5-15「ふわふわだから大丈夫だよ!」
「クゥ、どう仕掛けるの?」
「本当はサクっと切り落としたいが……。
実の中の『やつ』が光ってるんだよな?」
「うん、近づいたから分かる。
キラキラが動いてる……『中に居る何か』が宝物だよ」
「ンなら、切り落としてもダメだな。
あのデカい草、巣の中へと戻って別の場所へ移動するだけだ」
「やっぱり盗むしかないのかな」
「ジジイが危ねえからやめとけ、って言うんだ。
奪取は、触った事になっちまう。
最後の手段にするぞ。後、マトは絶対にやるな」
「わかった……!」
「それによ、まだまだ実にすら近づかせて貰ねえらしいぜ……!」
今やアリに巣穴として寄生されている、浮遊性の食獣植物浮人草の根がザワザワと蠢く。
次々と根の先端が弾け、飛び出して来るのは赤いアリ。
根や茎をくり抜き、巣穴の道として移動しているのだ、と見ただけでも分かる。
「……ちっと多いな!
だが、ガダルやおっさんに遅れを取りたくねえ!
マトのとこに飛んできたら、ふわふわでなんとかしろ!」
臆する事なく、クゥは前へと走り出す。
「ふわふわで!?」
「おう、ふわふわでだ!」
浮かぶ巣穴が近い。
今までは地を這うアリとの戦いだったが、今は頭上からもアリが降って来る。
足元と上、両方から襲いかかる大アリの対処を強いられているのだ。
「……数は多くても単調だな。多少硬いが問題はねえ!」
空から落ちて来るアリを迎え撃つ姿勢。
右手のナイフを順手、左手のナイフはくるりと回して逆手に。
「クゥ、邪魔にならないように腰のベルト掴むよ!」
「絶対に落ちんなよ、んで噛まれんなよ!」
「ふわふわだから!」
「大丈夫だな!」
声と同時に肩から背中へと回り、腰のポーチにしがみつく。
クゥの身体が僅かに沈み、浮き上がるように伸び上がれば落下して来るアリの一匹を2連撃で切り落とす。
小さく横へとステップ。
間髪入れずに斜め上へと右、左と連続の切りを放ち2匹目のアリを切り落とす。
続いて正面へ大きく跳ぶ。
足元にはアリも無く、落ちて来るアリも居ない地点。
「一気に抜けられはしねえが、少しずつ近づく!」
再び降って来るアリ。
踏み込み、跳ねて自分から近づく。
空中で回るように2匹を切り落とし、着地先へと右手のナイフを投げる。
アリは地面に串刺しに。
着地しながらナイフを引き抜き、前へと更に走る。
「ンンッ! 後ろから来てるゥ!」
地を走るアリの1匹が、背中から飛び掛かってきていた。
やむを得ない。
ふわふわだから大丈夫……。
ふわふわだから大丈夫。
ふわふわだから大丈夫!
クゥの腰から飛び降りて、右脚に力を込める。
「うりゃああああ!!!
『ふわふわの兎のあんよ』!」
弓のように引いた右脚を、鋭い矢の如く放つ。
ドンという鈍い音の後、目の前に居た赤アリは遥か遠くへと蹴り飛ばされた。
同時にぽうん! と可愛いらしい音が響き、全身から優しげな輝きが溢れる。
「ナイスだぜ、マト!
だが降りるのは感心しねえな!」
右手のナイフを腰に戻したクゥに抱き上げられ、肩へと戻される。
「えー! ふわふわだから大丈夫だよ!」
「守りの技っぽいしな、頼もしい事で!」
「にしし」
クゥは空いた右手でポーチの中の試験管のようなものを掴む。
1本、2本、3本。
指で挟み、何かを念じてから正面のアリへと投げ飛ばした。
「マーさん特性、願いに反応して爆発する小瓶だぜ!」
ドン、ドン、ドンと連続で爆音を響かせ足元のアリが次々と吹き飛ばされる。
ナイフを再び引き抜きながら走り込めば、欲が示すお宝を射程距離に捉えた。
「うん……! あの中だ!」
「よし、此処からなら届く……!
ジジイ、本一冊使ってくれ!
一瞬でいい、根や茎の中を凍結させて貰えるか!」
空へ叫ぶ。
キャアに乗り旋回しながら戦場を見下ろしていたマヌダールが、多分親指を立てて叫んでいる。
「おまかせくださぁい!
宝物を切り落とす際に中に戻させない作戦!
腕が鳴りますますねェ!
