5-20「にしし、これで遠回しにオレのお宝って事になる!」
「良いんじゃねえか?」
「うん、ボクも良いと思う!」
「だがよ、お二人さん。
マガロさんにゃあ此処を守ってもらう仕事もお願いしてるんだぜ?」
確かに、だ。
マガロが居るからこそ、街と森の間の壁の穴は巨大な門として成り立っている。
一時的にでも彼が居ないとなると、それはただの壁の穴だ。
「なやましい……。
シハのガーディアンが動いたらなあ。
ん……ガーディアン? そうだ!」
ててて、とキャアの元に走る。
覗き込むのはぶら下げられた、寄生アリの入った袋。
「アリさんに頼めないかなあ。……んん、足も再生してる……!」
「ぎぃー」
「汝、何と話をしている……?」
「えっと、この子!」
キャアの鞍へよじ登り、袋を外して掴む。
ちょっと重いが、頑張ってマガロの所へと運んで見せる。
「む……この小さきものは外の森の生き物か」
「ぎー」
「我の森の眷属たちではない。外からやって来た者だろう、だが話はついた」
「は?」
「んん?」
「話がついただぁ? マガロさんよ、そいつはどういう……」
「思念伝達の力を持っている存在だったのでな、直接話しかけたのだ。
ちなみに汝らで聞こえた者はいたか?」
「オレには聞こえてねえ。
マトはくしゃくしゃなので聞こえてねえな。
アードのおっさんも突っ込んだから聞こえてねえ。
ピートも首を傾げてるし、ガダルもくしゃくしゃだから聞こえてねえ。
……!? ジジイ、頷いてやがる!?
まさか……そんな能力が」
「ある訳ねえだろ……。
インチキジジイの顔だよ、あのマヌさんはよ」
「キーヒッヒッ、ご明察ゥ!
何も聞こえておりませんよォ!」
「ジジイ……!
一瞬でも頼りになる、と思ったオレの感情の行き場を返してくれ……」
「ふむ、汝らには伝わらぬ手段だと把握した。
我が巫女は居ないと言うことだな。
この小さきものは……」
マガロが言うには、アリは別の森で浮かぶ草に寄生したらしい。
巣仕上げて、ニラルゲの森へと飛んできた。
3つの目的、生きる、食べる、増える……その為だけに存在していたとの事。
そして、ある日。
人を食らった際に意識に目覚めた、らしい。
「アリさん、やっぱり悪いやつだった」
「悪いやつだな!」
「お前さん達よぉ……。ドロボーが腕組んで言う言葉じゃねえだろ……」
「ぎー」
「小さき者は言っている。
マト、汝は自分を食べなかった。
家と食をくれると言った。
それに答えたい」
「食べなかった、って判断されたんだ、アレ……。
でも、ちゃんと伝わってた!」
「して、汝ら、この者に与える巣など持ち合わせているのか?」
「うん! ピート、シハのガーディアンの残骸を持って来てくれる?」
「畏まりですぜ!」
ドタドタと駆け出して行くピート。
マガロの話は続く。
兵は鉱物から生み出せる。
つまり人の持つ武具も兵の素材、浮人草の「人を上手く食らう技」を操り人間を狙っていたようだ。
程なくして、巨大な甲冑ガーディアンのパーツを抱えてピートが戻る。
「ぎっ!」
「わっ! アリさん、袋から出て来ちゃった」
カサカサと歩き出した銀色のアリ。
持ち帰った部位の足りないガーディアンの残骸へと走り込む。
そして……その中から光り輝く糸を放つ。
バラけた部品を集め、枷を変形させ……組み立てる。
そして、そこに立ち上がるのは首はないが、地下で見た巨大なガーディアンそのものだ。
「マジかよ……。あのアリ、これも動かせるのかよ……」
「みたいだね……首ないのかっこいい」
「分かるぜ、オレも思ってた」
ガシャン、と音を立て甲冑が動く。
踏み出す……いや、浮き上がった。
「おいおい、やっぱりそのアリさんは、宿主の力を使えるんだな……?
俺は流石に危険を感じるぞ……」
「うむ、暴れられては街に被害が出る。
ガーディアンの身体を与えるのは良策とは思えんぞ」
「汝らの心配には至らぬだろう。
我の眷属とした。
力を分ける代わりに、森の一部として生きる事を選ぶそうだ。
これからは、我に逆らう事はできぬ」
「それなら問題ねえな。
アリさんも嬉しそうにガシャガシャしてるし良いんじゃねえか?」
「なまえは?」
「ふむ……そのようなものは無いそうだ」
「じゃあ、決めとこ。呼びにくいからね!
アリさんで!」
皆が、マトのセンスはそうだよね。という優しい笑顔で微笑んでいる。
ので、アリさんで決定である。
「汝、それは我から言えば『人間さん』と呼ぶのと同じだが、本当に良いのか?」
ん?
