5-31「キノコなの!?」
「キラキラの位置、しっかり見てる!」
「任せたぜ、マト!
しっかり捕まってろよ、吹っ飛んだら寝る前に説教だ!
忘れんな!」
「わかった!」
目の前の茂みを飛び越えれば、奇怪な植物の群生地。
まるで死体に生えるベニサンゴ。
脈動する幹から鹿の角のように互い違いに枝が伸びている。
大きさにして小柄なクゥより少し大きいくらい。
耳を澄ませば、ごぽりごぽりと水音が聞こえる。
あくまで見た目では植物の亜種だと認識できる。
「数が多すぎる……だけど、ただの植物かもしれねえ。
回り道を探す前に調べてみるぞ」
「そうだね。
マーさんなら知ってるのかなあ」
「しっかり見て覚えとけ、帰ってジジイに正体聞こうぜ」
「うん!」
茂みから一歩前へクゥが踏み出した瞬間だった。
あたり一面のサンゴめいた植物の枝先全てから、オレンジ色の毛束が飛び出して開く。
風もない密林の中で、まるで水底で波に揺れる触手の如く。
「……ッ……!
反応しやがった……!」
「あっちの端からこっちの端まで、全部黄色っぽいフワフワが出てる!」
「威嚇されてんのか……?
嫌な感じがする事しか分からねえ!
これなら……どうだ……?」
クゥがしゃがんで木の枝を拾って投げる。
サンゴもどきに直撃する瞬間、その直下から生えてきた白骨の腕が枝を掴んで握り潰した。
「うわ……」
「何だ今の骨……。
黄色い糸みたいなのが繋がってる……ってことは……」
「食った死体や骨を動かして護身用にしてるってこと……?」
「だろうなぁ、かなりタチが悪いぞ、あの草……」
「回り込む方が良さそう?」
「それのが無難だろう、木の上に上がる手もある……が」
「が?」
「大きな森の上空は、飛行する厄介な獣が多いんだ。
頭を出したら食われた、なんて話も多い……見える敵を対処した方がマシかもしれねえ」
「なるほど……」
「ので、とりま正面と向き合うぞ!
ヤバそうなら下がる。
さあて、死体を操る以外にどんな隠し種をもってやがる……!」
クゥが二本の短刀を腰から引き抜き走り出そうと踏み込んだその時。
周囲の地面から無数の動物の骨が立ち上がる。
中には人らしきものも混じっている。
立ち上がった骨は、マリオネットの人形が暴れるように関節を無視して動く。
そのままクゥの元へと雪崩れ込んできた。
「多い! 多いって! クッソ、下がる方が……」
「ダメだクゥ! 後ろにも居る!
茂みを超えた時点であの草の領域だったみたい!」
「ちきしょう、なら蹴散らしていくしかねえな!
オレだってそれなりに名は通ってるんだ、戦いで遅れは取らねえぞ!」
二歩で踏み切り、目の前に迫った四足動物の骨に飛び蹴りを叩き込む。
カシャリ、と乾いた骨が砕ける音が響き四足動物の頭はバラバラになった。
が、頭部を失った身体は動きを止めず、再び向かってくる。
「糸で繋がってる身体を壊した所で変わらねぇってか!
骨ぶっ潰して飛び越える!」
糸で繋がれた骨人形程度では、手練れの盗賊を抑え込むには不十分すぎる。
回し蹴り、ハイキック……繰り返し打撃である足技で眼の前の骨を次々と砕き、クゥは前へと進む。
しかし、再復活し動く「壁」は削るのに手間がかかる。
「くっそ、欠片になっても使って来やがるのか!
神官が見たら超怒るぞ、こんなの!」
ボクも出来ることをするだけ。
クゥの肩にしがみつきつつ、耳を立てて音を聞く。
カラカラという骨の音、枯れ葉が落ちた湿気た地面から聞こえる足音、植物の脈動の音。
骨はオレンジ色の糸に繋がれて動いているだけ。
あの糸はサンゴの枝の先端だけでなく、地中からも出ている。
サンゴらしき本体は脈動を繰り返し、何かを吸い上げている。
――動きが止まった……?
「クゥ! 草の脈動が止まった! 戦い始めはずっと動いてたけど、突然止まった!
嫌な感じする! 真後ろは骨が1体だけ、それだけ吹き飛ばして下がろう!」
「……! お、くしゃくしゃ顔再びだな。
ってことは――ガチで何かヤベェ。 了解だ!
『加速』!!」
クゥの周囲で緑の風が渦巻く。
くるり、と軽快なステップで反転して2歩、大きく跳ぶ。
「掴まれ!」
「うん!」
視界が回る……前方宙返りだ。
振り落とされないようにしがみつく。
着地すれば、眼の前に立っていた二足歩行の良くわからない動物の骨を飛び越えていた。
そのまま再び跳ねて茂みへと戻る。
「黄色い触手が全部引っ込んだ!
やっぱりあの範囲……ンッ! サンゴの口元が膨らんでる!」
「なんだって!?
