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5-12「凄いだろ、オレの弟子!」

 クゥの匠の技とは天と地の差がある。

 ボクには全部なんて毟りとれない。


 だけど……!

 何も取れないより、手を伸ばした方がよほど良い。


 ふわり、と緑の光が両手(あんよ)に集まる。

 風が吹き抜け、(デザイア)が示す輝きに触れた気がした。


「……触った、気がする!」


 瞬間、手元には美しい氷の結晶が現れる。

 喫茶店のメロンソーダに入っていそうな小さな小さな四角い氷。


 狙った輝きに比べれば、わずかな破片だけど。

 確かに、奪い取った。


「その反応……マト、()ったな?」


 クゥが嬉しそうに声を漏らす。


()った……!

 ほんのちょっとだけ盗った!」


「バッチリだ! ナイスファイトだぜ、弟子!

 氷柱が来る、下がるぞ!」


「う、うん! でもこれ、超小さいよ?」


「最初はそんなモンだ!

 にしし、オレへの道はまだまだだな!」


「あっ、あっ、溶けちゃうかも!」


「んじゃ急がねえとな!

 マトの二つ目の獲物だ、しっかり皆に見せてやろうぜ!」


 降り注ぐ氷柱の間を跳ね、舞うように避け。

 危なげもなく、あっという間に皆の元へと合流する。


「ジジイ、何か入れ物出せ!

 マトがちっこい氷を奪取(スティール)した!」


「……キヒッ……!?

 マトくんが……!? 話は後ですよォ、小さくても構いません!

 言った通り、それが偽水(フェイクスプリング)の結晶なら培養できますゥ!

 ……コレを!」


 マヌダールが投げた試験管をクゥが受け取り、ボクの目の前に差し出す。


 大事に(あんよ)で握りしめていた氷はさらに小さくなり。

 既に試験管の口から中に入れられる程だった。


 カラン、と中に押し込む。


「……これで、大丈夫かな……!?」


「おっ……中で溶けた……!

 なんか光ってるな!

 透明な水というより、ちょっと緑っぽいか……?」


「キーヒッヒッヒ、確保、確保ですよォ!

 ナイスですゥ、マトさん!

 これほどまで巨大に育った個体から採れた液体なら霊薬の素材として優秀!

 培養も問題なく出来るはずですゥ!」


 遠くで再び轟音が響いている。

 今なら分かる。

 これは、この個体ほど大きく無いにしろ泉に化けた大カタツムリが捕食行為を行う時の振動だ。


「お疲れ様だぜ、マトさんよ。

 で、奪取(スティール)したって聞いたがよ?」


「うん! ほんのちょっとだけ、盗れた!」


「凄いだろ、オレの弟子!」


「違いねえ!

 だが、お前さん達の技は俺ら商人の敵だ。

 やる時は上手くやらないとな?

 リスクを越える価値を奪えるよう、やっぱり俺の授業も必要だな」


「うん、ちゃんと学ぶ! 教えてね、アードのおっさん!」


 アードの悪徳商人顔が緩んで、気の抜けたなんとも言えない雰囲気になる。

 ふわふわして幸せな顔、がこの顔なのだろう。


「あっしも大将と一緒にサポートしやすぜ!」


 2匹のサナギを背負ったピートが親指を立てて笑っている。


「良い仕事だ、マト殿!

 技も覚えるとは、成長も著しいな!

 帰ったら私がみっちり訓練しようではないか!」


「ありがとね、ガダル!」


「オレも一緒に頼めるか?

 ガダルの身体強化はオレも覚えておきてぇ。

 なんせ、ウチの弟子がヤンチャだからな!」


「構わん、師弟ともに私の訓練生にしてやろう!

 運動不足のアード殿とマヌダール殿も参加するのだ!

 ピート殿も身体を動かす方が鈍らんだろう、是非来て欲しい!」


「おい、ガダルさんよ……。

 ただでさえ疲れる森の中で、帰った後の訓練の話をされにゃいかんのだ……。

 聞いただけで息が切れて来たぜ……」


「わ、私は! 研究がありますから!

 研究がァ……! 帰ったら、身体もバキバキですし?

 肩も腰もバキバキですから!」


「そ、そうだぜ!

 マヌさんが言う通り、肩も腰もバキバキだからな!」


「なるほど、それならば都合が良い!

 肩や腰は、訓練によって改善すると言われているッ!

 治療も兼ねて、毎朝の訓練に参加するのだ!」


「マヌさんよ、お前さんの言い訳に乗れば救われると思ったぜ……馬鹿野郎……」


「アードさん、私も上手いことを言って回避するつもりでしたァ……面目ない……」


「あっしもご一緒出来るんで!?

 技も覚えられたら、もっと力仕事が捗りますぜ!」


 顔真っ青の2人と、興奮気味の人が1人。

 ボクとクゥはにこやかにハイタッチし、教官は訓練生が増えてご機嫌。

 キャアも楽しげに跳ね回っている。

 きっとグリフォンも訓練生になるつもりなのだ。


「それじゃ、出発しよ!

 カタツムリの後ろにキラキラが出来てたけど、こっち側からも行けるみたい!

