髪は前髪が掻き上げられている。
屈強な体つきをしていて、首に分厚い銀の鉄製チョーカーが着いていた。
晩鐘とは違い、可殺民である。
やる気のなさそうな青い目は晩鐘を見下ろしていた。
「つかお前、学校はどうしたんだよ」
「もちろんサボっちゃいましたっ」
「何やってんだよお前……」
にこにこと笑う彼に九牙は呆れてため息をつく。
二人はそのまま歩き出し、四継のせいで騒ぎが起こっている場所から離れていった。
「あ、というかめっちゃ可愛い女の子見つけたんですよ!」
「! 胸は」
先程まで退屈そうだった九牙が突然、目を輝かせて話に食いついてきた。
「えっ? あー、小学生より下っぽいんでまだまな板っすね」
「は……?」
晩鐘がその『可愛い子』を思い出して言うと、九牙は驚きの声をもらした。
「めっちゃ面白いんですよ。こう、大きな鎌を振り回したりして」
「……お前、一回警察に捕まった方がいいんじゃねえのか」
九牙は若干、引いた様子で赤八を見る。
そんなことないっすよー、とケラケラ笑う赤八の声が路地に響いて消えた。
* * *
静まり返った空間に足音が紛れ込む。
血で染められていた四継の家に、何者かが足を踏み入れた。
開け放たれたままの入り口に立ったのは、二十代後半の女だった。
腰まで伸びた長い黒髪を風に揺らし、その濁った灰色の目を家の中へ向ける。
黒いジャケットと、同じく黒のスカートに身を包んでいて首に銀の分厚い鉄製チョーカーを着けていた。
ジャケットには縦に二本、胸部に横に一本、赤いラインが入っている。
膝下までのスカートには下部に赤いラインが一本入っていた。
履いている黒いロングブーツのトップにも赤いラインが入っており、銀のリングが二個ずつ左右のブーツに付けられている。
黒に赤を基調としたその服装は、機関の可殺民が着る制服である。
彼女は四四堂殺、機関に所属する可殺民である。
通報を受けて駆けつけた彼女は、床の血や肉塊へと目を移した。
砕けて散在している机の木の破片に、白く硬い塊や人の体の一部らしきものが混ざっている。
それらは、みな広々と飛び散る血で赤く鮮やかに染められていた。
床を占める赤の海に、鮮紅とは違った赤黒いどろりとしたものや赤紫の塊も沈んでいる。
殺は床に転がっていたチョーカーの欠片を目にして瞳を揺るがせた。
赤い液体を靴で弾き部屋を横断し、部屋の様子を改めて目に焼き付ける。
床に落ちている、ある物の前で足を止め、それに手を伸ばした。
殺が手に取ったものは、四継が着けていたチョーカーの破片だった。
真っ二つに砕けたチョーカーの一片を、しばし無言で見つめる。
その目はどこか冷めていて異様な何かを有していた。
突如、彼女の手にあったチョーカーの破片と、床に落ちていたもう一片が光を帯びる。
やがて破片は光の粒となって消滅してしまった。
「! 消えた……」
殺は目を見開いて小さく呟き、先ほどまで破片を持っていた自身の手を見つめる。
手から目を離すと、他のものは気にせず家の外へと出た。
この家で起こった事件や、四継が起こした火事やらで人々が集まっていて外は騒がしくなっている。
殺はバリケードテープの外に出て火事のあった場所、四継のいるところへと向かった。