5-33「だから、ココはボクがやるんだ!」
「宝の場所が……2箇所、ねぇ……。
とは言え、その2つは崖の向こうなんだろ?」
「うん! あっちと、そっち!」
「ンなら、支度して崖を渡る事には変わりねえ、って話だな。
マトはちゃんと目が覚めたか〜?」
クゥの手がもちもちと頬を撫で回してくる。
ボクのが先に起きてたんだけど……。
まだまだ力の入れ方がフワフワで、寝ぼけてるんだろうなぁ、と笑みが漏れてしまう。
「ちゃんと起きてるよ〜。
クゥが起きてないかも」
両手で逆に顔をもちもち仕返す。
ン……穏やかな顔になって目を閉じた。
これはダメなパターンだ。
慌てて両手を離す。
「んー」
両手を掴んで引き戻された。
仕方ないのでもちもち。
こんなに寝起き悪かったっけ……? と思ったけれど、クゥとの野営の経験は無い。
クゥはワイルドな雰囲気がある割に、部屋と枕が必要なタイプなのだろう。
疲れが抜けていない気がする。
きっと、この世界の人たちは野営だと落ち着かないのだと思う。
「夜を外で超えるストレス、凄いよね」
ボクら2人は業と仲良しになったから、夜の恐怖の一つは克服している。
けれど、欲を持つ他の3人……アードのおっさん、マーさん、ガダルには未だ夜は危険なのだ。
「クゥ、起きて。みんなが心配なんだ、宝物の所へ行こう」
両手で顔をもしゃもしゃ擦る。
「へぷしっ……! んお、マト、くすぐったいぞ……。
……ああ、そうだな、起きねえと。
早く合流しねえと皆が心配だもんな!」
「うん、クゥが頼りなんだから」
「にしし、そうか〜? じゃ、支度して出るぞ!」
急いでいるけれど、慌てない。
2人で湧水まで行き顔を洗い。
水も補充して。
野営の跡を片付けて。
荷物と道具のチェック。
「良し、問題ねえな。
まだ残してるから、これかじっとけ!」
「わっ、でもこれ、クゥの分は?」
「もう食ってる」
ほんとだ……ああやって板のまま咥えて食べる人、この世界に来て初めて見たよ……。
誰かが持ち込んだチョコレートという文化。
ボクはチョコレートからしかチョコレートを作れない。
チョコレート自体をこの世界に生み出した誰かはどれだけチートなんだろう。
「んじゃ、頂きます!
……甘いのって高いって聞いた」
「そんなでも無いけど、これは高いやつだぞ。
あのヒゲのおっさんが、デカいグラスに入れた酒と一緒に食う予定だったみたいだ」
脳裏にアードがグラスを回している様子が浮かぶ。
うーん、絵になる。
「よし、飯ではねえけど、軽い元気にはなったな!
温存しつつ、使い所ではバッチリ全力で合流を目指すぞ!」
「わかった!
欲【宝の在り処】!!」
もう一度、しっかり光を辿るために。
視界の中に光の道標を立てる。
この先にある崖を越えるように、風に乗って飛んでいく輝く粒子。
今日は昨日と違い、光の道は2本。
「まずは崖を越えよ、その先で考える方がいいかも」
「おうよ!」
ボクらは、その場を後にした。
木の枝や苔むした地面、見慣れない光沢のある岩肌、温泉のような湿度。
少し歩けば、光が差し込む場所が見えてくる。
超えるべき崖。
「下は全く見えねえな――」
崖から下を覗けば、雲海が埋め尽くしている。
そんな高度もない……空から見下ろしたような景色になるはずもないのに、だ。
大地から噴き上がる湿度が霧になり、その場に滞留しているのかもしれない。
「落ちたらアウトっぽい」
「そりゃあ、どこでもそうだろ!
マト、音を聞いてくれ。
特に見えない下の方だ」
「わかった!」
耳をピンと立て、クゥの頭にしっかり掴まって音を探る。
風音、森の方から聞こえる鳥の鳴き声。
耳の向きを下へと向ける。
雲の中を探る。
風音? いや違う……これは羽音――虫の飛ぶ音。
「クゥ、雲の中、ハチが飛んでるみたいな音がうっすら聞こえる」
「ハチ、ねぇ。
羽ばたく音じゃなくて虫かよ……ちっと面倒くせえぞ」
「クゥの見立てだとどういう感じだったの?」
「デカい鳥が潜んでで、ピヨーってされてギャーの可能性を考えてた。
だけど、これだとブーンって来て、ガシィ……の方だろうなぁ。
虫が面倒くさいのは鳥と違って何に反応するか分かりにくいことだな」
「潜駆が通じない可能性、みたいなこと?」
「おうよ、アレも曖昧で『消えてる』って願いだからな。
『消えてる』を認識する技や願いに弱いんだ。
透明になる獲物が居る森の捕食者なんかは欺けねえ」
「そっか……潜駆する動物が居ると、対応する技が磨かれてるってこと」
「そういう事だ! 偉いぞ~!