 次はあっち!」


 クゥの肩で森の奥を指差す。


「っしゃ、出発だ!」


 氷となり崩れ落ち土へと帰る巨大なカタツムリを尻目に、ボクらは森の奥へと進む。


 景色は入り口から大きく変わっていない。

 倒木や丈の高い草木が道を邪魔する事はあるが、大きな障害は無い。


「順調だな! マト、このまま直進で良いのか?」


「うん、キラキラはまっすぐ。

 少し多くなって来た気がする」


「よーし、前進だ……ンン」


 木と草をかき分けて、一歩踏み出せば景色が一転する。


「何、これ……」


 目の前の植物群が、ここまでとまるで異なる。


「キーヒッヒッヒ……これは! 南や東に見られる暑き森の植生……!

 先ほどの偽水(フェイクスプリング)が本来生息していると言われる、熱帯雨林の景色ですよォ!」


「何でそんな森がココにあるんだよ……!

 所謂ジャングルってやつだろ?

 アルクバーグの隣にそんなものがあるはずが……」


 転移者がこの景色を見れば、間違いなくジャングルだ、と言ったに違いない。

 ゆえに伝わっている言葉なのだろう。

 見知らぬ先輩のおかげで、ボクは皆とのコミュニケーションがとても楽で助かっている。

 ある意味、これこそチートなんじゃないだろうか。


「ああ、俺もこの辺り……王国より遥か西でジャングルを見たという話は聞いた事がねえな」


「私のシハの南には、近い景色が存在していた。

 だが……立ち入る事は禁じられている。

 ミャ族という、森の民との締結があった」


「あっしは、一度この手の暑い森に入った事はありますぜ。

 ……暑いが守らねばならねえ事がありやす。

 皆、肌を極力隠してくだせえ。

 特にクゥ殿、肩を出すのはマズいですぜ」


 ピートが荷物から長袖の探索着をクゥへと投げる。


「そうなのか? 暑いし動きにくいからなァ……」


「小さな沢山の芋虫に血を吸われたりしやす」


 クゥが迅速にジャケットを羽織る。

 ボクも慌てて腕まくりを戻して長袖に。


「ピートさんが言う通りですよォ!

 そう言った特殊な生き物が増えてくるはず、気をつけて参りましょうゥ!」


「承知した……!」


 ボクとガダル、キャアには毛皮がある。

 虫に噛みつかれにくい代わりに、一度噛まれると引き剥がしにくい。

 ダニやノミの危険もあるのだ。


 マヌダールが、虫避けの霊薬を振りかけてくれた。

 これで少し安心だ。


「みんな準備はいいな?」


「うん! いくぞー!」


 むにむにとクゥの顔を両手(あんよ)でマッサージする。


「……草も木も全然違うな……。

 やたら派手な花も咲いてるし、ツルが動いてる場所もあるぜ……」


「クゥ、多分そういうツルヤバいと思う」


「よく知ってるじゃねえか!

 ああいうのは……間違いなく人や獣を食うタイプだ」


 踏み込んだジャングルは、想像した景色そのものだった。

 湿気で暑苦しく、ツルやねじれた樹木が繁茂し、ギャアギャアと鳴く鳥の声が聞こえる。


「……む――? 皆さん警戒を」


 真剣なマヌダールの声。

 全員が足を止める。

 これは「本当の危険」を知らせる声だと知っているから。


「……華やかな香り、どちらかと言えば良い香水のような香りが強くなっています」


「どういうことだよジジイ。

 別に花の香りと変わらねぇんじゃないか……?」


「熱帯性の森には動物を喰らう植物が多いのですが……『良い』香りは特に危険なのです。

 普通の獣を集めて喰らう植物は、腐肉や甘い香りを罠として使います。

 このような香水の香りに反応するのは――」


「人ってこと?」


「正解です、マトくん。

 ……だから、しっかり警戒してくださいねェ!

 この辺り……必ず『それ』が潜んでいますよォ!!」


「擬態する獣や植物が多すぎるぜ、この森はよ……!

 森自体が罠だらけって事か……」


「クッ……私の鼻では何も掴めん!

 この香りがキツすぎる……方向感覚まで奪われる感じがするぞ……」


 ガダルが口元(マズル)へと外套を引きずり上げる。


「……人が立ってる」


 クゥが茂みの先を見て呟く。

 香水の香りの発生源はそこ。


 木々や草木が茂る森の中、そこだけが丸い広場のように開けていて。

 その真中に長い髪の裸体の女性が立っている。


 こちらから見れば背中。

 顔は見えない。


「あー。 駄目なやつだ!」


「だよな」


「どう見ても罠だな、鑑定する気も起きねえ……」


「ガバガバすぎて少し気になってきましたよォ」


「罠だと分かる罠すぎて、興味が出ちまいますぜ」


「私は見なかった事にしても良いと思うのだが、どうだろうか」


「きゃん」


「そんな皆に、残念なお知らせがあります!」


「マトぉ……! そのシワシワの顔……まさかよぉ……」


「あの女の人の足元にキラキラが集まってる!」


『はぁ……』


 全員の溜息が重なった。


「しかし、こんな森の奥ですゥ。

 わざわざ数の少ない人を狙う植物……違和感がありますよォ!」

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