キャアさん、近づけますかァ?」
「きゃああん!」
旋回軌道をやめ、真っ直ぐに浮人草へと突き進むキャア。
その背で、詠唱は進む。
「欲【司書なき図書館】……!」
けれど、その詠唱の間にも敵アリはクゥ目掛けて飛び掛かってくる。
「キリがねえ!」
爆薬を投げ、片手のナイフで捌き。
近づくアリを繰り返し処理。
「今日のボクはサポートも役目だよ、今やらないでいつやるんだぁ!」
クゥの肩から飛び降りて、目の前のアリをケリで吹き飛ばす。
次の1匹を蹴ろうと振り上げた足へ、アリが張り付いた……。
「ああああ!」
「ン!? マト、動くんじゃねえぞ!」
クゥが投げたナイフがボクの足に張り付いたアリを貫く。
ポトリ、と地面に落ちたアリを呆然と見つめた後、慌ててナイフを拾ってクゥに手渡した。
「ナイスファイトだ、ふわふわで良かったな!」
さっきの技の効果だろうか、アリの鉤爪も歯もボクへは届いて居ない。
無害な大カブトムシが足に張り付いたくらいのもの……。
「さんきゅ、クゥ……! こわかった」
「ま、怖い方が良い! そろそろ攻めるぞ、肩に戻れ!」
「わかった!」
クゥは話の間も休む事なくアリを処理し続ける。
ボクは目の前の一匹を蹴り飛ばし、急いでクゥによじ登った。
「……氷結の楔、封印の眠り。
幸ある未来とは、変わらぬ今日。
過去より続く氷床の中で、訪れぬ未来を夢見て現在のまま移ろえ……!
『封穴氷楔』!!」
氷の魔法が完成する。
マヌダールの掲げた魔本は灰へと変わり、まるで白雪の如く辺りへと降る。
派手な北風や氷の塊は現れない。
攻撃術の類ではなく、封印の術……雪粒が浮人草へと触れれば、霜が降りた大地の様に凍結が広がってゆく。
凍結は中央へ。
そのまま一気に真下へと降りていく。
「……遅効性のはずですよォ!
完全凍結まで時間がありますゥ!
狙えますね、クゥさん!」
「当たり前だぜ!!
掴まれ、マト! 『超跳躍』!!」
空へと跳べるほどの跳躍。
足元で収束したオーラが弾ける様は、鳥の羽が輝いて舞うが如く。
狙いのオレンジの実へと真っ直ぐに跳ねる。
「あれ! あの中……!」
「――オレにも見えた……中に虫っぽい影……! アレか!」
マヌダールの放った凍結魔法が、植物全体へと広がっている。
間もなく狙いの実の根本へと届く。
「凍りつかせる訳にはいかねぇ!
なんせお宝だ、氷に弱くて消滅しましたじゃ困るからな!
間に合ったぜ、ナイスタイミングだ!」
実の根本が凍結する瞬間、クゥが実を切り落とす。
中に居た虫が慌てて幹へと戻ろうとするものの、その道は凍結。
実と共に下へと落下していく。
「……これ、凍った所に触るとオレも巻き込まれそうだな……」
「ボクもそう思う!」
「なら、そのまま落ちるぞ!
吹っ飛んだら説教!」
「わかった!」
超跳躍の速度を乗せたまま、地上目掛けて落下していく。
着地を和らげる力がある技だとは知っている。
けれど、ほぼ自由落下。
ジェットコースターというよりフリーフォール。
景色が真っ直ぐに落ちていく。
「んアアアア!」
「おっ、マトが叫んだ!」
「嬉しそうに言わないで!
これはきつい! 普通に怖い!」
「おじさんっぽいから冷静に言わないで叫んでてくれよ……」
「うあああああ」
「満足だぜ」
何が!?
その言葉と同時に、音も無くクゥが着地。
衝撃もなく、土煙すら起こさない。
満点の着地だ。
「すご……」
「もっと褒めて良いんだぜ?
だけど……アイツを捕まえないとなァ!」
落下した実から飛び出してくるのは、周りのアリとは違う見た目の固体。
甲冑というよりはスラリとした美しい銀色の美術品。
アリの女王というので、お腹の長い動けないほど巨大な固体のイメージを想像していた。
「ギシィ――!」
鳴き声と同時に、姿が消えた。
こいつも潜駆を使うの……!?
瞬間、キィンと眼前でクゥが銀色の鈎爪を弾いた。
これは、速い――だけだ……!
「くそッ……アホみたいに速ェ!!
『加速』……やれるか? やるんだ――『超化』!!」
クゥの周りで巻き上がる緑色のオーラが一瞬だけ虹色に変質する。
ガダルの技の見よう見まね。
彼ほどの持続時間の無ければ、強化の伸び幅も小さい。
けれど、その一瞬は反撃するには充分な速度だった。
「まずは鈎爪――付け根は随分細ぇな!」
一度攻撃を受けて刃こぼれした普通のナイフを腰に戻し、足の鞘から引き抜くのは刀身が折れた魔装。
「もう一度だけ、根性を見せてみろ!!
魔装展開、魔剣【切り裂く願い】――!」
ボクの目は、ハッキリとその剣を覚えていた。
始めて遺跡でガーディアンと戦った時に、クゥが赦で折ってしまった剣。
アリの背後へと回り込み、剣を振り抜く。
存在しない刀身が描く軌跡が、空間を裂く。
敵の硬度など最早関係ない。
切られた、という事象が後から遅れて届く。
銀色のアリの鈎爪が2つとも弾け飛んだ。
「――『欲の代行者』……。
良い宝だった。これからは飾っとくからな」
言葉と同時に、刀身を持たぬ剣の残骸が朽ちていく。
踏み倒していた赦は――切れ味が落ちていくようなものだった、のだろう。
「さあ、とっ捕まえるぞ!」