で、虫はその手の技を持ってることが多い。
羽音がデカいなら……身体もデカい、オレらでも危ない訳だ」
「超跳躍で一気に行くのは?」
「虫は速い。だから、もっと速く行く。
マト、今から身体にロープ繋ぐぞ。
すぐ吹っ飛んじゃうし、抱っこも危ないからな」
「う、うん。わかった」
そして、準備が完了する。
「それじゃ、しっかり掴まれ。
落ちたら空中引っ張ってくからな!」
「うん、絶対離さない、それはいやだ~!」
崖からクゥが少し離れる。
助走距離の確保だ。
辺りで吹いている風音が、急に気になり始めた。
恐怖感が自分の感性に影響しているんだ、と冷静に分析しようとするけど。
怖い以外で説明できない何かがボクに付き纏っている……そんな感覚。
「珍しく震えてんな。……怖い、でいいんじゃねぇのか?
くしゃくしゃじゃない顔で震えてんのは、困ってんじゃなくて怖いんだよ。
ちびっこなんだ、怖くて当たり前じゃねーか」
もしゃり、とクゥの手が頭に触れる。
その言葉と手だけで緊張が一気に緩和される。
「やっぱ怖いや、上手く整理できなかった」
「それでいいと思うぜ。
怖い奴はよ、やらねぇんだ、こういう選択肢を。
怖い足だと失敗するからな。
ので……オレは全く怖くねえ!
怖いことは今片付けたからな、マトが吹っ飛んじまうっていう」
「そこが心配だったの? ちょっとうれしいかも。
離れてたまるもんか、絶対落ちないよ」
「おう。じゃあ始めるぞ……!
『超加速』、『潜駆』……!」
足元の枯れ葉やコケが巻き起こった突風で渦を巻いて浮き上がる。
緑色に輝く粒子が帯を引きクゥの周りで回転する。
同時に、視界が白黒に切り替わる。
ボクらが辺りの空間から「消えた」合図。
声は無くても分かる。
行くぜ、そう聞こえた。
クゥが森の中から崖へ真っ直ぐに駆け出す。
足音も、落ち葉の音も、突風の如きボクらが生み出す風音もない。
崖から、対岸目掛けて力いっぱいクゥが『超跳躍』で踏み切った。
強い向かい風が襲ってくる。
一瞬でも気を抜いたら吹き飛んでしまうだろう。
しがみつき耐えながら見る景色は、怖いより美しかった。
モノクロな視界が、その美術的な雰囲気を強調し。
見ようとせずとも見える雲海が、空を飛んでいる感覚を伝えてくる。
ぐんぐんと距離は進む。
対岸まで半分を過ぎた。
一瞬の空中旅行だった、と物悲しく思い始めた時だ。
耳に羽音が飛び込んで来た。
さっきより近い。
鋭い風音よりも大きく聞こえる羽音……迫って来ている。
「クゥ! 確実に見られてる!
後ろの下から、デカいトンボが真っ直ぐに来てる!」
ボクの声で視界に色が戻る。
潜駆が解除された。
「やっぱり消えてても見えてたタイプだな!
マト、位置の把握だけしっかりしろ! あとちょっと、あとちょっとだ!」
「めちゃくちゃ速い! 追いつかれるかも……!」
「何とか、何とかするぞ! 届けぇええ!」
トンボと、対岸を交互に見る。
本当にもうすぐだ。
ほんの数秒で到着できる。
でも――トンボはもう、眼の前なんだ。
「間に合わないから行くよ。クゥ、必ず引っ張って回収してね」
「マト、やめとけ! 無理だ!」
「クゥがたどり着かないと、ボクもたどり着かない!
だから、ココはボクがやるんだ!
……『超跳躍』――!!!」
クゥの肩から、全力で跳ねる。
背後から迫っているトンボ目掛けて。
あの口、ボクなんて一噛みで終わってしまいそう。
トンボだって思ってたけど、しっかり睨み合えば複眼だけでもボクより大きい。
翼は6対だし、足も多い気がする。
でも、空へと跳んでしまったのだから怯えてる場合じゃない。
コイツをなんとかするんだ。
「喰らえ、『ふわふわの兎のあんよ』!」
飛び蹴りするつもりで、クゥの肩を踏み切ったんだ。
体重の移動もバッチリ。
相手の羽音でかき消されても、ボクの蹴りだって風音を纏っている。
トンボが口を開き、噛みつこうとしている相手はクゥ。
だから、肩から飛び出したボクへの反応が僅かに遅れた。
「うりゃああ!」
ボクの右足が、相手の複眼へと思い切り叩き込まれる。
トンボ自身の突撃速度も加わり、その蹴りは槌を叩き込んだ如く。
激しい轟音と共に複眼の半分を破砕。
衝撃を受け、真っ直ぐにトンボは落下していった。
「やった……! ……やっ、た……?」
続いて落下するもの、それは当然ボクだ。
繋がれたロープで降下が止まるが、これはまさに移動するバンジージャンプ。
「みゃああ!!!」
「大丈夫だ! オレと繋がってる!!!」
クゥの叫び声と共に、ロープが引っ張られた……!