マガロから「名前の変更はできなくなります、気をつけてください」みたいなゲームめいた忠告が来た……。
「うん、大丈夫! ボクのこの子もうさちゃんだから!」
そっと胸ポケットを開ければ、両手で赤い宝石を抱えた小さな黒うさぎが顔を出す。
「ぷう~! ぷっ?」
「えっ、えっ、宝石めちゃくちゃ光ってる!
マガロも光ってるよ!?」
「我が与えた力の破片が、我に反応しているのだろう。
汝の小さき者、うさちゃんの持つ宝石は我の加護そのもの。
新たに生まれた宝、と言ったところか」
「ぷー!」
うさちゃんが宝石を掲げ、ドヤ顔を決めてからポケットに戻って行った。
「うわ……! なんだその自慢げな顔……。
マトは真似すんなよ?」
「……」
「真似すんなって言っただろ!
ドヤ顔じゃなくて、くしゃくしゃになるんだよマトは!」
「えー! そんなコトないよー!」
「なってるから言ってんだよ……。
まあ、と言うことで。
今のがうさちゃんで、甲冑を動かしてるのがアリさんだな!」
「では、汝の名はアリさんで決まったようだ」
巨大な首なし甲冑は、がしゃり、と敬礼する。
人を食らうコトで知を奪った獣なのだろう。
人らしい、その役割らしい動きを選んでいるようにも見える。
「で、だ。アリさんに頼みがある。
マトはまだチビッコで責任が取れねえ。
のでオレと絆を結んでくれねえか?」
「ん、クゥ?」
「ああ、そうだったな。"霞の腕"の町長さんがそうしろ、と言ってたなクゥさんよ」
「そうだぜ。 どうだ?」
「ぎー」
「うむ、異論は無いとの事だ。こちらこそ喜んで、と言っている」
マガロの言葉の後、首のないデュラハンのような大甲冑とクゥが悪手をすれば。
光の輪が2人を包んで弾けて消えた。
これが所謂、責任の繋がりなのだろう。
「にしし、これで遠回しにオレのお宝って事になる!
行くぞ!」
「待った!」
「ン!? なんだよ、マト」
「今クゥの欲使うと、不幸も溢れるよ!
休む時間が無くなったり、もしかしたら街で爆発が起きたりするかも!」
「……たし、かに――」
思いあたる、という顔。
クゥはきっと、良い仕事をして屋敷に帰り、自慢気に欲を使って幸運を配るのが日課だったのだ。
その際、彼には赦である「その分、不幸になる」効果が降り注ぐ。
一晩中逃げ回ったり、大変な事になったであろう記憶が彼の脳裏で回っている雰囲気。
「ので、今回の探検が終わってからやろう!」
「でもよォ……」
「楽しみ、残しておかないとだよ? 返ってきて盛り上がる宝、残しておこ!」
「……ン……おうよ! そうだな!」
アードが思ったより単純だなぁ、という苦笑いでこちらを見ている。
いつもの悪人ヅラではなく、人柄が溢れてしまっている困った顔のおじさんだ。
ボクが親指を立てて微笑めば、同じサインを返してくれた。
「それでは、皆さん。中に戻って休みましょうかァ!
探索中に家へと戻れるアドバンテージをしっかり活かして、回復して明日に望みましょう!
マガロさんも、明日は出発なのですから心構えを!」
「我はいつでも万全だがな! ならば寝ておくとしよう」
徐々に庭へと闇が降りてきた。
いそいそと皆は家へと戻る。
各人、自室に荷物を放り込めば大浴場へと集合する。
かつて訪れた転生者……同郷の先輩達が広めた文化はしっかり世界に根付いている。
やはり疲労回復には風呂なのだ。
センパイ、ありがとう。
皆が疲れを癒やす中、浮かぶ桃色の毛玉をガダルが集め始めた事により大騒ぎが発生。
お察しどおりのドタバタに。
そして夕食。
早めに上がったピートがバッチリ仕上げており、最高の夕飯が訪れる。
風呂と料理、生活各所のクリティカルな要素はセンパイ達のお陰で解決済み。
小説にしたら何冊分の恩恵か分からないほど、暮らしやすい世界へと進歩している。
「ハンバーグだ……!」
眼の前には、ハンバーグと人参のグラッセ。緑の豆やコーンも添えられ、ジャガイモも1つ。
とっても故郷の食事。よく聞く異世界にはジャガイモがない、なんて話がどうでもよくなるほど日本食だ。
そしてトドメ。
パンではない。
ライスなのだ……。
「お肉でも食べて、明日も気合を入れて探検ですぜ!」
「ピートほんとすげえな、飯めちゃくちゃウマそうだぜ……。
でもチビらにも分けたかったな」
「此処のチビッコ達の分と一緒に仕込んでおいた物ですぜ、チビッコ達も同じものを食ってるんで安心して食ってくだせえ」
「さすがピートだぜ! んならサイコーにウマそうな飯、頂きますだ!」
食事の所作も日本めいている。だから、安心して食べられる。
「今日はおつかれさま! みんなありがとー! では、頂きます!」