……あれは!! 離れるぞ! あと1回……ダメだ、ケチってる場合じゃない!
『超跳躍』ゥゥ!!!」
加速の加速に超跳躍を重ねて。
蹴り出した一歩は高く、遠くに。
密林の枝を避けるように横方向へと跳ねた。
同時に、ボッ……という小さな音がボクの耳に飛び込んでくる。
慌てて振り向けば、サンゴの口元から真っ赤な霧が吹き上がっていた。
目を凝らせば泡のようなツブツブも中に混じっている。
先ほどまで見ていた一面が真っ赤な霧に包まれ、あまりにも不気味だった。
「うあ……! 霧吹いた! 真っ赤な……!」
「色付きか? なら見えるだけマシだ! こっちに流れていないか見ろ!
絶対に吸うな!」
「う、うん……」
両手で口を抑える。
クゥが小声になりながら、キラキラとは逆方向に走り続ける。
「……アレはキノコの類だ。遺跡にも生えるんだよ、ああいうの」
「キノコなの!?」
「おう。アレは胞子だな……吸い込むと腹の中で広がって――」
「あの骨みたいになる」
「そういう事だ。対策は吸わねえ事しかねえ。
地面から黄色い糸が出てたってことは、あの辺り一体に根っこが広がってるってことだ」
キノコはお花で、そこが本体だよ、と言おうと思ったけれどくしゃくしゃになるのでやめておく。
別にそんなことはどうでもよくて、あの一帯全部が「危ない」ということなのだから。
「じゃあ、あそこ全部キノコ……。
どうやって抜けようか」
「大回りするか、戦うか……だが。
オレらは火を使う技もねぇ、遠回りが無難だ。
そろそろ反転して別のルートを探すぜ。
マトは赤い霧が見えたらすぐ言う事!
特にあの中のプチプチした泡な」
「わかった……!」
短刀を鞘に戻し、キラキラの方向へとクゥが再び走り出した。
ボクは周囲を真剣にチェック、耳も立てる。
遠くでガサガサと木の上から何かが落ちるような音が聞こえてきた。
目を凝らしても今ひとつ見えない。
「何かが木から落ちた音がした」
「たぶん、アレを吸ったんだ。
そうやってあのキノコは増えて広がってくんだな……」
「こわいね……。
ン……キラキラの道が流れてきた!
このまま斜め前で行けるよ!」
「ナイスだぜ、ならこのまま赤い霧から離れながら走るぞ」
視線の先、オレンジ色に変わりつつある空が覗いている。
森が開けた……?
「森の外……!?」
「みたいだな……!!! ッ……!!!」
クゥが全力で止まる。
その反動でつんのめり、前へと吹き飛びそうになったボクを掴んで抱きかかえてくれた。
「説教はナシだ、これはオレのせい……。
危ねえ……」
「……うわっ」
眼前に広がるのは巨大な崖。
あと数歩で見事に落下する所だった。
キラキラは対岸……反対側の崖。
ここを渡らなければ、皆の所へは戻れない。
「キノコを飛び越えても、この崖にブチ当たって赤い霧に飲まれてキノコの仲間入りだったってことだな。
戻って正解だぜ……ナイスだマト」
「わ、そんなに撫でないで」
「良いじゃねーか……手が震えちまって、な――」
「クゥ……。落ちなかった、クゥが気付いた、全部大丈夫だった。
大丈夫だったよ、だから次、考えよ!」
抱かれた身体に力を入れて、すぽんと抜け出て肩へ。
両手でクゥの顔に触れて身を寄せる。
「……照れくせえよ」
「そう? 震え止まった?」
「……そういうのはシワシワの顔で言ってくれよ、照れるから。
おっさんの顔なら許容できる。
いや、おっさんのマトが許容できないわ」
「許容できないんじゃん。
さて、どうしようか――この崖、クゥの超跳躍なら越えられるよね?」
「だけどさっき使っちまったからな。
一晩過ごさねえと、そうもいかねぇんだ」
「もうすぐ夜だよ。
野営の道具とかもないけど……」
「んならサバイバルの時間だな!
こっからあっちへ渡るのに壁走りで崖を降りる手もある。
だけど崖の底に何が居るか分からねえからな」
「んじゃ……ココで一晩、頑張ろ」
「オレ1人なら何とかなるんだけどな、ふわふわの弟子が居るからな~」
「えー! ボクお邪魔なの?」
「いや――心配なんだよ。大事なモンを盗まれちまうかもしれないだろ」
「そっか。大丈夫、ボクはクゥのトコから離れないよ。
盗まれたら奪取で取り返してよ」
「もちろんだ、しょうがねぇな。
下に居るよりは木の上のがマシだ。
上に場所を作るトコから始めんぞ」
「うん!」
「必要な物は……」
飲水、丁度いい枝や板、火起こしに使うもの。
食べ物になりそうなもの、諸々。
それを聞けば、ボクの欲で探せる。
ゲームのクエストアイテムみたいに、キラキラが「落ちてるよ」と教えてくれるのだ。
「これも宝探しだね、クゥ」




